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白銀の世界に羽ばたこう 26

 見上げた空は澄み渡り、視界の端に映った樹木には『氷の花』が咲いていた。  あぁ……すごい。  雪山でしか見られない、美しい景色を目の当たりにして、感極まってしまうよ。 「まるで雲の上に広がる天国のように幻想的だな」 「そうか……兄さんの目には……そんな風に見えているのか」  潤の声は、潤んでいた。  ここは雪山の山頂。今、僕は高い場所にいる……逝ってしまった家族の近くにいる。だから涙で視界が滲む中、空に向かって思いっきり手を伸ばしてみた。  今の僕を見て欲しくて……僕の想いを届けたくて。 「夏樹とお父さん、お母さんには……もう会えない。どんなに待っても、どんなに願っても……もう絶対に会えない」  それは、長年……堪えていた言葉だった。ずっと溜めていた想いを、今なら吐き出していいのでは?   「会いたい……ずっと……会いたかった」    僕の切なる願いは、同じ空を見上げている潤に託した。 「兄さん……そうだよな。ずっと会いたかったよな。今でも会いたいよな。オレだって、もしも兄さんの立場だったら、同じ事を思うさ」  潤が僕の心に寄り添ってくれるのが、嬉しかった。もしかして僕は今、潤に甘えているのかな。亡くなった人に会いたいという切ない願いは掴めないが、この世に残った僕だから掴めたものがあった。それは『潤の心』だ。この世で僕を慕ってくれる弟と、ようやく隅々まで心が通い合えた。 「兄さん、立ってみろよ」 「何?」  お互いの涙はもう止っていたが照れ臭く、充血した目元をゴーグルとヘルメットで隠し、起き上がった。もう過去を偲んで泣くのは、ここまでにしよう。この先は、楽しい旅行にしたいから。 「兄さん、ほら、大きな天使が出来ているぞ。面白いな」  僕たちがバタバタと手足を動かし作った雪の跡は、大人の天使のシルエットになっていた。  スノー・エンジェルは、僕の分身。  君はもう旅立っていいよ。  僕の代わりに逝っていいよ。  僕の代わりに逢って来て。  僕の家族に伝えて欲しい。  僕は今、地上で幸せに暮らしていると。  すると……晴れているのに、キラキラと雪の華がひとつ、ふたつと舞い降りてきた。クリスマスの朝……舞い降りた雪と同じ想いが込められているような不思議な心地だった。 「兄さん、もう戻ろう。心配しているぞ」 「そうだね」  潤の言葉で、我に返った。そうだ、宗吾さんと芽生くんのいる場所に戻ろう! キッズエリアで二人が僕を待っている。中腹まで降りれば滑る姿を見てもらえるだろう。  途端に無性に会いたくなった。早く会いたい! 「兄さん。あのさ……戻る場所があるって、いいな」 「うん。戻りたい場所があるのも嬉しいし、こうやって一緒に戻る人がいるのも嬉しいよ」 「オレのことを……そんな風に思って……あ、ありがとうな」  潤も僕も、何かが抜け落ちたように、すっきりとした心地だった。  その時、シュッと僕たちを横切り颯爽と滑り降りていくスキーヤーがいた。また、あの男性だ。とにかく上手いので目が離せない。豪快で切れ味のいい滑りに、潤も僕も刺激を受けた。 「アイツ……さっきから上手いな。よーしっ! オレらも負けていられないぞ」 「うん! 潤っ、Go!」  久しぶりのスキーだったが、身体はしっかり覚えていた。思い切って走り出せば、まるで雪上を踊るような感覚が蘇り、リズムよくターンを繰り返せた。  ボードの潤も、僕と並ぶように颯爽と滑り降りていく。狙ったところで的確にターンしていく姿が、最高に格好いい。  僕の頭の中もどんどんクリアになり、邪念は消え去り……寂しさも後悔も……悔し際も哀しみも全部置いて……風の音だけが聞こえている。  全身で風を感じながら、もっともっと集中していく。  素直になろう! 解き放たれていこう……この大自然のように。  白銀の世界を羽ばたくように、僕の心も身体もふわりと軽くなっていた。  まるで背中に羽が生えているような、浮遊感だ。  僕はもう自由で、この翼で向かい、舞い降りる場所を選ぶのは、僕自身だ!  翼を手に入れた僕が行きたい場所は、天国ではなく、この地上だ。  さぁ、早く僕を待つ、僕が愛する人の元へ戻ろう。心を通わせた大事な弟と共に――  白銀の世界に飛び立つように、僕たちは一気に雪山を滑り降りた。 「宗吾さん、僕……戻ります! 芽生くん、待っていてね」    

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