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アフタースキーを楽しもう 5
「ずっとこの手を繋いでいたいが、まずは息子の腹を満たさないとな」
「あの、僕も手伝いましょうか」
「いや、君は危なっかしいから、少し離れていろ」
「はい、じゃあ、あそこのベンチで見ていますね」
「あぁ、そうしてくれ!」
夕食はログハウスのテラスでBBQ。
外は極寒だが、炭火の熱で、暖を取れる。
「パパ、ソーセージ、おいしそう!」
「おぉ、いい焼き加減になったな。沢山食べろ」
「うん! わぁ、皮がパリパリでおいしい~!」
芽生くんは焼き立てのソーセージやお肉を、次々にパクパク・モグモグと頬張っていた。
くすっ、よほどお腹空いていたんだね。今日は朝からずっと動いていたから、一杯食べて欲しいな。
「瑞樹も、そろそろこっちに来い」
「あ、はい!」
宗吾さんが大きなトングでお肉を忙しくひっくり返しながら、呼んでくれた。嬉しい……。歩み寄ると、近くにいた芽生くんが、僕の手をすぐに握ってくれた。
「お兄ちゃん、あそこを見て!」
「あ……綺麗だね」
「瑞樹、あれは、スノーキャンドルと言うそうだ」
バルコニーから雪原を見ると、小さなかまくらのようなものが並んでいた。筒状に抜いた雪の中に明かりを灯しており、それがいくつも並んで、幻想的な光景を生み出していた。
ゆらゆらと揺れるオレンジの炎に、ふと懐古的な気分になってしまった。
思わずバルコニーの手すりを掴んで身を乗り出すと、空からは淡い雪が舞い降りてきた。都会ではなかなか見られない綺麗なスノーフレークに、思わず手を伸ばす。
すると背後から声をかけられた。
「どうだい? 綺麗だろう」
「あ……北野さん。はい、スノーキャンドルに優しい雪が降り積もる光景にうっとりしていました。それに……どこか懐かしい光景ですね」
「懐かしいか。確かに……心の灯火のようなゆらぎだな。人はこういう明かりを好むが、何故だか分かるか」
「……いえ」
「ゆらぐ炎は、お盆の灯火と似ていて、あの世とこの世を繋いでいるようにも見えるし、人の命にも見えるからさ」
「あ、確かに……」
もちろん、それも一理あるが、僕には一軒一軒の家の灯りに見えた。
家から漏れる白熱灯の色に似ている。柔らかくあたたかな光源だ。
僕たちの家、函館の家、宗吾さんのご実家、憲吾さんの家。それから月影寺のみんな……優也さんの家もある。
僕の大切な人たちの家が、並んでいる。
いつの間にか、ひとりぼっちで孤独だと思っていた僕の周りは、こんなにも賑やかになったのか。
「宗吾さん。君も来てくれ」
僕が目を細めてスノーキャンドルを見つめていると、北野さんが宗吾さんを呼んだ。
「どうしたんですか。瑞樹に何か」
「いや、今日はもっと彼の傍にいてあげるといい」
「え?」
「さーてと、芽生くんは、そろそろ慣れたかな? あっちで、うちの子と遊んでみるか」
僕と手を繋いでいる芽生が一瞬強張った。
うーん、まだ駄目かな?
「芽生くん、どうする? 行けそうかな?」
芽生くんに優しく聞いてみると、次の瞬間、表情がコロッと変わり、一気に好奇心旺盛な顔になっていた。
「えっとね、あそんでみたい!」
芽生くんも、その気になっていた。今日はずっと大人の中にいたから、同年代の子と遊ぶ時間も大切だよね。
「メイくん、こっちにおいでよ。今から、マシュマロを焼くよ」
「わーい、えっとトーマくんとユーマくんだよね」
「そうだよ~、早く早く!」
「うん!」
パッと繋いでいた手が、突然離された。
芽生くんが場に馴染んでいく様子を、宗吾さんと肩を並べて見送った。
こんな風に、この先……芽生くんも少しずつ成長し、巣立っていくのだろう。空になった手をじっと見つめていると、すぐに宗吾さんが握りしめてくれた。
「どうやら北野さんが、さりげなく俺らが睦み合う時間をくれたようだな」
「え……」
「瑞樹、あっちでゆっくり食べて、飲もうぜ」
「あ、はい」
ログハウスのテラスに用意された*スウェディッシュトーチ前のベンチに、僕らは肩が触れ合う距離で座った。
タイミングよく、潤が大盛りのプレートを目の前に持って来てくれた。
「宗吾さん、兄さん、お疲れさまっす。これどうぞ! 後はゆっくり食べてください」
「ありがとう。潤」
ソーセージやお肉、野菜のグリルが、美味しそうに盛り付けられていた。
「あと、これも、どうぞ!」
「何?」
「兄さん、ウイスキー飲める? 冬場のBBQは冷えるだろう。飲めば身体が温まるよ」
「おぅ! 気が利くな。ありがとう」
「いえ、当然ですよ。二人でアフタースキーを楽しんでください!」
「そうか、いよいよアフタースキーの時間の到来だな、瑞樹……」
潤が去った後、肩を抱かれて甘く囁かれ……ドキドキが止まらない。
*『スウェディッシュトーチ』とは、切り込みを入れた丸太に直接火をつけて作った焚き火のことです。
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