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幸せな復讐 28

一旦部屋に戻って荷物を置いてから、朝食会場に出掛けることにした。 「あれれ? そういえばお兄ちゃん……もうお洋服にしたんだね」 「あ……うん、そうなんだ」  まさかキスマークのせいだとは言えないので曖昧に答えると、芽生くんが床に落ちていた僕の浴衣を見て、ひとり納得していた。 「なるほど! おにいちゃんのゆかた、しわくちゃだね。だからなのかぁ」 「はは……そうなんだ」  皺くちゃにしたのも、宗吾さんですよ。(とは、やっぱり言えない)   「芽生はまだ浴衣でいいぞ。その法被姿可愛いからな」  宗吾さんは浴衣のまま行く気満々で、もう鍵を持って玄関に立っていた。 「う……ん」  あれれ? どうしたのかな。芽生くんが何か言いたそうだ。 「どうしたの? 話してごらん」 「あ、あのね、僕もお兄ちゃんと同じになりたい」 「ん?」 「だって、このシャツと、おそろいみたいだもん」 「もしかして芽生くんも洋服に着替えたいの?」 「うん!」  芽生くんの今日の洋服は、薄手の白いトレーナーだった。この旅行のために新調したお気に入りで、胸元には羊の刺繍がしてあって可愛い。  僕は白いリネンシャツだから、確かに色が統一されて、おそろいみたいだね。  僕とお揃いにしたいという気持ちが嬉しくて、つい加勢してしまう。 「宗吾さん、少し待ってもらえますか。急いで着替えさせますので」 「あぁ、いいよ」 「芽生くん、おいで!」 「やった! お兄ちゃんありがとう。パパだけだったら、お腹空いているから行くぞーって待ってくれないよ。だけど、お兄ちゃんがいてくれると、ゆったりだね」 「くすっ、お腹が空いている時の宗吾さんは、危険だよね」 「そうそう、まるで『はらぺこクマさん』だよね」 「そうそう、くすっ、ははつ」  芽生くんには悪いが、夜の想像をしてしまった。  1週間程、お互いに忙しくて触れ合う機会がないと、まるで飢えた熊のように僕に覆い被さってくるんだ。でも僕は……そんな宗吾さんのストレートな所が好きだ。いろんな情に熱い人だ。  宗吾さんが相手だと……昔のように相手の顔色をうかがって遠慮している場合ではなくなる! それが軽快で楽しかったりするのだから、僕の中の宗吾さん度が増しているというか。  なぁ……一馬。  僕は最近すごく笑えるようになったんだ。こんな風に腹を抱えて笑うこともある。自分でも驚いているよ。お前にも見てもらいたい……今の僕が、家族と笑って過ごす様子を。    そんなことを、ふと思ってしまった。  駄目だな、僕はさっきしっかり別れを告げたばかりなのに、どうしてだろう?  きっとお前が僕の微笑みを、あんなにも眩しそうに見たからだ。 「よし、これでいいね。さぁ行こう。宗吾さんお待たせしました」  すると宗吾さんが扉の前で、蹲っていた。 「ど、どうしたんですか」 「ううう……」 「うううう?」 「う・え・た」 「飢えた?」 「そうだー、お前たち、いい加減に早くしろぉ~」  芽生くんと顔を見合わせて、ほらね! と、ウィンクし合ったよ。 「宗吾さん落ち着いて下さい! あの……立てますか」 「パパーしっかり」  宗吾さんがわざと甘えたように、僕と芽生くんを座ったまま抱きしめた。 「もう待てない。まずはこの子達から食べちゃうぞー」 「わぁ! たすけて」 「あぁっ……」  宗吾さんにどさくさに紛れるように、愛情いっぱいに抱きしめられてキュンっとした。  明るい人、大好きだ。  **** 「おはようございます。『菖蒲』のお部屋のお席は、窓際のテーブルでございます」 「あ……おはようございます」  女将自ら、爽やかな笑顔で出迎えてくれた。 「よくお休みになりましたか」 「はい、いい湯だったので……ぐっすりと」  一応、嘘ではないよな?    いい湯だったので宗吾さんと風呂場で、そして布団でしたことを、想い出してしまう。最後はもう疲れ果てて眠ったのだ。 「わぁ~わしょくだ!」  和風旅館なので、純和食の朝食が並んでいた。  すぐに仲居さんが近づいてくる。 「お子様には特別にジュースがつきますので」 「え? 朝からジュースを飲んでいいの」 「新鮮な絞りたてのオレンジジュースですよ」  実はジュースが大好きな芽生くんが、目を輝かしていた。  へぇ……絞りたてジュースか、美味しそうだな。 「わぁ~うれしいなぁ」 「あ、すみません。それ、追加オーダーできますか」 「もちろんです」 「じゃあ、彼にもそれつけて下さい」 「え!」  いきなり宗吾さんが僕にも注文してくれたので、嬉しかった。実は……少し飲んでみたかった。  芽生くんも大人と同じ和食で、焼き魚や御飯に納豆が並んでいるが、どれも子供が食べやすいように小さくカットされていた。  成程……小さい子供にも居心地の良い、気配りのある宿なんだな。  きっと一馬と奥さんで、サービスを考えているのだろう。 「じゃあ、おはようのカンパイだよ」 「ふふ、宗吾さんはジュースはいらなかったのですか」 「あぁ、君と芽生が嬉しそうに飲むのを見ているよ。俺は、それで満足だ」  乾杯の後は、和やかに食事を取った。 「お兄ちゃん。ボクもお魚に、おしょうゆかけていい?」 「ん? いいよ。かけてあげる」 「ボク、自分でやりたい」 「分かった。気をつけてね」  ところが、芽生くんがお醤油を思いっきり横にしてしまい、蓋が外れてドバッと魚にかかってしまった。しかもお皿に跳ねた醤油が、芽生くんの新しいトレーナーに点々とシミをつけてしまった! 「あ……あ……ぐすっ、おようふく……よ……よごれちゃった。ぐすっ、ぐすっ」  おろしたてのトレーナーに醤油のシミが派手についてしまったショックで、芽生くんがパニックになる。 「芽生くん! 大丈夫だよ!」  僕は慌てて席を立って、おしぼりを手に取った。  するとあろうことか……僕の手がジュースのグラスをひっかけて、自分の洋服にもビシャッとかかり、真っ白なリネンシャツがオレンジ色に染まってしまった。  つ、冷たい。  僕まで、洋服を汚してしまうなんて。  呆然とする僕と芽生くんに、宗吾さんもポカンと口を開けたままだ。  ど、どうしたらいい?  えっとこの場合……まずは……何をすべきか。  僕もパニックになりそうだ。

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