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白銀の世界に羽ばたこう 17
軽井沢のホテルを、朝の7時に出発した。
「兄さん、順調に行けば白馬へは9時過ぎに着けそうだ」
「そんなに早く?」
「ねぇねぇジュンくーん、ついたら、ボクがあそべるばしょ、いっぱいあるのかな」
「あぁ、もちろん! キッズ公園があるスキー場にしたから、着いたらすぐにソリもできるぞ」
「そり? わぁぁ、ボクやってみたかった! ワクワクするなぁ」
「そうか、大いに楽しみにしてくれ」
潤と芽生くんの会話を聞いて、僕も待ち遠しくなった。
軽井沢町内には雪がほとんど積もっていなかったが、少し走るとあっという間に雪景色になってきた。
視界が銀世界だ。どこまでも続く真っ白な道。
僕の待ち望んだ景色が広がっている。気持ちが高揚してくる!
道の両端の常緑樹にも雪が積もり、それはまるで……
「おにいちゃん、クリスマスツリーがいっぱいだね」
「あっ、僕もそう思ったよ」
「ほんとう?」
僕と芽生くんは微笑み合った。芽生くんとは、とても気が合うと思う瞬間だ。
「兄さんと芽生くんの会話は、和むなぁ」
潤も上機嫌だ。雪深く都会の人には難しい道だが、四駆の力も借りてスイスイと運転していく様子が、気持ち良さそうだ。
潤のハンドルさばきに感心していると、隣で芽生くんが足を震わせてもモゾモゾしだした。あ、もしかして……
「芽生くん、おトイレ行きたい?」
「うん……も、もれちゃいそう」
「潤、一旦休憩してもらえる?」
「おう! ちゃんと考えてあるさ! もうすぐパーキングエリアだぞ」
「そうか、よかった!」
潤は僕たちのために、プランをじっくり練ってくれていたのだな。子連れには必須のトイレ休憩も、ちゃんと用意してくれて……すっかり優しい気配りが出来るようになって、兄として感動してしまうよ。
「ふぅ~、あぶなかったぁ」
「間に合って、よかったね。あっ、ちゃんと手を洗おうね」
「わ! お水がつめたい!」
「おー、俺もすっきりした」
「あっパパ、ねぇねぇ、雪の道のウンテンって、たいへんなの?」
「あぁ、慣れていないと難しいな。スリップしてしまうから俺は怖くて手を出せない。瑞樹はどうだ?」
「そうですね。僕は……」
そんな話をしていると、潤がひょんなことを提案してくれた。
「そうだ。兄さん、もう少し走ったら高速を降りるし……運転、少ししてみるか?」
「えっ……いいの?」
「あぁ、さっきから運転したそうな顔をしていただろう」
「え、そうだったかな。あ……あの、宗吾さん、いいですか」
「あぁ、運転はお手上げだから、潤と瑞樹の雪国チームに任せるよ。じゃあ俺が芽生の隣に移動するよ」
「いやいや、オレが芽生くんの横に座ってみたいです」
「へぇ~潤も大人の気遣いが出来るようになったんだな」
そんなわけで、トイレ休憩後は運転を代わった。
「おにいちゃんの運転って、ひさしぶりだね」
「そうだね。じゃあ、出発するよ」
「あぁ」
花の配達や会場運搬で運転はよくするが、雪道のハンドルを握るのは久しぶりだ。でも僕は雪道が元々好きなので、怖くはない。学生時代に帰省せずに毎年スキー場のバイトをしていたので慣れている。
「へぇ、瑞樹。上手いな」
「ありがとうございます」
都心で休日に公園に行く時は、いつも宗吾さんの運転で、僕は芽生くんと後部座席に座る。だから……このポジションに慣れていないせいで、会話が擽ったい。それに……少し心配になってしまった。
「あの……すみません」
「何を謝る?」
「何だか……僕が運転なんて……出しゃばっていません?」
自分でもトンチンカンなことを言っている自覚はあった。
「馬鹿、どっちがどっちなんて固定観念は、俺にはナイぞ」
「……あ、はい」
「今回のスキー旅行は、瑞樹の領域だ。俺が君たち兄弟に丸投げしているんだから、しっかり頼むよ。ははっ」
そう言いながら宗吾さんは助手席で、大きな身体を思いっきり伸ばした。
宗吾さんは、やはり寛大な人だ。彼の、こういう所が本当に好きだ。
「瑞樹……君はもっと自由に生きていいんだよ」
「え……」
「この前、ニューヨーク出張で仕事を一緒にした人が言っていたんだ。舞台で役者は、『役』を演じているだろう。その役、つまり役割を心理学では『ペルソナ』と呼ぶそうだ。それをうまく活用すると、カップルの関係に新鮮さ、親密感をもたらす効果があるんだってさ」
「ペルソナ……ですか。専門用語で難しいですね」
「まぁ平たく言えば……人にはいろんな役があって、一つじゃないってことさ。瑞樹はいつもきめ細かいが、今日みたいに俺を助手席に座らせて見事なハンドルさばきを見せてくれる一面がある。そういうの、これからはもっと見せて欲しいと思っている」
宗吾さんの言葉一つ一つを、しっかり噛みしめた。
僕はいつも同性カップルで……女役の方を担っていた。僕が好きになる人はいつも僕よりずっと体格のいい人で、僕をすっぽり包み込んでくれる人だから、自然と……最初から受け入れる方に固定されている。
もちろん、逆なんて考えられない。僕は誰かを抱くよりも抱かれる方が心地良いのだから。それは……きっと幼い頃に家族を失った喪失感を、誰かに埋めて欲しいと願っていたから……だ。だから自分を一定のイメージで固定し、「セックスだけでなく、生活面でも、女性側の役割をするのが自分だ」と決めつけてしまっていた部分があるのは認めよう。
しかし本当は……僕の中にも、もっと色々な要素がある。あ、これが宗吾さんの言う『ペルソナ』ということなのかな。
確かに仕事では、装飾を理想通りに仕上げるために、メンバーや時間に積極的に闘いを挑むことがあるし、運転やスキーなど得意分野では、率先して自由に動いて、羽ばたきたくなる。
「瑞樹……1つのイメージに止まらず、もっと自由に……出したい自分を表現していいんだぞ。どんな瑞樹でも愛しているから」
僕のか弱い部分も挑みたくなる面も……全部、パートナーである宗吾さんが受け取ってくれたら……いや、僕だけでなく宗吾さんにも出してもらいたい。すると宗吾さんも同じことを考えていたらしく……
「なぁ、君とはお互いに他人には見せない自分を、見せられる関係になりたいんだ。この旅では実践してみよう。まず君の運転。すごくいいぞ。それで……告白すると、俺はスキーが、かなり苦手だ。だから優しく教えてくれよ。転んだら泣くかもなっ、ははっ!」
「くすっ、はい……僕が手取り足取り、教えますよ。とても優しく」
「お! いいね。それは夜のマッサージつきか」
「くすっ、もう……後ろに聞こえますよ」
宗吾さんは、僕にとって『かけがえのない存在』だから……僕のいろいろな面を知って欲しくなる。
ペルソナ――素敵な言葉を教えてもらった。
同時に、宗吾さんのいろいろな面を見せて欲しくなった。
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