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アフタースキーを楽しもう 4

「会ってみるか。確かに一理あるな」  見上げると、黒いデニムのエプロンにミトンをつけた陸さんが立っていた。家庭的な格好なのに、トレンディドラマのワンシーンのようで、ポカンとしてしまった。   「陸さん!」 「瑞樹くんの言葉は響くな。なぁ……教えて欲しい。ずっと俺が勝手に誤解して……恨んでいた相手とのわだかまりって、どうやったら埋められるかを……」  陸さんにそんな悩みが?  僕にも似たような悩みがかつてあった。  勝手に潤に怯えて、悪戯を助長させたのは僕自身。理解し合おうともせずに、逃げて避けまくって……向かい合っていなかった。 「そうですね。相手と素直に向きあい、今は自分の人生に迷いなく、幸せに生きている姿を見せてあげるのもいいかもしれませんよ。やはり……いつかは互いにちゃんと向き合わないと、解決出来ないので」 「ふぅん……やっぱり、君は経験者だな」  図星だ。それにしても……普段話せないプライベートなことを、出会ったばかりの彼に話せるのは何故だろう? この距離感がいいのかもしれない。 「はい。実は、あそこにいる弟と、すれ違っていた時期があって」 「そうだったのか」 「僕は宗吾さんと出会い、幸せを感じさせてもらえるようになって……ようやく分かったのです。相手も苦しんでいたと」 「分かる。俺も空と付き合うようになって、心にゆとりが生まれた。そうか……じゃあ、そろそろアイツに会いに行ってくるか。空、どう思う?」 「陸、いい傾向だよ。せっかく帰国したんだし」 「あぁ、前回は勇気が出なかったが、今度は行けそうだ。一緒についてきてくれないか」  陸さんが空さんの肩に手を回した。すると空さんは眼鏡の奥の澄んだ瞳をパチパチさせていた。   「もちろんだよ。僕も行っていいの?」    自然と寄り添う大人の二人の雰囲気に酔いそうだった。 「当たり前だ。お前……まだ俺に緊張しているのか」 「していない……っ」 「そんな調子じゃ、今晩、大丈夫か」 「う……」    陸さんが壮絶な色気のある目で、空さんに微笑みかけ、空さんの腰をグイッと抱いた。  えっと……なんだか照れるな。目のやり場が……  すると芽生くんが僕を呼んだ。 「おにいちゃん。ソラくんのおとなりのオジサン、お名前なんだっけ?」 「陸くんだよ」 (くすっ、空さんと同級生だからオジサンではないと思うけれども、大人っぽさが半端ないから、そう見えるのかな) 「じゃあ、こうだね」  スキーの絵の次は相合い傘だ。一筆書きを覚えたらしく、沢山の相合い傘が画用紙にいっぱいに描かれていた。  僕と宗吾さんのもあれば、憲吾さんと美智さんのもある。広樹兄さんとみっちゃんのもある。すると芽生くんは新しい画用紙に、相合い傘を描き、中にリクとソラと書いた。 「これ、あげる!」 「え……いいの?」 「うん、幸せになるおまじない」 「そ、そうか。僕……こんなのもらったことなくて……感激したよ」  空さんが嬉しそうに笑うと、陸さんがその表情を愛おしそうに見つめていた。   「芽生くんありがとうな。おっと、食事が出来たらしいぞ」 「あの、先に行って下さい。すぐに行きますので」 「分かった」  陸さんと空さんは、手を繋いで歩いていった。 「ボクたちは、いかないの?」 「えっと、あと一つ相合い傘をかくの忘れているなって思ったんだ」 「え?」  僕は芽生くんの隣に座って、相合い傘を描いてあげた。 「だれとだれかな?」 「お兄ちゃんと……」 『ミズキ』の横に『メイ』と書いた。 「あ! ボクもいいの?」 「当たり前だよ」 「わぁ……、だからお兄ちゃんって、だーいスキ!」 芽生くんがふにゃっと笑って、僕に抱きついてくれた。 「本当のことをいうとね、ボクだけ、どこに入ったらいいのかわからなくて、こまっていたんだ」 「ここでいいかな?」 「ここがいい! あ……でもパパもいっしょがいいな」  芽生くんは自分の隣に、パパと書いた。  思いやりがあって……本当に優しい子。  ****  雪の中のBBQは、寒さよりも、ワクワクする気持ちの方が勝っていた。 「瑞樹、こっちだ!」 「宗吾さん!」  テラスにいる宗吾さんから力強く呼ばれた。  宗吾さんの傍に歩み寄った時、さり気なく自分から手を握った。   「ん? どうした、俺が恋しくなったか」 「……はい」 「へぇ? 随分と可愛いことを言ってくれるんだな」    陸さんと空さんの仲睦まじい姿に刺激を受けたのか、宗吾さんが恋しくなっていた。  僕も男だとか、あれこれ難しく考えていたが、なんだか宗吾さんの傍に立った途端、ホッとして……嬉しくなった。そうだ……もっとナチュラルに考えていこう。 「スキーを決めるカッコイイ君もいいが、甘えん坊もいいぞ」 「はい……甘えたい気分なんです。駄目ですか」 「ぜひ、甘えてくれ」  宗吾さんの一言一言に、僕は確実にときめいていた。

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