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白銀の世界に羽ばたこう 16

「おはよう、芽生くん」 「ん……まだ……おねむだよぉ」 「でも、もうお迎えが来ちゃうよ」 「えー、おにいちゃん、だっこぉ~」 「くすっ、今日は随分甘えっ子で可愛いね。いいよ、おいで! 芽生くん」  朝起きると、お兄ちゃんがとってもごきげんだったよ。だからうれしくて甘えちゃった。昨日はお兄ちゃん、電車でも車でも、少しヘンだった。びょうきみたいに、つらそうだったよ。  ボクはまだ小さいから、よく分からないけど、お兄ちゃんがさみしそうなおかおをするのは、イヤなんだ。ボクの手は、まだこんなに小さいけど、ちょっとは何かできたのかな。 「芽生くん、何を見ているの? さぁ歯磨きしようね」 「うん!」 「お顔もしっかり洗おうね」 「うん!」 「くすっ、今日はどうしたの? いいお返事だね」 「え?」  お兄ちゃんがニコニコ聞いてくれたので、ボクはお兄ちゃんのお首に手をまわして、くっついた。 「あのね……」 「ん?」 「すき! おにーちゃんのこと、だい・だい・だい・だーいすき!」 「え……わ、それは、うれしいよ」  お兄ちゃんのお顔があかくなる。パパといっしょにいる時みたいにまっかだよ。きっとそのほっぺたは、さわるとアチチなんだよね。 「おーい、芽生~、朝から盛大な愛の告白が聞こえたぞ」  パパがひょっこり顔を覗かせる。ボクはパパもダイスキだよ。だから……   「パパも、だい・だい・だーいすき!」 「ん? 『だい』が一個足りないぞ」 「くすっ、宗吾さんってば大人げないですよ」 「えへへ。パパ『ダイ』スキだよ! パパもおにいちゃんも同じくらいダイスキ!」  ボクはまだ小さいから、むずかしい言葉はしらないよ。でもね、お兄ちゃんがくすぐったそうに笑うと、パパもお兄ちゃんをやさしく見つめて笑うんだ。  ふたりがニコニコだと、うれしいよ。   「芽生くんのことが大好きだよ」 「パパもだ」  3人でムギュッとくっついて、また笑った。  ダイスキって、ふわふわしたコトバだね。いつもおばあちゃんがいっていた。やさしいことばをたいせつにって。  それからお兄ちゃんにおきがえを、てつだってもらったんだ。お兄ちゃんもごきげんで、コートのファスナーもシュッとあげてくれた。いつもお花さんにふれているお兄ちゃんの手は、とてもきれいだなって、その時おもったよ。   「はやく、スキーしたいな。雪であそびたいな」 「うん、着いたらすぐにしようね。あとは潤にウェアを借りたらすぐに遊べるよ」 「車から降りたらすぐに?」 「そうだよ」 「なぁ、そんなに焦らないでもいいんだぞ。昼食食って、温泉でもどうだ?」 「宗吾さん、それじゃ芽生くんがきっと待ち切れませんよ。着いたらすぐに滑りましょう」 「あ……あぁそうだな」    ****  朝食は部屋で買って置いたパンと飲み物で手早く済ませ、チェックアウトした。  フロント係の女性に、昨日のルームサービスのお礼を宗吾さんが丁重に伝えていたので、僕も芽生くんを抱っこしてお辞儀した。  ホテルの人たちから、僕たちはどう映るのか……少しだけ気になったが、偏見の目など一切なく温かく見守ってもらえたので、安堵した。  玄関を出ると、大きな四駆に潤がもたれていた。  黒いパンツにグレーのインナーを着ている。ウェアを羽織ればやはり今すぐ滑り出せそうな出で立ちだ。昨日は作業服姿だったので、そのギャップに思わず見惚れてしまった。  潤って……背もあるしスノボはかなりの上級者だし、スキー場でモテそうだな。 「兄さん、こっちこっち!」 「潤、おはよう! 昨日とは違う車だね」 「あー、これは職場の先輩の車。貸してもらったんだ」 「なんだか申し訳ないな。その方から僕たちのスキーウェアなど一式お借りしたんだろう。僕から、ちゃんとお礼を言わないと」 「大丈夫だよ。兄さんは心配症だな。俺からきちんと礼はしたよ」 「……そうか、そうなんだね。ありがとう。うん、潤に任せるよ」  任せる……そうだ。人に任せることの大切さを思い出した。僕は潤にこんな風に……何もかも任せたことがないし、頼ったことも、なかった。 「兄さん……あのさ……人って優しいんだな。イングリッシュガーデンのオーナーも、車やスキー道具を一式貸してくれた先輩も、年末年始に世話になった白馬の北野さんも……みんな、オレによくしてくれるんだ」  潤は長野に来て、変わった。  人に信頼され、助けてもらっている。それってすごいことだよ。  助けてもらえるってね、その人の事が好きでないと、なかなか出来ないよ。 「それは……潤が人を好きになった証拠だよ」   「そ、そうなのか。でも……オレが一番スキなのは兄さんだからなっ」  びっくりした。潤が僕に甘えてくれている。兄さんがスキだなんて……言ってくれるのか。 「じゅ、潤、照れるよ。でも、ありが……」 「おーい。潤よ~、それは俺に対する宣戦布告か」  僕の言葉を遮るように、宗吾さんが潤の背中をバンバン音が出るほど叩いていた。 「あっ、兄としてですよ。ちょっと、兄さんの彼氏なら、もっとシャンとしてくださいよ。兄さん……本当にこの人で大丈夫なのか。心配だ」 「潤よぉ~俺と昨日、友好条約結んだよな」 「それはそうですが……」 「よし、もう一度握手しようぜ」 「やれやれ」    結局、ブンブンと握手しあっているのだから、笑ってしまう。あれ? もしかして……宗吾さんと潤って、気が合うのかな?   「ねぇ、お兄ちゃん、車の上に何がのっているの?」 「あぁ、あれは『ルーフボックス』と言って、あの中にスキーやボードなどの道具を積んでいるんだよ」 「わぁ、あそこからプロペラが出てきて、空とぶくるまかとおもった」 「ふふ。だから、着いたらすぐに雪遊びやスキーができるよ」  「すごい! すごい!」 「さぁ、出発だぞ」  僕たちを乗せた四駆が、ゆっくりと動き出す。  もう……軽井沢を後にする。  もう、いいよね。  僕は抜け出せたのだから……  あとは、旅行を楽しみたい。    白馬までは2時間ほどかかるそうだが、夢を乗せた楽しい道のりになるだろう。  さぁ、今日は潤も一緒にウィンタースポーツを楽しもう!  昨日より今日だ!  今日を楽しもう! みんなで――   

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