701 / 1737
その後の三人『家へ帰ろう』9
志生帆 海です。今日は最初に前書きを……
少し時間を巻き戻し、由布院旅行に行く前のある日です。
本筋からは外れ、1話丸ごど……久しぶりに宗吾母の視点になります。
憲吾版『家へ帰ろう』ですね!
完結させた物語ですので、私ものびのびとした気持ちで書いています。
今日も読んで下さる方に感謝♡しています。
****
「お母さん、おはようございます」
「瑞樹くん、芽生、おはよう」
「あの……連日になりますが、今日も一日芽生くんをよろしくお願いします」
「いいのよ。私もすっかり体調が良くなったし、芽生はよくお手伝いしてくれるので助かっているわ」
孫の芽生が幼稚園を無事に卒園し、小学校の入学式までは預かってもらえる場所がないにで、連日私の家にやってくる。芽生は可愛い孫だし、宗吾達の役に立てるのが嬉しいわ。
「お母さん……実は今度の週末、三人で由布院へ旅行してきます」
「まぁ芽生の卒園旅行? 由布院はいい所よね」
「はい……卒園旅行と……僕の方もすることがあって」
「そうなの? リラックスして楽しんでいらっしゃいね」
瑞樹くんは少し緊張した面持ちで、旅行の日程をメモした紙を渡してくれた。
「あっ、もう時間が……すみません。行ってきます!」
「待って今日1日が上手くいくおまじないをしてあげるわ。さぁ気をつけてね。いってらっしゃい」
トン、トトンっと優しく彼の背中を押してあげると、瑞樹くんはハッと振り向き、面映ゆい表情でペコっと会釈してくれた。
「あ……あの、行ってきます」
うふふ、相変わらず可憐な子。
「さぁて芽生、今日は何をして過ごす?」
「えっとね、おばあちゃんのおてつだい!」
まぁ、あなたって子は年寄りを泣かせる台詞を、いとも簡単に言うのね。きっと宗吾と瑞樹くんと過ごす時も、そんな調子なのね。でもまだ幼いのに無理はしていない? 少しだけ心配になって聞いてみた。
「芽生、お手伝いが好きなの? 無理していない?」
「ううん、してない。だって楽しいよ~おにいちゃんとゴミバスターズごっこするんだ」
「『ゴミバスターズ』? ふふっ、よく分からないけれども、宗吾は相変わらず掃除が嫌いのようね」
「おちゃわんをふくのは、キュウキュウキュウメイタイだよ~」
「?」
「おぼれたスプーンさんやフォークくん。おさらさんをすくって、タオルでふいてあげるんだ。おにいちゃんと力を合わせてやるんだよ」
「あぁ『救急救命隊』のことね」
なんて楽しいことをしているのかしら。
瑞樹くんは、ちゃんと夢見ることを知っている。きっと幼い頃、そんな環境にいたのね。 親から子へ受け継いだものを、芽生に惜しみなく与えてくれる。それが嬉しいわ。
彼の優しく清らかな生き方が好き。
私はいつまでも、応援していますからね。
「おばーちゃん、お花にお水をまいてもいい?」
「お願いするわ」
縁側に腰掛けて、瑞樹くんから渡された旅行のメモを見つめた。
それにしても由布院だなんて、懐かしいわね。私達の頃は宮崎旅行がブームだったけれど、私とお父さんは別府と由布院温泉でゆっくりしたのよ。そうそう由布院のお宿は、老舗旅館で素敵だったわ。なんて名前だったかしら? 今度アルバムを探してみましょう。
午前中は芽生とのんびり過ごし、午後は手を繋いでゆっくりお散歩すながらスーパーに行った。
「お夕食は何がいいかしら?」
「お肉ー!」
「お持ち帰りできるのがいいわね」
「きっとよろこぶよ。今日はパパもお兄ちゃんもお仕事でおそくなるって」
「聞いているわ。だから、うちでお風呂まで入っていきなさい」
「うん!」
そうねぇ……何がいいかしら?
