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その後の三人『家へ帰ろう』3

 僕がほとんど旅に出なかった理由……それは旅行が怖かったからだ。  あの日は……日帰り旅行だった。  いつもよりずっと遠くまで、お父さんの運転で足を伸ばした。 ……  見渡す限り新緑の草原。  お母さんの手作りのお弁当はいつもより更に美味しくて、お父さんは僕たちを見つめて嬉しそうで、弟は僕にべったりで愛らしかった。  当時の僕はしあわせを絵に描くとこんな感じなのかなと、ほわほわとした気持ちでいっぱいだった。 「あぁ、ここはまるで天国みたいに気持ちがいいわね」 「こんな場所があるなんてな。ずっと居たくなる」  ところが……お父さんとお母さんの会話を夏樹を抱っこしながら、ニコニコと聞いていた僕に一抹の不安が過った。  なんだろう? 空を見上げると、先ほどまでの青空が急変し黒くなっていた。 「お父さん、空を見て」 「瑞樹、雨が降りそうだな。そろそろ帰るか」    また家族で来たいって言おうかなと迷っていると、夏樹がグズりだした。 「えーもうかえるの? もっといたいよー」 「駄目よ。雨が降ったら濡れちゃうでしょう」 「ぬれてもいいもん」 「また、来よう! ね、また家族で来ればいいわ。瑞樹もそう思わない?」  お母さんは、すごい。いつも僕の心に寄り添ってくれる。 「うん……僕もそう思う」  ……   (でもね……家族が一緒にいられるなら、どこでもいいんだ)    内気だった僕は、家族にも素直に言葉を吐き出せなくて、結局その言葉を呑み込んでしまった。  後にどんなに後悔したことか。  伝えておけばよかったと。  だから旅行に出るのが、ずっと怖かった。  旅行を機に、大好きな人と、もう二度と会えなくなってしまうかもしれない。  そんな経験をしてしまったから。  一馬が『瑞樹、今度こそ由布院に一緒に帰省しよう。旅行だと思ってさ』と熱心に毎年、お盆とお正月に誘ってくれたけれども、出来なかった。  しかし宗吾さんと芽生くんとなら、羽ばたいてみたくなる。  宗悟さんが北の国まで迎えに来てくれた時、大空に一斉に飛来する鳥を見た。  渡り鳥の多くは、自分の前年の繁殖地または越冬地に戻ってくるそうだ。  そんな鳥たちの飛び立つ姿に、力をもらった。  僕はもう、今の場所から動いてもいい。  ちゃんと戻って来られる! 戻って来よう!  そう思えるようになった。  それは……宗吾さんと芽生くんが、僕に信じる力をくれたから。 ****  わ……こんな所にまで、いつの間に……? 「お兄ちゃん。どうしたの?」 「いや、なんでもないよ。えっと……待ってね」  赤いキスマークが見えるか見えないかのギリギリの所まで慎重にジーンズの裾を捲り、足湯にそっとつけた。  少し熱めのお湯が心地よい。  ふぅ……やはり芽生くんが言った通りだ。  僕ね、若木旅館で頑張った分、少し疲れていたようだ。 「お兄ちゃん、きもちいい?」 「うん、ほっとするよ」  しかし安堵したのも束の間、湯の中で揺らぐ自分の足を見つめていると、またドキドキして来た。    宗吾さんに胸や首筋に痕をつけられるのにはもう慣れたが、足のこんな箇所にまでは……生まれて初めてだった。  宗悟さんとの初めてが増えたのが嬉しい。(ここは怒るか恥ずかしがる所なのに、嬉しがるなんて……僕はもう重症だな) 「瑞樹、それも旅の思い出、いや、お土産だな!」 「う……」  も、もう――宗吾さんが意味深なことを言うので、やはり恥ずかしくなった。 「お兄ちゃん、だいじょうぶ? あしゆなのに……お顔まで、まっかだよ」 「うっ……」  芽生くんにまで指摘されてしまった。  くすっ、宗吾さんも芽生くんも、ある意味、似ているよ。 「ゆっくり浸かれ。君は頑張った」 「はい……!」  昨夜、最後に記憶をなくしたのは、確か湯船の中だった。宗吾さんの広い胸に背をあてていると、安心感と充足感からうとうとと眠くなってきて……    僕の全てを心置きなく委ねられる人と出逢えたなんて、幸せだ。  宗悟さんと一緒に風呂場の小窓から見上げた月は白く透明で、僕の心のように透き通って見えた。  足湯に浸かりながら、もう一度自分の胸元にそっと手をあててみた。  大丈夫……透明な心は、ちゃんと、ここにある。 「お兄ちゃん、あとはおうちに帰るだけだね」 「芽生くん、旅行が終わってしまうの……寂しい?」  芽生くんの表情が少し曇った気がしたので、聞いてみた。   「うーんとね、りょこうが終わるのはさみしいけど、おにいちゃんとはお家にかえっても、ずっといっしょだから、うれしいほうが大きいよ!」    芽生くんが小さな足をお湯の中でパタパタさせながら、ニコッと笑ってくれた。  その言葉に、感激した。 「あ……ありがとう! 僕……遠くまで来てみて良かったよ」   あとがき(不要な方はスルーです) **** エッセイの小話を膨らませた話が、続いています。 もう少しだけお付き合いくださいね。一度完結させたお話しなのに、付け足してしまうようで申し訳ないです。

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