669 / 1739
幸せな復讐 17
おもてなしの心満載の食事は見た目も味も良く、僕たち家族はとても満たされた気持ちになっていた。
芽生くんのお子様セットも、大人の食事のミニチュアのように本格的な味わいで、それでいて子供が喜ぶ遊び心を失わないものだった。
「ぜんぶ、たべたよ!」
「のこさずえらかったね。ブロッコリーもたべられたしね」
「うん! ふぅ~」
芽生くんが小さな手で、目を擦りだした。
「芽生くん、もう眠いの?」
「うーん、さっき……わっしょい!わっしょいって、しすぎたかも」
「くすっ、 とても可愛かったよ」
「おまつり……おみこし……わたあめ……むにゃむにゃ……、おにいちゃん……だっこぉ」
「おいで」
甘えた声の芽生くんが、僕の胸に、ぽすっと飛び込んでくれた。
このまま寝落ちしそうなので、急いで歯磨きだけはさせた。虫歯は困るからね。
あぁでも……もう磨きながら、トロンとしているね。
子供の電池は、突然切れてしまう。
「もう少しだよ。がんばって」
「うーん、おふとん……はいりたいなぁ」
「じゃあ、敷いてもらおうね」
僕に心も身体も預けてくれる、あたたかな温もりと重みが心地良いよ。
洗面所から部屋に戻ると、ちょうど仲居さんが食事の後片付けに来てくれた。
「あら? ボク、おねむなのね。じゃあ先にこっちにお布団を敷きましょうね」
「ありがとうございます。助かります」
気が利くね。手早く部屋の隅に、布団を敷いてくれた。
「芽生くん、もう眠ってもいいよ」
「ん……おにいちゃんも……」
「うん」
仲居さんがまだ片付けしている最中だったけれども、芽生くんを抱っこするように布団に潜り込んだ。
「あしたも、たのしみ……あしたもまた……あのはらっぱであそびたいな」
「いいよ」
可愛い願いごと。
すぐにでも叶えてあげたくなるよ。
「おやすみ、芽生くん」
やがてカチャカチャと食器を片付ける音が消え……部屋が静かになり、胸元からも規則正しい寝息が聞こえてきた。
そろそろいいかな。
僕はむくりと起き上がり、宗吾さんを探した。
芽生くんが寝付くまで静かにしてくれていた。
窓辺の椅子で読書しているのかと思ったが、そこにはいなくて、その代わり掛け流しの温泉の方から、湯の音がした。
そっと覗くと、宗吾さんは目を閉じ、瞑想するような表情で浸かっていた。
「宗吾さん……あの」
「あぁ、芽生を寝付かせてくれてありがとう。芽生は眠い時は相変わらず瑞樹にべったりになるな」
「かわいいです。いつまでも小さいままでいてくれないのが分かっているので、余計に……今が愛おしくなります」
「そうだよな。じゃあ、そろそろ俺の時間か」
宗吾さんの熱い視線を浴びると、僕も自然と浴衣の帯に手をかけていた。
「あの……一緒に、入っても」
「もちろんだ。待っていた」
はらりと浴衣を足元に落とす……いつになく大胆な行動だ。
少し恥ずかしかったが、脱衣所は……照明を落とし薄暗いので、自分で自分の身につけているものを解いていった。
「瑞樹のパンツ、今日は○印だよな」
「あ……もうっ、ムードが台無しですよ」
「ごめん。少し緊張してきた……この旅館内で君に手を出していいのか、少し悩んでいたんだ。前の彼氏がいる場所で……君を抱くのを許してもらえるのだろうか」
宗吾さんが、慎重に聞いてくれる。
宗吾さんはいつも大らかで豪快なのに、時にとても繊細に僕の心に寄り添って、僕の心を大切にしてくれる。
それが嬉しくて、僕の返事は……すぐに決まった。
僕の身体も心も……すべて大切に愛してくれる人
それが僕の宗吾さんだ。
「宗吾さん……好きです」
チャプンと水音が立つ。
吸い込まれるように、裸の宗吾さん胸に飛び込んだ。
「もう……あいつに伝えられました。僕が今……どんなに幸せに満ちているか。もう大丈夫だって……」
僕の方から、宗吾さんに口づけした。
「あぁ……瑞樹を愛してくれた男だ。俺も、まぁ……一目置くよ。彼がいなかったら、今の俺はここにいないしな。あの日、あの公園で君が泣いたから、俺たちは出逢った。恋のキューピットは芽生だったな」
「はい。一馬との別れがなければ……出逢えなかった。そう思えるようになっています。宗吾さん……僕をここで抱いて下さい」
「本当にいいのか」
「そうして欲しくて……さっきから……その」
「嬉しいよ。俺だけかと思った。がっついているの」
「そんなことはないです。心は一緒です」
ここは露天風呂ではない。
客室の一部で、タイルと窓ガラスで囲まれた密室だ。
星や月は見えない。
吹き抜ける風もない。
だが、自由で解放された空間だ。
何故なら……僕だけの星が、僕だけの風がここにはある。
宗吾さん。
僕の宗吾さんが、ここには、いてくれるから。
ともだちにシェアしよう!