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春風に背中を押されて 9

「瑞樹、どこだ?」 「あっ! パパ、見て!」 「寝室か」  芽生と一緒に寝室に飛び込むと、俺の布団がこんもりと盛り上がっていた。 「パパ! あたりだね。パパクマくんは今日は僕の部屋にいるから、これはお兄ちゃんだ」 「あぁ……しーっ、だな」 「うん!」  瑞樹はまだ眠っているようだったので、芽生と一緒に声を潜めてベッドに近づいた。 「やっぱり、おにいちゃんだね」 「あぁ、よかった。ここにいたのか」  瑞樹は俺の寝る場所で、丸まってぐっすり眠っていた。  幼い子供みたいに布団を抱き込んでいるな。あれ? これって本当に布団か。 どこかで見たような? なんだ、俺のパジャマじゃないか!  うう……ヤ、ヤバい! 瑞樹~それは反則だぞ‼  もしかして、俺の匂いを嗅いで恋しがってくれたのか。 「パパ、どうしてお兄ちゃん、パパのパジャマを抱っこしてるの?」 「ふふっふ……それはだなぁ」 「あ、待って。お兄ちゃんが起きそう」  瑞樹の長い睫毛が小さく震え、それから少し茶色がかった瞳が俺たちをおぼろげに映した。 「ん……あれ? 僕……」 「瑞樹、ただいま」 「あ……はい……お帰りなさい」  まだ寝惚けているのか、小さな子供みたいにあどけない声を出すもんだから、胸の奥がキュンとする。   「お兄ちゃん~ただいま」  突然、芽生が小さな手で、瑞樹の頬を撫でた。 「あぁ、よかった。今日は泣いていないね」 「え……」  涙の跡がないか確かめる芽生の仕草に、やはりキュンとした。  俺の息子は優しい子に育っている。 「お兄ちゃんを、ひとりにしてごめんね」 「芽生くん……」  瑞樹がハッと飛び起きる。その手に俺のパジャマを握りしめていたから、芽生がじーっと不思議そうに眺めて、小首を傾げた。 「あれれ? どうして、パパのパジャマを持っているの?」 「え! あっ、あの、えっと……えっと」  瑞樹が俺をチラチラ見て……助けて欲しそうな素振りをする。しょうがないな~可愛いから揶揄いたくもなるが、そんなことしたら拗ねてしまいそうだ。 「瑞樹。ごめんなぁ。俺が朝忙しくて脱ぎ捨てたから洗濯しようと思ったんだろう。でも途中で寝ちゃうなんて、よほど疲れていたんだな」  瑞樹がホッとした顔をする。そうそう、その表情が見たかった。 「そ、そうなんだ。僕、お掃除していて……ベッドの下があまりに汚くて、疲れちゃって」 「そっか~だから、ソウジキが出しっぱなしなんだね」 「そういうこと。もう起きるね。これは洗濯機に入れないとね」  瑞樹が照れくさそうに起き上がると、その下に更に黒い生地が見えた。  ん? 今度は何だ? 「あれ? お兄ちゃん、これって……」 「え? あ! これは、見ちゃ駄目だぁ~‼」  瑞樹が血相を変えて隠そうと、ガバッと服に覆い被さった。  おいおい、そんな派手な反応じゃ……もう助けてやれないぞ。 「もしかして、もしかして……これってこれって、ドレス?」  芽生の瞳がキラキラ輝く。 「ううう……」 「おにいちゃん、ありがとう! ボクのおねだりをきいてくれたんだね。もしかしてソツエンのお祝いなの? 夢でイギリスに行った時にキシさんとお姫様に会って……その時お願いしたんだよ」   イギリスの夢? 確か……そんな話をしていたような。よし、聞き出してやろう。   「へぇ、芽生は何を希望したんだ?」 「ボクはこう言ったよ。『ボクのパパとお兄ちゃんにも、おとぎ話の世界みたいなおようふくを着てほしかったです』ってね」 「ほう~! 瑞樹、聞いたか」 「は、はい……すごいお願いだね、芽生くん」 「うん。お兄ちゃんに着てみて欲しいな、だめかな?」  瑞樹は観念したのか、もう泣き笑い状態だった。 「分かった……今日は君のソツエンのお祝いだから特別だよ。お兄ちゃん、このメイド服を着てみる!」 「やったぁ!」 「そう来れば、俺もドラキュラ伯爵になるぞ」 「わぁ……芽生は、じゃあじゃあ……うさぎさんになる! お兄ちゃん、そんなにはずかしがらなくても、大丈夫だよ。女の子の服を着たお兄ちゃんを見るのは、二度目だよ」 「ははは……そうだったね」  あれか! 社内旅行の売店で……瑞樹がスカートを捲って、みずき印のパンツを見せたシーンを思い出し、鼻の奥がツンとしてくる。  先ほどから刺激強すぎだろ!  **** 「では……コホン……改めて芽生くん卒園おめでとう!」 「ありがとう!」 「これは僕からの贈り物だよ」 「わぁ! キレイ!」  黄色とオレンジのガーベラのブーケを芽生くんに渡すと、花のように笑ってくれた。 「宗吾さんのもあります。幼稚園3年間、お父さんとしてお疲れ様でした」 「瑞樹……嬉しいよ」  芽生くんと宗吾さんの笑顔って、似ているね。  その笑顔に、宗吾さんのお母さんが教えてくれた言葉を思い出した。  ――花笑(はなえ)み―― 『まぁ……瑞樹くんの優しい笑顔は、花笑みのようね』 『あの、『花笑み』とは?』 『元々は花が咲くことを言ったのだけど、転じて、花が咲いたように可憐に笑うのを表現する言葉にもなったのよ』  花が咲くのも……人が笑うのも、通じるものがある。  芽生くんが微笑めば、そこに可愛い花が咲く。  宗吾さんが快活に笑えば、大輪の花が咲く。   今の僕は、毎日花に囲まれて生きている。 僕はあなたたちを潤す水になっていますか。 「瑞樹、3人で記念撮影をしよう」 「えっ! この格好で、ですか」  メイドドレスのスカートを摘まんで、狼狽えてしまった。 「とても似合っているよ。こんな姿で寛げるのも、家族ならではだろ。うちだけの特権で、秘密だ」 「そうそう。お兄ちゃん、今日のことは誰にもナイショだよ。ボクたちだけのヒ・ミ・ツ」  そうだね……こんな嬉しい秘密ならいいかも。 宗吾さんはドラキュラ伯爵で、僕はメイド服。そして芽生くんはモコモコの着ぐるみのうさぎ。なんともバラバラな服装だったが、心はひとつに揃っている。 「じゃあ撮ります」  カシャッ――  セルフタイマーで撮った写真には、花笑みを浮かべる3人が仲良く映っているだろう。  笑顔が揃えば、気持ちも整うね。    さぁまた一つ、進むよ。    前に進もう!  次は、湯布院へ行こう! あとがき(不要な方はスルーです) **** 芽生がイギリスに行く夢はこちらから。 またまた他サイトで失礼します。1個のスターで読める特典です。 https://estar.jp/extra_novels/25761609

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