そうだわ。北海道から贈ってもらったじゃがいもが沢山あるから『肉じゃが』がいいわね。多めに作って、憲吾の所にもお裾分けしましょう!美智さんのお腹もかなり大きくなって大変だものね。
美智さんに連絡すると、仕事帰りに憲吾が寄ってくれるそう。
あの子の顔を見るのも久しぶり。
律儀な憲吾らしく、連絡をくれた時刻通りにやってきたわ。
「はぁはぁ……母さん、悪いですね」
「憲吾? あなた駅から走ってきたの?」
「あ……いや。その……芽生はまだいるか」
「いるわよ」
成る程、芽生に会うのは久しぶりだものね。憲吾はどういう理由か分からないけれども、瑞樹くんと知り合ってから、それまで見向きもしなかった甥っ子の芽生に夢中なのよね。
「あ、おじさんだ! わぁーい!」
芽生は人懐っこいので、堅物で近寄りがたい雰囲気の憲吾にも躊躇なく近づいてくれる。
「芽生、久しぶりだな」
「おじさん、あのね、あそこの電球をとりかえられるかなぁ? チカチカしてるんだ」
「あぁ、いいよ。任せておけ」
まぁ驚いた。あなたが廊下の電球をあなたが取り替えてくれるの? 家事なんて見向きもしなかったのに、その調子なら身重の美智さんに代わり手となり足となり働いているのね。
「ありがとう、助かるわ。芽生もよく気付いたわね」
「えへへ」
「さぁ憲吾、肉じゃがを持っていきなさい」
「あぁ助かるよ。美智も喜んでいた。そうだ、週末にかけて出張に行くので美智に何かあったら頼みます」
「いつ帰ってくるの」
「日曜日の夜便です、一応日程をメモしてきました」
行程表……今日は2枚目だわ。
あらあら嬉しい偶然……照らし合わせてびっくりしたわ。
「憲吾、あなたの帰りの飛行機、瑞樹くんたちと5分差よ」
「え?」
「ほら見て頂戴」
「宗吾たちは由布院に旅行ですか。だが私は仕事の出張ですよ」
「えー? おじさんに空港で会えるの? 会いたいな~」
「う……」
憲吾は芽生と約束をしていたわ。
「いいか、仕事が順調にいけばだ……だからまだ確定していない。分かるか?」
「うん! わかる。パパ達にはナイショだね。オジサンとボクの楽しいヒミツ!」
「あ……あぁ」
憲吾は照れ臭そう。
「芽生も楽しみにしているし、空港で会っていらっしゃいよ。またとない機会だわ」
憲吾も、瑞樹くんと芽生には何回でも会いたいでしょう?
「か……、母さんがそこまで言うのなら」
「そうだわ! 函館に行くのなら、ここも見て来たら」
「今度は何です?」
じゃがいもの箱に付いたままになっていた送り状を剥がして、憲吾に渡した。
「函館の住所ですね? これが何か……あっ『葉山』って瑞樹くんの実家ですか」
「『葉山生花店』というお花やさんなのよ。駅にも近いし、時間があったら見て来たら?」
「じ、時間があればですよ。これは預かっておきます」
ギクシャクとした足取りで帰ろうとする憲吾を、芽生が呼び止めた。
「オジサンにまた会いたいな。バイバイ!」
「芽生も旅行を楽しんでおいで」
憲吾が、芽生の素直な黒髪に躊躇いがちに触れて撫でた。
芽生はくすぐったそうに笑って、お強請りをした。
「おじさん。羊のメイもなでなでしてー」
「あ、あぁ」
憲吾が真面目くさった顔で、羊のぬいぐるみを撫でている。
ふふっ、あなたはきっといい父親になるわ、子煩悩のね。
「可愛い羊だな。これは芽生のお気に入りか」
「ボクの家族だよ~この子も」
「……そうか、いいな」
あたたかい会話にほっこりとしたわ。
子供と話すと、心が洗われるって本当ね。
小さな子供はおとぎの国の住人なのかもしれない。
『愛らしさ……』
小さくて可愛いものは、人の心を癒やしてくれる。その子の発する言葉は魔法のように、沢山の元気をもらえるわね。
「おじさん~! あえてうれしかったよ~! またあそんでね」
「あ、あぁ……コホン、じゃあな」
憲吾の足取りは、軽かった、
愛する美智さんの元に戻ったら、芽生の話で盛り上がりそうね。
そしてお腹の子供が生まれたら……と、話も弾むでしょうね。
「さぁさぁ、美智さんがお腹を空かせて待っているわ。もう家へ帰りなさい」
「あぁ、母さんありがとう」
今の憲吾なら、もう大丈夫。
あなたは自分の家 を手に入れた。
家を手に入れた人は、逞しいわ。
瑞樹くんも、同じよ。
あなたも家を手に入れた人よ。
だからこの先……何があっても揺らがないでしょう。
ともだちにシェアしよう!