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幸せな復讐 15

 僕からのキスは、何故かまた宗吾さんに火をつけてしまったようだ。 「瑞樹……今、それはまずい」 「え? あっ――」  今度は脱衣場の壁に押しつけられる体勢で、更に熱く深い口づけを受けた。   「んっ、はぁ――あっ」  潜めても潜めても、熱い吐息が、蒸気のように漏れてしまうよ。  宗吾さんの今の気持ちを思えば、穏やかではいられないだろう。  だからこそ……僕に触れて、僕を抱いて、僕の心に触れて。  そうして欲しかった。  何も心配しないで下さい。心配かけてすみません。  僕、一馬と会っても……揺らいでいません。アイツが立派に宿の主をやっている姿を見られて、良かったと思うだけです。 「あっ……」  まだ裸の宗吾さんの雄々しい身体を浴衣越しに感じ、ドキドキしてしまう。  重ねられた唇を、僕からも控えめに吸った。  下着をつけていない下半身を、浴衣越しに大きな手で大きく揉み込まれ、撫でられて、ブルッと震えてしまった。 「おにいちゃん~?」  扉越しに、芽生くんの声が響いた。 「あっ、今、行くよ」  お互い我に返って身体をパッと離し、すぐに下半身を確認した。 「も、もう――!」 「ご、ごめんな。俺ちょっとクールダウンしてから出るわ」 「は、はい」  宗吾さんは温泉に再び入ってしまったので、僕も必死に緩やかに勃ち上がりそうになっていたものを静めることに徹し、乱れた浴衣を手早く直した。 「遅かったね。おにいちゃん、はい! これ」 「ん?」 「もー、まだパンツはいてないでしょ。おかぜ、ひいちゃうよ」 「あ、ありがとう。あれ? 僕これを入れていた?」  渡されたパンツは――  もはや旅の風物詩の『みずき印』だった‼  参ったなぁ、いつの間に。 「えへへ、パパがね、おにいちゃんがまいごにならないように、こっちがいいって」 「あ……はは、またすり替えられた!」    宗吾さんってば。  僕はあなたの傍から離れませんよ。迷子になんてなりません。だって僕はもうアイツに、1mmも靡かない。  しかし、宗吾さんの気持ちを真摯に受け取った。宗吾さんなりの覚悟を持って、僕をここまで連れて来てくれたのだ。静かに見守ってもらえる有り難さを、をひしひしと感じている。 「はきごこちはどう?」 「うん、心強いかな」 「よかったぁ~!」     ****  クールダウンした宗吾さんが澄ました顔で現れたので、部屋に用意されていた茶菓子を食べることにした。  お互い浴衣姿で、ゆったりと寛いだ時間が流れている。 「宗吾さん、お茶どうぞ」 「ありがとう。瑞樹、これは何のお菓子だったか」 「あ……これは『かるかん』です」  かるかんとは、かるかん粉、山芋、水で作られた九州の銘菓だ。一馬の実家から送って来た宅配便にいつも入っていて、僕もよく食べさせてもらった。 『瑞樹の好きなの届いたぞ』 『わぁ、かるかんだね』 『ばあちゃんが鹿児島出身だから、うちの旅館ではいつもこれがお茶請けなんだ。ところで瑞樹はどうして、これがそんなに好きなんだ?』  あの時は答えられなかったが、今は答えられる。 「宗吾さん、『かるかん』って真っ白で優しくて……大沼の雪みたいで、好きだったんです」 「そうだな。確かに雪みたいだな。南のお菓子なのに不思議だな」 「あ……はい、そうなんです。雪合戦の雪みたいだなって……ずっと」 「おにいちゃん。ボクのは何だろう? この箱になにが入っているのかな?」 「ん? 開けてみて」  芽生くんには、10cm四方の小箱が置かれており、揺らすとカタカタと音がした。 「わ~、カエルのおまんじゅうだ」 「本当だ! これは可愛いね」 「うん! カエルさん、こんにちはー!」    芽生くんがお菓子のカエルと真面目に会話して、可愛いな。  しかし……なんでカエル? 「カエルって縁起がいいんだよ」 「確か、お金が戻ってくるとか、交通安全の意味で、無事に帰るの意味ですよね」 「それだけじゃないよ。カエルは変化の『変える』でもあるのさ。 カエルって、蝶と同じで、オタマジャクシからカエルとなるだろう。まさに成長と変化の象徴なんだよ」    手に持った白い雪のような『かるかん』と、カエルのおまんじゅうを見つめていると、急に気付いたことがあって、涙が浮かんできた。 「うっ……」 「お兄ちゃん、どうしたの?」 「ご、ごめんね」 「瑞樹、どうした?」 「宗吾さん……変わってやれなかったんです……僕……ずっと」  一馬との7年、僕の方から、全然歩み寄れなくてごめん。  本当にごめんな。  お前がさしてくれた傘は、陽だまりのように居心地が良くて、甘えてばかりだった。僕の方から傘は差さず、歩み寄れなかったのに。 「おにいちゃん、どうしたの? 泣かないで。だいじょうぶ! おにいちゃんはちゃんと変わったよ-」 「え?」 「えっとね、さいしょはさみしそうであんまり笑わなかったけれども、今はね、いっぱい笑うようになったよ~おひさまみたいに」 「そ、そうかな」 「それにね」 「ボクのパパに似てきたよ」 「え? そ、そうなの?」 「おぅ! 芽生、よく言った。瑞樹は変化しているから、ますます俺に似て来るはずだ」 「うーん、それはどうかな。おにいちゃん、パパはきけんだから、ほどほどにね」 「くすっ……うん! 気をつけるよ」  先ほどまでしんみりしていたのにに、泣き顔が笑い顔に変わったよ。  カエルは変える!  僕はあなたたちと過ごしたいから、もう変わることを恐れない。  いつだって、芽生くんが優しい虹をかけてくれるから。  いつだって、宗吾さんがおおらかな笑顔で受け止めてくれるから。  幸せになりたいと願うことが……もう、怖くない。  

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