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幸せな復讐 16

「宗吾さん、あの……そろそろ夕食に行きますか」 「いや、その必要はないぞ」 「え?」  そのタイミングでインターホンが鳴り、仲居さんがやってきた。   「お食事の支度が出来ました。お部屋に失礼します」    部屋食が次々と運ばれてきたので、驚いてしまった。 「宗吾さん! 確か予約時はレストランを申し込んだはずでは? 部屋食は別料金だったので」 「いいから。この方が家族水入らずで寛げるだろう」  宗吾さんは、サプライズが好きだ。    芽生くんと一緒に部屋の隅っこで、次々と用意されていくご馳走を眺めた。部屋食なんて豪華な経験は殆どないので、どうしていいのか分からなかった。 「お兄ちゃん、すごいね。まほうみたい」 「うん。大ご馳走だね」 「いっぱいたべようね」  法被姿の芽生くんの目が、一段とキラキラ輝いていた。 「瑞樹、芽生、そろそろ座れ」 「はい!」 「はーい!」  セッティングが終わったので着席すると、仲居さんは下がり、違う女性が入ってきた。  一馬のお嫁さんは、若草色の着物がよく似合う和風美人だ。  にこやかな明るい笑顔で、若いのにとても落ち着いている。   「若木旅館の若女将でございます。お客様、はるばる、ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりました」    三つ指を軽く床について、丁寧にお辞儀をされたので、僕も姿勢を正した。 「あ、はい」 「もうお湯に浸かられたようですね。温泉はいかがでしたか」 「とてもいいお湯でした。それにしても、とても良い雰囲気の宿ですね」  宗吾さんが答えると、若女将は面を上げて柔和に微笑んだ。   「ありがとうございます。温泉の湯のように温まるおもてなしをしたいと思っております。優しい陽光が人や花を慈しむように、私共も……お客様をおもてなしの心でお包みしたいと考え、常に心のぬくもりを大切にしております」  その言葉に……思わずまだ泣きそうになり、必死に堪えた。  一馬は、いい人と巡り逢った。  一馬が僕にくれた愛は、優しい陽だまりのようだった。そして今は、一馬が奥さんから優しい陽だまりのような愛を浴びているのだろう。  そう思うと、嬉しくなった。 「お子様の法被、とてもお似合いですね」 「あぁ、とても喜んでいますよ。『わっしょい! わっしょい!』と部屋を駆け回っていましたよ」  僕はこういうシチュエーションに慣れていないので、若女将との会話は宗吾さんに任せ、静かに耳を傾けた。 「可愛いですね。お客様、『ワッショイ』の語源をご存じですか」 「いえ」 「一つの説ですが、重い神輿をみんなで一つになって『和を背負う』から転じたものと も。良い言葉ですよね。お祭りには生きる力がこめられています。お子様の健やかな成長を願って、この『菖蒲』のお部屋を主が選んだようです。どうぞお寛ぎ下さい。私の話が長くなり、申し訳ありません」  若女将が少し頬を染めて、もう一度深いお辞儀をした。  礼を尽くされている。  だから……僕の方からも、思わず呼び止めてしまった。 「あ、あの!」 「はい?」 「僕……ここに来て良かったです。本当に、ありがとうございます……滞在中……よろしくお願いします」 「こちらこそ、いらして下さってありがとうございます」  若女将の言葉は、どれも僕の心に染みいるものだった。   ****  部屋には僕たちだけになった。 「瑞樹、なるほど、ワッショイ!か。 俺たちは3人で輪を描き、和を生み出し、背負って行くんだな」 「本当にそう思います」 「お兄ちゃん、パパ~ ボクも、おみこしを担いでみたい」 「確か実家近くの神社で五月にお祭りがあるから行ってみよう。子供神輿が出るぞ」 「やったぁ!」  やがて静かに……和やかな家族の会話、何でもない日常のシーンが流れ出す。 「おお! 豊後牛のステーキじゃないか! 豪勢だな」 「はい」 「わぁ~ボクはハンバーグだ」 「じゃあ、いただきます!」  部屋食なので、寛いでしまう。 「瑞樹、もっと飲むか」 「あ、はい。これ、とても美味しいですね」  僕たちは、せっかくだからと大分の酒蔵の樽仕込みの梅酒を飲んでみた。  まろやかな味わいに、二人で顔を見合わせ舌鼓を打つ。  3年間の熟成の後、ウイスキーの木樽で更に3年かけて熟成させた芳醇な梅の香りと木樽の香りがほどよく調和して、とても美味しかった   「瑞樹と俺みたいな梅酒だな。違うものが出会い、調和してまろやかになっていく。君と出会って2年経ったな。この先の2年も楽しみだし、その先も……ずっとずっと馴染みあっていこう」 「はい。ずっとずっと傍に……」   僕たちは少し酔っ払って、芽生くんの前で熱く語り合ってしまった。  芽生くんはそんな僕たちの会話を聞いて、ニコニコ笑ってくれた。 「うんうん! ずっと、ずっと、なかよしでいてね!」  

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