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白銀の世界に飛び立とう 27

「パパぁ……お兄ちゃん……まだかな?」 「そうだな、ちょっと遅いな」 「やっぱり……?」    あ……まずいな、余計なことを言ったか。  途端に芽生が、しゅんと項垂れてしまった。 「なぁに、潤と山頂で雪合戦でもしているんじゃないか」  うーむ、これは無理があるか。 「そうかな……なら、いいんだけど」 「どうした?」  気のせいか、目が潤んでいるような……  しゃがみ込んで、芽生と視線を合わせた。  俺は背が186 cmもあって、まだ120 cmにも満たない芽生の表情が掴めない時がある。いつも瑞樹がするように、芽生と同じ高さで顔を付き合わせてやると、ホッとした表情となった。 「言ってみろ。何が心配なんだ?」 「あのね……お兄ちゃんが行ったお山の上って、あそこ?」  芽生が指さす山頂方向は、雲がかかってよく見えなかった。 「高いところだね……お空にいる……ナツキくんと近いなぁって」 「え?」  驚いた。そんな言葉が出てくると思わなかったから。 「お兄ちゃん……もう、ここに帰ってこなかったらどうしよう。こわいよ……パパ」  べそをかきそうだったので慌てて抱っこし、そのまま立った。少しでも高い場所から、スキー場の景色を見せてあげたい。 「ちゃんと戻ってくるさ。ほら、よく見えるだろう? 瑞樹を探してくれ」 「うん……、そうだよね。あっ、あれ! おにいちゃんだ」 「お? 戻ってきたか」   中腹のあたりにパッと現れた白いスキーヤーと黒いボーダーは、瑞樹と潤だった。(間違えるはずがない!)  二人は息を合わせて、軽快に滑り降りてくる。目を見張る程の綺麗な滑りに、周りの人が響めくほどだ。賞賛の溜息が聞こえてくる。 「見て、あそこ……めちゃくちゃ綺麗な滑りの二人組」 「ボードの子、格好いい~」 「白い子の滑りはエレガントね」    驚いたな! 瑞樹のスキーが上手いのは聞いていたが、ここまでとは。広いスキー場には、沢山のスキーヤーやボーダーがいるが、彼らの周りだけキラキラと輝いている。  俺たちのいるキッズパークまで、最後は真っすぐに、潤と瑞樹が併走してくる。    美しい直線、美しいシュプールを描く、まるでドラマのワンシーンのような、光景だった。  芽生がたまらずに手を振り、大きな声で瑞樹を呼んだ. 「お兄ちゃん! ジュンくーん! ここだよ、ボクはここ!」    瑞樹はすぐに俺たちに気付き、口角をキュッとあげ、手をさっとあげて指さした。その方向は、キッズパークの入り口だな。 「行くぞ! あっちだ」  ここだとフェンス越しの対面になるので、俺は芽生を抱き抱えたまま急いで移動した。瑞樹たちも入り口までぐるっと回ってくれたので、ちょうど良いタイミングで会えた。 「お兄ちゃん! おかえりなさい」  芽生は両手を広げ、瑞樹の胸元に飛び込みたそうな様子だった。すぐに瑞樹はゴーグルを上げストックを雪にさして、芽生を抱き上げてくれた。 「芽生くん! ただいま!」 「お兄ちゃん、すごい、すごい! かっこよかったー。ボクのじまんのお兄ちゃんだよ。みんな見てたよ。お兄ちゃんとジュンくんのこと、かっこいいって言ったよ」  目立つのが苦手な瑞樹は、少したじろいでいたが、その後、芽生に格好いいところを見せられたのが嬉しいようで、破顔した。  そこでようやく俺と目が合った。 「宗吾さん、ただいま」  ただいま……か。良い言葉だ。芽生が案じていた不安は、実は俺もちらっと思っていた。山頂は綺麗だったろう? 現実離れしている景色に……もしかして天国の家族を思い出したのではと。少し目元が赤いのは……やはり?  いや、無理もない。天国に近い場所に行けば、自然と思い出すだろう。それを俺に止める権利はない。 「それで……ちゃんと会えたのか」 「え?」  気が付くと妙な聞き方をしていた。俺も心が狭い。瑞樹はすぐに俺の意を汲んでくれて…… 「いえ……会いませんでしたよ。その代わり、僕の分身が天まで羽ばたいてくれました。僕が戻る場所はここですから」 「そうか、ここか」 「はい! 僕のホームです」  俺のいる場所が、瑞樹が戻る場所。そう言われて、心底嬉しかった。  隣で潤が、俺たちの会話を静かに見守っていた。 「……宗吾さん、兄のこと、どうかよろしくお願いします」  ヘルメットを取った潤に一礼され、気が引き締まった。もう大丈夫だ。瑞樹は、潤の大事な兄さんになったのだなとしみじみと感じた。    「パパー、ボクもスキー、やってみたい! リフトも乗ってみたい」 「えぇっ? 瑞樹……大丈夫かな」 「もちろんです! 子供の方が重心が低いのでバランスが取りやすいんですよ。今から、早速教えますね」 「やったー! お兄ちゃんコーチ、どうぞよろしくおねがいしましゅっ。あっ」 「くすっ」  また舌を噛んだのか、頬を擦りながら、芽生が屈託のない晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。  楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。  夕暮れまであと2時間だ。 「よし、芽生、車からスキー道具を取ってくるから待ってろ」 「ジュンくん、よろしくお願いします!」 「はは、今度は上手に言えたな」    潤が芽生の頭を、くしゃっと撫でる。  こういう光景はいい。実の子供でなくても……こんなに近い距離で触れ合えて、共に思い出を作れるのだ。  瑞樹だけでない。  俺は……瑞樹の周りごと、愛おしい。  瑞樹といると、俺の心も大空のように広くなるよ。  スキー場の樹木には、雪の花が咲いている。  どこまでも広がる白い世界で優美に微笑む瑞樹は、とても幸せそうだった。

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