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白銀の世界に羽ばたこう 18

 上信越道を走り続けると、やがて『長野IC』の表示が見えてきた。潤からそこで降りるようにと指示を受ける。更に宗吾さんからも力強く声をかけられた。 「瑞樹、高速を降りると、いよいよ一般道だ。もう何も考えず、運転に集中しろ」 「はい!」  そうだ……もう集中していこう。この車を運転するのは僕で、僕が皆を白馬に連れて行くのだから。   「兄さん、オリンピック街道が出来て道もだいぶ良くなったんだ。運転を楽しんでくれ」 「うん」  スタッドレスを履いた大きな四駆は、スキー道具を沢山積んでいるので、ずっしりと重さもあり、雪道でも運転しやすかった。ハンドルを取られることはない。 僕はかつて車の事故で家族を亡くしたので、免許を取るか悩んだ時期もあった。この先……花の世界で生きていくには、花材の運搬などで絶対に必要になるだろうと、頑張って取得しておいてよかった。  こんな風に僕の力で……僕の大切な人を目的地へ運べるのが、嬉しい。  それが……出来て嬉しい。  どこまでも続く白い道、清らかな雪は、僕の哀しい心を浄化してくれるようだ。走らせているのは車だが、まるで僕に翼が生えたような気分で、雪景色の道を駆け抜けて行った。 「兄さん、お疲れさん」 「ふぅ……」    カーナビの指示通り、潤が選んでくれたスキー場の麓の駐車場に無事に辿り着いた。 「僕の運転大丈夫だったか」 「あぁ、兄さんのスキーみたいにカーブのターンも滑らかで、乗り心地が最高だった」 「よかった!」  芽生くんは? と振り返ると、窓に張り付いて目を輝かせていた。 「わぁぁ! もうソリであそんでいる子がいる! はやく、はやく!」 「落ちつけ、芽生」 「でもでもでも、うれしくて、まちきれないよー」  子供って全力で喜びを表現してくれるから、本当にこちらまで嬉しくなるよ。雪を見たいとサンタさんに願った芽生くんに、贈りものを届けられてよかった。    潤が事前に教えてくれた通りキッズ|公園《パーク》が、駐車場の目の前に広がっており、子供専用のエリアがあった。ソリエリアに、スキーやスノボのビギナーエリアもあるようで、芽生くんよりも小さいな子供も遊んでいるのが見えた。 「兄さん、芽生くん、ここなら楽しめそうか」 「うん。潤、とてもいいね」 「へへっ、よかったよ。よーし芽生も着替えるか」 「 あ……ボクのこと」 「あぁ! もう呼び捨てでいいか」  どこかまだ余所余所しかった潤も、宗吾さんと芽生くんに自然に打ち解けてきたようだ。 「もちろんだよ!」 「じゃあ、今すぐ遊びにいくか」 「モチロン!」  後部座席で潤と芽生くんがハイタッチしている。やっぱり、着いたらすぐに遊べるように、セーターの下にスキーのインナーを着せておいて正解だったね。 「潤、スキーウェアを出してもらえる?」 「あぁ! そうだ。みんなも着替えちまおうぜ。どーせ男ばかりだ」 「うむ。よしっ、やってみるか」  どこか後ろ向きだった宗吾さんも重い腰をあげてくれたようで、ホッとした。 「よしよし、芽生はこれな」 「わー! ブルーレンジャーみたい」    潤の先輩が貸してくれたというスキー道具一式。  芽生くんにはブルーのパウダーカバーオールだった。上下で繋がっているので、あっという間に着ることができた。 「宗吾さんは、これでいいっすか」 「おう。俺はなんでもいいぞ」  黒いズボンに、赤と黒のラインのジャケットで、まるでスキーのインストラクターのような出で立ちだ。 「なんか上手そうに見えないか。これ」  宗吾さんが着ると、とてもよく似合っていて惚れ惚れしてしまった。 「分かります? 先輩のお兄さんが、スキーのインストラクターなんですよ」 「やっぱり! 瑞樹にしっかり教えてもらわないと、見かけ倒しで終わる……」 「くすっ、はい。僕でよければしっかりコーチしますので」 「頼んだよ」  ニカッと明るい笑顔の宗吾さんには、白い山並みが似合っている。 「潤……悪かったね。3人分も」 「何言ってんだよ? 誘ったの俺だぞ。全部任せてくれって。あ、兄さんのウェアはこれだ」 「ありがとう。潤」 「へへっ」  心を込めてお礼を言うと、潤が擽ったそうに笑う。さっきからこの繰り返しだ。あんなに歪んでいた世界が、こんなにも穏やかな日々になるなんて、潤と歩み寄れてよかった。諦めないでよかった。 「あ……僕は白なんだね」 「あぁ、似合うと思って」  広げてみると上下、白の洗練されたスキーウェアだった。函館にいる頃は、広樹兄さんのお下がりで、いつもサイズがブカブカだったのを思い出した。それにしても、これだけタグもついているのは何故だろう。 「潤、これ新品みたいだが……借りていいの?」 「あー、実は俺から兄さんへのプレゼント」 「え! だってこれ……高かったんじゃ」 「おいおい。俺だってもう社会人だよ。この位……帰省をやめれば……あっ」  潤がお正月に帰省しなかったのは、僕にこれを買うためだったのか。そう思うと、胸の奥がじわっとした。 「潤……嬉しいよ。すごく格好いいし……上質なウェアだ。ずっと大事にするよ。これを着て潤とスキーが出来るのが嬉しいよ」 「喜んでもらえて、よかったぜ」  僕たちは車の中で、ごそごそと着替えた。  いち早くスノボウェアを羽織った潤がスキー板やボードをルーフボックスから軽々と、下ろしてくれる。頼もしいよ……とても。 「瑞樹、潤はいい男になったな」 「はい……大事な弟です」 「よかったな」   宗吾さんも嬉しそうに目を細めて、潤の活躍を見守ってくれる。だから……(僕の自慢の弟です。ありがとうございます)と心の中でお礼を言った。 「よーし、これで準備万端だ。さぁ行こうぜ」 「はーい!」 「うん」 「よろしくな」  4人の力強い声が、真冬の空に響いた。  さぁゲレンデはもう目の前だ。  眩しい程の白い世界が広がっている。 あとがき ****  今日からようやくゆっくり白馬旅行を書けます。紀行文気分でも、お楽しみいただけたら嬉しいです。 現地の情報、白馬スキー旅行のアドバイスは、現地にお詳しい、読者様から提供していただいています。気軽に旅行に行けない今だからこそ、物語の中で、臨場感を出せたらと思います。

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