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幸せな復讐 32

「カズくん、途中で抜けてごめんね」 「こっちは何とかなったよ。先ほどのお客様のお召し物大丈夫だったか」 「うん、お醤油だったので手強かったけれども、なんとか落とせたわ。オレンジジュースの方もね」  妻の言葉に安堵した。 「そうか。優しい対応をありがとうな」 「ううん、大切なお客様だから」 「あ……あぁ」  ドキリとする。  そうだ……とても大切な人だった。  だから妻が丁寧に対応してくれて、本当に嬉しかった。 「カズくん、朝食会場はもうお客様もだいぶはけたし、フロントに戻っていいよ」 「君は? 春斗の様子を見なくていいのか」 「さっき少し見てきたから大丈夫よ」 「そうか。今度はチェックアウトの時間だから俺が忙しくなるな」 「はーい! ファイトだよ!」  妻がにっこり笑って、可愛くガッツポーズを決めてくれる。  可愛い人だ。この人のためにも頑張ろう! **** 「あれ? おにいちゃん、こんな所に何か落ちているよ」 「え?」  芽生くんが机の下に潜り拾ってくれたのは、宿の主からの挨拶文カードだった。ウェルカムカードというのかな? どの部屋にも置いているものだろうが、添えられたメッセージは、一馬の直筆だった。  『ごゆっくりお過ごし下さい』  大らかな達筆……懐かしいな。  あの冷蔵庫に貼られていた手紙を思い出す。  あれ……ここまで持って来たんだ。どうしようかな?  手紙をじっと見つめていると『幸せになって下さい』と言ってもらっている気がした。 「あー!」  芽生くんが再び歓声をあげた。 「このおへや、すごいよ! いいもの見つけちゃった!」 「何かな?」 「えへへ、おにいちゃん、目つぶって」 「うん?」  くすっ、子供って可愛いね。いつも僕を驚かせようとしてくれる。可愛いサプライズなら大歓迎だよ。 「はい! もういいよ~ 見てみて!」 「あ……」  僕の手のひらにのせられたのは、布団に一晩敷かれたのか……押し花のようペタンコになった四つ葉のクローバーだった。 「おへやの中から四つ葉が見つかるなんて、ふしぎだね! すごいね!」 「そうだね」 「わかった! これはね、しあわせやさんからのおくりものだよ。きっと」 「しあわせやさん?」 「うん、ぼくたちがニコニコしていると、やってくる人だよ」 「そうか。うん……そうだね」    芽生くんらしい可愛い解釈に心が温まるよ。  大切な人の幸せを願う心――  それを僕は今……受け取った。  一馬……ありがとう!    僕は、幸せになるよ。 「お兄ちゃん、この四つ葉、今度はボクがもらってもいいかな?」 「うん、それは……芽生くんに持っていて欲しいな」    もしかして、この四つ葉を置いてくれたのは一馬なのか。無骨だったお前がそんなことするなんてな。  この四つ葉はね……未来に託すよ。  僕には、宗吾さんと芽生くんからもらった四つ葉があるから。  そっと自分の胸に手を当てた。  いつも心の中に四つ葉を持って生きていこう。  これは幼い芽生くんから学んだことだよ。 「さぁ、そろそろ荷物をまとめろ」 「あ、パパ、ちょっと待って! しあわせやさんにおれいのお手紙をかいてもいい?」 「あぁ、そうだな。ちゃんとお礼をしないとな」 「じゃあ芽生くん、色えんぴつを出すね」 「うん!」  芽生くんが夢中で絵を描き出したので、僕は芽生くんの荷物をまとめてあげた。まだまだ小さな洋服に靴下……それから羊のメイくんに、花図鑑は旅に欠かせないようだね。水筒には、冷ましたほうじ茶を入れてあげた。  あっ、いつの間にか袖が……。  もう一度腕まくりしていると、宗吾さんに嬉しそうに見つめられた。 「あの……どうしました?」 「やっぱり袖が、ずいぶん長いんだな。それにしても瑞樹の腕まくり姿、いいな」 「あ……あんまりじろじろ見ないで下さい。どうせ僕は宗吾さんに比べたら」 「そういう所も全部好きだ」 「も、もう――」 「だが、ここはもう一つ上までボタンをしておけ」 「あ……はい」  首筋には宗吾さんからもらったキスマークが見えてしまっていたようだ。だが、サイズの大きなシャツなので、一番上までボタンを留めても、微妙に見えるかも。  うう……大丈夫かな。芽生くんに聞かれたら、虫に刺されたことにしておこう。 「よく似合っているよ」  だ、駄目ですってば! そんなに熱い目で見られたら、ドキドキしてしまう。ただでさえ、宗吾さんの匂いに包まれているのに……もうっ。 「でーきた!」 「見てもいいかな?」 「もちろんだよ~」  芽生くんが見せてくれた絵には、お礼の文章も添えられていた。 『よつばをありがとう。しあわせやさんも、しあわせになってね』  くすっ、可愛いな。  絵の方は、四つ葉を持った芽生くん自身だった。 「あ、これって芽生くん?」 「そう! ボクだよ。にっこりわらってるよ~」 「今、着ているお洋服だね」  赤と黄色を混ぜ合わせて作ったオレンジ色は、とても優しい色だった。こんな繊細な色も作れるようになったんだね。成長を感じるよ。 「うん、えっとね……このおようふくをかしてもらった、おれいもしたかったの」 「そうだね。きっと喜んでもらえるよ」 「ここにおいていくね。見つけてくれるよね?」 「うん! 大丈夫だよ」  きっと届く。  これは一馬の元へ……   あとがき(不要な方はスルーです) **** 『幸せな復讐』の段だけで、もう32話! また一ヶ月もじっくり書いてしまいました。どうか呆れずに……しつこいかもしれませんが、もう少しだけお付き合いくださいね。でも私が納得できるまで。旅を終えるまでは、長編ではしっかり書きます!  いつもリアクションで応援して下さってありがとうございます。これらを糧に毎日2,000文字ほどコツコツ書いて、更新出来ています。  そして今日出てきた『心に四つ葉を……』のエピソードは、先日更新したクロスオーバーの物語からです。他サイトですみません。どなたでも読めるものですのでご紹介を再び。 クロスオーバー作品集 『甘雨のあとの、幸せな存在』https://estar.jp/novels/25642826 36ページ~の『はちみつクローバーのまほう

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