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幸せな復讐 1

まえがき (不要な方は読まないで飛ばして下さい)  本日から最終章『幸せな復讐』に入ります。エブリスタと進度を合せるために、昨日はお休みしました。後半、先日納得がいかなかった部分を練り直して、掲載しています。瑞樹が泊る部屋の名前が変わっています。その点ご了承くださいませ。推敲が足りず、ご迷惑おかけして申し訳ありません。  いよいよ『幸せな復讐』に行くと思うと、私もドキドキします。1話1話丁寧に、様々な視点で書いてみようと思います。どうぞよろしくお願いします。  リアクションでの応援、とても嬉しいです。毎日更新の糧になっています。いつもありがとうございます。  では、どうぞ。  幸せな復讐 1 **** 「瑞樹、支度は出来たか」 「あ……すみません。一つ、忘れ物をして」 「早く取ってこい」  いよいよ湯布院へ行く。  出掛けに僕は、ある物の存在を思い出して、自室に駆け込んだ。  本棚から2年前の手帳を取り出し、あの日の頁に挟んだ紙を取り出した。  これは、持って行こう。  別れの朝、冷蔵庫に貼られていた、一馬からの手紙だ。 返す機会があるか分からないが、僕が今唯一持っている……一馬のものだから。  あいつの部屋に残っていた私物は、ここに引っ越してくる時に全部僕の手で処分した。  もしかしたら、この手紙の返事を届けに行く旅になるのかもしれない。僕にとって『幸せな復讐』とは。  紙を折り畳み、今使っている手帳に挟んだ。  すると宗吾さんが、部屋の扉をノックした。 「瑞樹? 入っていいか」 「あ……宗吾さん」 「なぁ、そう緊張するな。現地に着くまでは旅を楽しめよ」 「あ、はい、そうします」  宗吾さんに髪をくしゃっと撫でられて、少し緊張が解けた。  どうして、こんなに意識してしまうのだろう。それは、やはり7年も生活を共にした相手、いや、それだけではない。僕の身体を全部明け渡していた人に会うからなのだ。宗吾さん以外に唯一……、僕の全てを許した相手だからだ。 「瑞樹、不安そうな顔をしているぞ」 「ん……」  宗吾さんに顎を掴まれ、チュッと口づけされた。  優しいキスだ。優しくて……おおらかで明るい宗吾さんが好きだ。  その気持ちを込めて、僕の方からも背伸びして、宗吾さんに口づけをした。 「ふっ、よしよし余裕が出てきたな。ありがとう。瑞樹はもう揺らがない。今から、中途半端で置いて行かれた気持ちを昇華する旅に出るんだ。それを忘れない。1mmもアイツには靡かせないからな。って、会ったことないが」 「くすっ、はい……宗吾さん、僕の我が儘に付き合って下さってありがとうございます」  そう告げると、宗吾さんは少しだけ苦しそうに、首を横に振った。   「違う! 我が儘なんかじゃない。そもそも俺が提案したことだし、俺もしっかり瑞樹が卒業するのを見届けたいんだ」   もう一度キスされる。深まっていく口づけに宗吾さんの強い思い。宗吾さんだって、複雑な心境で緊張している。僕だけではない。それを感じ取っていた。 「宗吾さん、僕ちゃんと卒業しますから、どうか……」  置いていかないで下さい。  捨てないで下さい。 「馬鹿だな、またそんな風に捉えて、君の悪い癖だ。大丈夫だ、俺が離さないよ」 「はい……」  ギュッと抱き合っていると、玄関から声がした。 「パパー、おにいちゃん、まだですかぁ~ボク……待ちくたびれたよ~」 「あ! ごめん!」  慌てて部屋から出て、出発した。 「じゃあ、行こう!」 「はい!」    ****  湯布院―― 「カズくん、お客様の部屋割り、お願いしてもいい?」 「……あぁ」  いよいよだ。  いよいよ今日……俺の恋人だった瑞樹が、ここにやってくる。  春休み中ということもあり、前日のキャンセルもでなかった。20室ある部屋は、今日はありがたいことに満室だ。当日にならないと正確な宿泊人数が確定しないので、今から宿泊人数に合わせた部屋割りをする。  俺が父から受け継いだこの旅館は、由布岳の裾野に位置し、高台から湯布院の街並みが一望できる絶景だ。自家源泉はとろとろの湯で評判がいい。だから、君を……自信を持って迎えられる。きっと満足してもらえるだろう。 『俺は宿の主として、瑞樹を客人として迎えるだけだ。お客様として、瑞樹に接する』    瑞樹から突然の予約が入った日から、何度も何度も言い聞かせて来たことだ。  気を引き締めないと。  この旅館の部屋は、すべて草花の名前になっている。さてと、瑞樹たちが宿泊する部屋はどこにしようか。  桜、楓、柊…… 「あ……ここだ、この部屋がいい」  瑞樹が泊まる部屋は『菖蒲』がいい。源泉掛け流しの風呂が部屋についている、ゆったりとした離れだ。  瑞樹が小さなお子さんと来るからなのか……5月の菖蒲のイメージが湧いた。  いい湯に浸かり、美味しい食事を取って、自然を満喫して……  ゆっくり寛いで欲しい。  それが純粋な願い――  もう『瑞樹』とは呼べない相手への願いだ。

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