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アフタースキーを楽しもう 2
「心の逞しさか……いい言葉だな、兄さん」
「ありがとう」
潤と話せば、宗吾さんが僕の前に立ちはだかる。
「流石、俺の瑞樹だ! 君は優しい心を持っているな」
「ありがとうございます」
宗吾さんと話せば、また潤が登場する。
「流石、オレの兄さんだ!」
「ちょ、ちょっと待って……! あの……嬉しいけれども、もうキリがないよ」
「兄さん、オレの話も聞いてくれよ」
宗吾さんってば、潤と話す時は子供みたいですよ。それに潤も駄々っ子みたいだ。二人とも可愛いけれども……これではエンドレスだよ。
「くすっ、さぁもういい加減にお風呂に入ろう」
「おにいちゃん、さむいよぉ」
「だよね。ごめんごめん」
いつまでも裸談義では身体が冷えてしまうので、芽生くんの手を引いて浴室の扉をガラリと開いた。すると視界が一面、肌色になった。(なんで肌色?)
「えっ!? わっ」
ドンッと肌色の壁にぶつかって、その弾みで後ろによろけてしまった。芽生くんを巻き込まないように、必死に堪えると、身体がふっと軽くなった。
「おっと、危ない!」
すぐに腕をグイッと引っ張られたので転ばずに済んだが、見知らぬ相手にドキッとした。嫌な感じではないが、恥ずかしい! ぶつかって跳ね飛ばされるなんて……もっと逞しくなりたい!
「おにいちゃん、だ、だいじょうぶ? うわぁ~パパやジュンくんよりも、ずっとおおきなオジサンだね」
「う、うん……」
「ははっ、オジサンって俺のことか、新鮮だな。それより君、大丈夫か」
「す、すみません! 中に人がいるとは思わなくて」
「俺たちも、貸し切りのつもりだったので、驚いたぞ」
俺たち? 慌てて……顔を確認すると、見覚えのある顔だった。
遠目だったが、たぶん……
「あの、もしかして……今日スキー場の初心者コースで教えていた、黒いウェアの人ですか」
「当たり! そういう君は白いスキーウェアの子だな。白鳥みたいに綺麗な滑りが印象に残っている」
「あ、山頂でもすれ違いましたね」
これでは……まるで運命の出会い的な状況だ。(変な汗が出てくる。いやいや、それは絶対にナイですよ。宗吾さん、安心して下さい‼ と心の中で必死に訴えた)
筋肉隆々の身体は、宗吾さんと潤よりも逞しく、男らしい精悍な顔は同性でも見惚れてしまうほどだ。
(いやいや、そうじゃなくって……宗吾さんの方が、断然カッコイイですって!)
彼は絶対に一般人ではない。きっと俳優かモデルさんだ。とんでもない美丈夫、外見が男らしく逞しい人だ!
(宗吾さんは顔もカッコイイですが、心も逞しい。僕はそんな宗吾さんが好きなんです)
「おにいちゃん? かたまってるよ……だいじょうぶかな」
「う、うん」
「カッコイイおじさんだね-」
「え、えっと……」
心の中であれこれ言い訳しつつも、結局、手放しで見蕩れてしまった。そのまま呆然と立ち尽くしていると、血相を変えた宗吾さんに引き剥がされた。
「瑞樹、大丈夫か」
(おい、俺以外の奴に見蕩れんなよ)
宗吾さんに耳元で低い声で囁かれ、ドキッとした。
「あれ?」
「あーっ!」
今度は宗吾さんとその男性が顔を見合わせ、驚き合っていた。
「お前……リクじゃないか!」
「驚いたな。ソーゴ!」
えぇ!? まさか、宗吾さんの知り合い? 一体どうなっている?
「参ったな。まさか、こんな所で会うとは、すごい偶然だな」
「こっちこそ驚いたぜ。じゃあ、この白鳥みたいな子が、ソーゴの恋人か」
「うわっ、参ったな。まさか日本で会うなんて予期してなくて……向こうで喋り過ぎた」
宗吾さんが僕を見つめ、手の平を摺り合わせて「すまん」と謝ってきた。
??? (あのあの、なんで……ちょっと‼ 話が見えないです!)
「リク、立ち話もなんだから、湯船に浸りながらはどうかな?」
「あぁ、そうだな」
宗吾さんの知り合いの男性には連れがいた。今度は優しそうな男性だったので、安堵した。
少しそそっかしいのか(人のこと言えないけれども)彼は湯船に浸かろうとして、桶に躓いてしまった。
「ソラ、危ない!」
「ご、ごめん。眼鏡がないと視界がぼやけてしまうんだ」
「はぁ、まったく、スキーで転びまくったのに、風呂場でも転ぶつもりか」
「それは言わないでくれよ。何しろ生まれて初めてのスキーだったんだ」
「そうだったな。頑張ったな。あとでマッサージしてやるよ」
「う、うん」
この二人の関係って……もしかして?
