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幸せな復讐 31
もしも扉の向こうに瑞樹の前の彼氏が立っていたら気まずいと思ったが、それは杞憂に終わりホッとした。
「ごめんなさい。お待たせしてしまって。えっと……ボクには、これどうかしら?」
「わぁ~きれいな色!」
若女将が持って来てくれた子供服は、太陽のように暖かく優しいオレンジシャーベット色のトレーナーだった。
「サイズ大丈夫そうですね。あの、よかったら着てやって下さい」
「ありがとう! えっと……お、おかりします!」
「くすっ、ボク、偉いわね。こんな小さいのに、きちんとお礼が言えて」
「えへへ。お兄ちゃんがね、教えてくれたの」
「なんて?」
「あのね『ありがとう』って、しあわせになれる『まほうのことば』だよって」
「まぁ! すてき」
へぇ……瑞樹らしいな。瑞樹の注ぐ優しい愛情は、栄養たっぷりで優しい心を育ててくれる。芽生は君のお陰で、明るく素直に優しくスクスク成長しているよ。
こういう第三者とのやりとりからも実感出来て、俺もいい気分になってきたぞ。
「宗吾さん……芽生くんしっかりしてきましたね。それに『ありがとう』って、本当に魔法の言葉で場が和みましたね」
「あぁ」
確かに「ありがとう」と言うと、自分も笑顔になれるし言われた方も笑顔になる。子供にも分かるシンプルな言葉が、幸せを運んで来てくれる。こんな風に「ありがとう」を習慣にしていくと……心がポジティブになるな。
「……僕は今まで『ありがとう』よりも『すみません』ばかりでした」
「そうだったな」
出会った頃の君を思い出す……まるで口癖のように「すみません」を連呼していた。
「今は『ありがとう』しか聞えないぞ」
「そうでしょうか、嬉しいです」
「いつも笑ってくれてありがとうな」
「あ……はい」
瑞樹は……彼特有の、はにかむような笑顔を浮かべていた。
感謝出来ることは、実は日常に沢山ある。だから俺も一つ一つしてもらったことに、感謝していきたい。
「あの……こちらの不手際だったのに、このような素晴らしい対処をしていただいて、感謝しています」
「いえ、大切なお客様ですし、そちらの方が率先して床を拭いて下さったのには、感動しました。こちらこそ、ここまでいらして下さってありがとうございました。宿の主共々喜んでおります」
若女将は明るい笑顔を浮かべて、深々とお辞儀をした。
この女性は、もしかしたら瑞樹と、自分の夫との過去の関係を知っているのかもしれないな。しかし敢えて口には出さず、もう過去のこととして見送ってくれている。
そんな気がした。
ならば……俺たちも彼女の気持ちを汲んで、静かに受け取ろう。
「あの……お帰りは今日ですか。何時の飛行機ですか」
「あぁ夜なので、夕方までは由布院の町をゆっくり観光しようかと」
「よかったです! 実はしみ抜きをざっとしたのですがお醤油の方が厄介で、もう少しかかりそうなんです。それに乾燥機ではなくお日様に干したいので、もしよかったらお帰りになる前に取りに来ていただけますか」
「もちろんです。じゃあ3時頃一旦ここに戻ります」
チェックアウト後は、もうこの宿には戻らないつもりだったが、ひょんな事になった。
瑞樹と彼との縁を感じるな。
これは運命の悪戯か。
母がよくこう言っていたな。
……
宗吾、ジタバタしないの! 物事には『なるようになる』 時もあるのよ。ひょんなことに遭遇したらね、そういう波がやってきたと思い、抗わずに身を委ねてみなさい。きっと見えなかった景色が見えてくるわよ。
……
「じゃあよろしくお願いします」
「はい、お任せ下さい」
「おねえさん、いってきまーす。今度はよごさないようにするね」
「いえいえ、子供はよごすのが仕事ですよ。またお洗濯するから大丈夫よ。だから、由布院で沢山のいい思い出を作ってきてね」
「はーい!」
俺たちはもう一度朝食会場に戻り、温かい食事を美味しく食べた。
そして一旦部屋に戻った。
****
「あー、おふとんがなくなっている」
「旅館は朝食の間に、畳んで閉まってくれるんだ。だからもう押し入れの中だよ」
芽生くんが大きな目をキラッキラっと輝かせ、キョロキョロしていた。
「すごいね! 魔法みたいだね」
「うんうん、本当にそうだね」
「瑞樹、最後にもう一度、温泉に入るか」
「え?」
いやいや……宗吾さん、忘れたのですか。僕の身体に無数の跡を残したことを。
「パパー、ボクはいりたい!」
「だろ? ちょっとだけ浸かろうぜ。部屋に掛け流しの温泉があるなんて贅沢だから」
「え、でも……」
「あ……そうだった。すまん! じゃあ芽生とパパでドボンだな」
「おにいちゃん、まっていてね」
「うん」
ふぅ……、芽生くんと宗吾さんがお風呂に入ったので、僕は芽生くんが脱ぎ散らかした衣類を軽く畳んだ。
「可愛いトレーナーだな」
一馬にも息子さんがいるなんて、全然知らなかった。
一馬……小さな子供って可愛いだろう?
僕も……よく知っているよ。
「あ……」
そう言えば、宗吾さんのシャツを貸してもらったままだ。これは脱がないと。でも……宗吾さんの匂いに包まれている安心感が心地良くて、着替えを戸惑ってしまった。
「瑞樹、今日はそれをずっと着ていろよ。ダボッとして可愛いし、何しろ君の『彼シャツ』姿、最高だ」
ぼそっとお風呂上がりの宗吾さんに囁かれて、無性に照れ臭くなった。僕の気持ちが見透かされているようだ。
「で、では……お言葉に甘えて……お借りしたままでいいですか」
「あぁ、もちろん!っていうか着ていて欲しい。それに俺は予備を持っている」
「え! いつの間に? 僕も芽生くんも油断して予備の服を忘れてしまったのに、宗吾さん……用意周到ですね」
「はは、いやぁ~、実はたまたま前の出張で、鞄に入れっぱなしだった」
「え! それって……ちゃんとお洗濯してありますか」
「おいおい、酷いな。信用ないな」
「くすっ、前科がいっぱいあるせいですよ」
「お! あれかパンツの皿屋敷か」
「あ……あれは、もう……や、やめて下さいよ。もう、ははっ!」
ほら……宗吾さんはいつだって僕を、笑いの渦に巻き込む。
「あー、それ覚えているよ! あの日のパパは……ヘンタイさん!」
「くくっ、芽生くん~それはお外では言ったら駄目だよ」
「分かっているよ。あれはお兄ちゃんとボクだけのヒ・ミ・ツ! だもんね」
可愛い(?)秘密の共有に、また笑いが込み上げてしまう。
不思議だ……今日は朝から笑ってばかりだ。
とても明るい朝がやってきた。
峠を越えた先に広がる、開けた緩やかな道。
そこを三人で笑いながら闊歩しているような、爽快な気分だった。
あとがき(不要な方はスルーです)
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『幸せな復讐』自体は終わったのですが、のどかな家族流行の様子を最後まで書いていきますね。そして『パンツの皿屋敷』って何のことって思われた方はこちらです。
他サイトになり申し訳ありません。
しかも30スター特典とハードル高い特典ですが、
30スター特典 『幸せな存在』からの贈り物 ttps://estar.jp/extra_novels/25510941
同人誌1冊分くらいの書き下ろしがあります。普段見られないエロい瑞樹や設定裏話など……その中に、宗吾さんの脱ぎ散らかしたパンツを巡る話があるのです。
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