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春風に背中を押されて 8

「また電話するね、お母さん」 「ありがとう。あ、そうそう……私の方は、近いうちに芽生くんに入学祝いを贈るわね」 「え? そんなの悪いです」  びっくりした。そんなつもりで電話したのではないのに、もしかして僕はまた余計な気を遣わせてしまったのか。  声のトーンが下がってしまうと、お母さんに小さく叱られた。 「コラッ、もう~また瑞樹はそうやって意固地に考える。もう駄目よ。マイナスに考えるのはもうナシにしましょう!」 「お母さん……?」 「芽生くんは瑞樹の大切な家族でしょう? 血は繋がらなくても家族と言って良いのよ。もっと自信を持ちなさい」    それは……まるで僕とお母さんの関係について言っているように聞こえた。 「瑞樹の家族なら私の家族なの。つまり芽生くんは、私の孫みたいなものよ。だからお祝いしたいの」 「お母さん、ありがとう、ありがとう……嬉しい……です」 「まぁ、泣くなんて……」 「僕を大切にしてくれて……なのに、僕はずっと……馴染めなくて……ごめんなさい」 「あぁ……また、もうそれは言いっこなしよ。私も、忙しさを理由に、もう一歩踏み込めなかったのだから。でもこれからでも遅くないわ。私も瑞樹も今を生きているのだから」 「うん……うん……」  最後は子供みたいに幼い返事になってしまった。 「あ、ごめんなさい」 「くすっ、瑞樹はいつまで経っても可愛い子。あなたのお母さんが愛したかった分も引き続いていくわ」 「お母さん、僕も……僕もです」  **** 「ふぅ……出来た」  函館への電話のあと、集中して花束を二つ作った。  黄色とオレンジをミックスさせた日溜まりのようなガーベラのラウンドブーケと、情熱的な真っ赤チューリップを並べると、無性に二人が恋しくなった。  帰ってきたら、すぐに渡して、制服姿の芽生くんと一緒に写真を撮ろう。宗吾さんも一緒に、3人の写真が欲しい。  でも少し驚かせたいから、一旦僕の部屋にブーケは置いておこう。   「えっ、もうこんな時間だ。そろそろ出前の電話をしないと」  宗吾さんから、今日の夜はお寿司にしようと提案されていた。謝恩会はホテルで子供が大好きな洋食だから、夜は和食がいいと。  せめてお吸い物でも作ろうかな。あ……その前に洗濯物を入れないと、お風呂も沸かして。  一度にいろんなことを思いついて、焦ってしまった。  駄目だな。僕は……仕事ではテキパキこなせるのに、家事は不器用だ。唯一得意なのは掃除かな。  掃除といえば……宗吾さんのベッドの下! いないうちに今日こそ念入りに掃除機をかけよう。いつも何を隠しているのか嫌がるので、今のうちだと思い、掃除機を出した。  ベッドの下を覗くと、案の定……大きな綿埃《わたぼこり》がモクモクしている。 「ひどいな。こんな場所で眠っているなんて……うう……クシャミが出そう」  ずるずるとベッド下の、禁断の箱を取り出した。  これは開けなくても知っているよ。ハロウィンの仮装が入っている。去年のハロウィンは散々だったもんな。いっそ抹殺してしまおうか。しかしそんなことしたら、彼が悲しむ。僕は宗吾さんに甘いから、きっとまた来年も付き合っていそうだ。  ベッドに潜るように掃除機をかけて、箱はすぐに戻した。よしっ、10月まで封印な。  といいつつ、箱からちらりとはみ出た見覚えのある黒い生地に、あの日、メイドの衣装のまま執拗に胸元を食べられたのを思い出し、下半身が熱くなってしまった。  まずい。宗吾さんみたいに変なスイッチが入ってしまったよ。  じわじわと、宗吾さんが恋しくてなってきた。  オレンジ色の夕日で包まれた部屋に一人きりでいたせいか、人恋しくなったようだ。  結局箱をもう一度引き出して、ハロウィンの時使用したメイド服と宗吾さんのドラキュラの衣装を出して、抱きしめた。そのまま、宗吾さんがいつも眠る場所に蹲ってしまった。  これでは、匂いが足りない。  今度は、宗吾さんの着ていたパジャマを持ってきて、抱きしめた。 僕、少し変かも……身体の奥がじわじわと熱くなっていく。    最近……幸せ過ぎて怖い。今日、頻繁に2年前を思い出したせいか……目が覚めた時、何もかも消えてしまう夢だったらどうしようと不安になるよ。  宗吾さんの匂いを感じるパジャマを抱きしめ、彼の枕に顔を擦り付けて、恋しがってしまった。 「ん……宗吾さんっ、宗吾さん……」  スンと吸い込むと、彼の匂いに包まれる。  少し安心してきた。だからなのか、眠くなってしまった。  これ以上ひとりで待つのは寂しい。  せめて夢で会えたら、嬉しい。 「早く帰ってきて下さい。僕……少し寂しくなってしまいました」  **** 「パパぁ~『シャオンカイ』って、むずかしいお名前だけど『ゴウカ』で、たのしかったね」 「あぁ、そうだな。芽生、ちょっと急ぐぞ」 「あ、そうだね。おにいちゃんがひとりでまっているもんね」 「そうなんだ。予定より遅くなってしまったから、寂しがっているかも」 「それはたいへんだ!」  謝恩会のホテルから、急ぎタクシーに乗った。記念品や芽生の荷物で駅まで歩くのは大変だし、何よりも一刻も早く家に戻りたかった。 (宗吾さん……宗吾さん)  瑞樹に呼ばれた気がした。  部屋には、瑞樹がひとりで待っている。  俺も早く君に会いたいよ。 『卒園』という一大イベントを無事に終えた安心感からなのか、無性に瑞樹に会いたくなってしまった。 「お兄ちゃん、ただいまぁ!」 「瑞樹、帰ったぞ」 「あれ?」 「ん……?」  いつもなら、パタパタと笑顔で『お帰りなさい‼』と玄関で出迎えてくれるのに変だな。どこかに出掛けたのか。そんな話はしていなかったが。 「お兄ちゃん、どこー?」 「瑞樹、どこだ?」  首を傾げながらリビングとキッチンを覗くが、姿は見えなかった。洗濯物も干したままだ。あれから……帰って来てないのか。幼稚園で別れてからの瑞樹の足取りは分からない。  慌ててスマホを確認したが、連絡も入っていない。玄関に靴はあったか。急いで確かめに行こうとすると、芽生に呼ばれた。  「パパー、大変、大変! こっちに来てー」 「どうした?」  瑞樹の部屋を覗いた芽生が、驚いた様子だったので、焦った。  瑞樹の机には、二つのブーケが仲良く並んでいた。赤いチューリップと、黄色とオレンジのガーベラだ。瑞樹らしい……洗練されたモダンな花束だった。  部屋には瑞樹を彷彿する花の香りが充満しているのに、肝心の瑞樹がいない。  一体、どこへ消えてしまったんだ?     補足(不要な方スルーして下さい) ***** 瑞樹は少し寂しくなってしまったようですね。 宗吾さんと芽生くんに、今日は甘えて欲しいです。 ちらりと出てきたハロウィンの仮装エピソードはこちらです。 他のサイトで申し訳ありませんが、1つのスターで読めるので、ご紹介します。 https://estar.jp/extra_novels/25733535 今日の瑞樹は、宗吾さんの匂いを求めて…… これはオメガの巣作りのイメージでした♡

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