****
僕と宗吾さん、潤と芽生くんに、リクさんとその連れの男性という不思議なメンバーで湯船に浸かった。
先ほどの話だと、僕と宗吾さんが恋人同士だと知っているようで気恥ずかしい。初対面なのに知られているのは、変な感じ。
「瑞樹、紹介するよ。彼はリク。ニューヨークでインテリアデザイナーの仕事をしていて、先日の出張で行動を共にしているうちに、仲良くなったんだ」
そこで、ピンときた。
「あ……もしかして『ストームグラス』を勧めて下さった方ですか」
「そうだ。雪に憧れて空を愛おしく見つめる恋人に、天国に浮かぶ雲のような飾りを贈りたいと相談するうちに話が弾んで……つい、相手が男性だと話してしまった。悪かったよ」
「い、いえ……」
あの天国の雲のような『ストームグラス』を教えてくれた人なのか。そう思うと、少し親近感が増した。
「ところで、彼がリクの恋人か」
「あぁ、そうだ。ソラだ」
リクとソラか。綺麗な響きだ。
「あの、リクさんとソラさんは、漢字だと地上の『陸』と、天上の『空』ですか」
「そうだよ。陸と空は繋がっているから離れない……俺たちの名前は良い組み合わせだろう?」
陸と空は繋がっていて、離れないか。
確かにそうだが、『繋がっている』とか『離れない』という観念は持っていなかったので、ハッとした。
「……確かに地上と空は繋がっていますね」
「そうだ。俺たちも君たちと同じだ。同性で付き合っている。しかも遠距離恋愛中なんだ。ニューヨークと東京と離れて、もう2年目だ。たまに、しんどい時もあってな、そんな時は『陸と空は繋がっている』という言葉を支えにしているんだ」
それって……僕の生きている地上と、皆が逝ってしまった天国も、陸と空で繋がっているということなのか。すべてがバラバラに離れてしまったわけではないのか。
そんな風に考えたことはなかったので、とても新鮮な発見だ。
「素敵ですね。地上から見上げる空は、僕と今も繋がっているのですね」
「そうだ。仮に……もう会えないほど遠く離れてしまっても……きっと、どこかで繋がっている。時には触れ合っているのかもな」
陸さんの言葉が、心の奥にじわりと届いた。
クリスマスの朝……雪が教えてくれたように。
雨の日に……夏樹の気配をふと部屋に感じたように。
見えないどこかで亡くなってしまった人たちと、まだ繋がっているのかもしれない。
そんな風に考えると、僕はとても嬉しくなる!
「素敵な見方を、教えてくださってありがとうございます」
「いや……俺の場合、空とは違った意味で、気軽には会えない人がいてな。そんな後悔もあってそう思うようにしているんだ」
「そうなんですね。でもきっと……その人も同じ事を思っているのでは?」
詳しい事情は分からないが、そんな優しいつながりを求めているのだから、きっと。
「ありがとう。君は優しいな。話していると癒やされるよ。何故だろう……あいつを思い出すよ」
あとがき(不要な方はスルーです)
****
本日のスペシャルゲストは『重なる月』の登場人物、陸と空でした。
陸は、高校時代からしていたモデルの仕事を辞めて単身ニューヨークへ。幼馴染みの空とは、遠距離恋愛中です。空は雑誌の編集者で、ずっと陸に片思いをしていました。そんな彼らが久しぶりに日本でスキー・デート中という設定です。もちろん彼らを知らなくても読めるように書いていきますので、どうかご安心くださいね。
自作内クロスオーバーが好きなので、偶然過ぎる出会いが続いておりますよね(苦笑)
彼らを登場させたのには、陸と空のつながりを瑞樹に教えたあげたり、潤にとっても意味があります。また続きで……そのアタリは……。
『重なる月』についてのお知らせがあります。
こちらのサイトでの掲載を突然やめてしまい、大変申し訳ありませんでした。現在、多数の話を更新しており、複数の投稿サイトで複数の話を細かく管理するのが正直難しい状態です。そのためサイトを絞って更新することにしました。
『重なる月』は、こちらのサイトで現在も連載中です。スター特典にて、最近書き下ろした話などもあります。 https://estar.jp/novels/25539945
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