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その後の三人『家へ帰ろう』8
空港のターンテーブルから荷物を引き取り、到着ロビーに出た。
「さぁ、一気に帰るぞ。疲れただろう? タクシーにするか」
「いえ、モノレールでいいですよ」
「……君は堅実だな」
相変わらず瑞樹らしいな。君は飛行機で休めなかったから、後はタクシーでゆっくりと思ったのだが。
「ボク、モノレールがいい!」
あぁそうか、芽生が喜ぶからか。いつも自分より他人のことを考えてしまうのは、『幸せな復讐』を終えても健在だな。新しいスタートを切ったといっても、何もかもゼロにするのではない。自分にとって大切な根っこは残してがいいよな。
「よし、じゃあこっちだ!」
すると突然、芽生が大きな声を出した。
「あー! おじさんだ!」
おじさん?
芽生にとって『おじさん』は兄さんか、広樹のことだが。
「パパ、あそこに立ってるよ!」
キョロキョロ見渡すと、カチッとした濃紺のスーツ姿の兄さんが直立不動で立っていた。生真面目な表情で銀縁の眼鏡を光らせて。
「な、な、なんでだ?」
「わ……憲吾さんですね」
「あぁ、なんで兄さんがここに?」
瑞樹も俺も驚いて、顔を見合わせてしまった。
芽生は構わず、兄さんの元へ走り寄り、足下にくっついた。
「おじさん~ただいまぁ!」
「あ……あぁ芽生」
「やっぱり来てくれたんだね~約束まもってくれて、うれしいよぉ」
「あぁ、まぁな……」
芽生と約束? 話が見えないぞ。
瑞樹と顔を見合わせて近寄ると、兄は気まずそうな顔を浮かべた。
「その……母さんに言われたんだ。5分差の飛行機で同じ日に帰ってくるなら、お前たちと空港で会ってきたらと。私は仕事だからそんな余裕はないと断ったのだが、遊びに来ていた芽生にも頼まれたし……その……」
毅然とした裁判官の兄さんらしからぬ、ずいぶんな長い言い訳だなと苦笑してしまった。
元来……兄はこんなことをする人ではなかった。
変えたのは……
「憲吾さん! 会いたかったです! 嬉しいです」
やはり、瑞樹だろうな。
瑞樹は目を細めて微笑んでいた。
「あ、あぁ……その……瑞樹くん、お帰り」
「あ、はい。ただいま」
おいおい! 兄さん、瑞樹は俺のもんだぞ。
なんだよ? その初々しい会話!
「実は出張先は、君の故郷だったんだ」
「え……? 函館行かれていたのですか、知らなかったです」
「そうだ。それでだな……その……これは君に土産だ」
瑞樹にドサッと手渡されたのは、一瞬よろけるほど重そうなショッピングバッグだった。航空会社のロゴは入っているので、どうやら空港でまとめ買いしたらしい。。
「え? こんなにいいんですか」
「あぁ、君が何を好きか分からんから……その、手当たり次第に買ってみた。それと芽生にもあるぞ」
「わぁ!」
兄さんが芽生に渡したのは、羊のぬいぐるみで、芽生が由布院に忘れた物よりも、ずっと小さいものだった。
「あ……羊のメイの赤ちゃんだ!」
「はは、芽生が大事にしている羊のぬいぐるみの赤ん坊だぞ」
「わぁぁ……」
芽生の目が、キラキラに輝いた。
ヤバイ……これはもツボ過ぎるお土産だろう。
興奮して眠れなくなるヤツだ。
しかも……由布院に忘れて、心の中では寂しがっていただろうから、タイムリーだ。
参ったな、兄さんの方が俺より上手だ。まだ子供も生まれていないのに。
「こんな子供っぽいもの今更か」
「ううん! おじさん、おじさん、おじさんってすごい! あぁボクの『しあわせやさん』だよぉー、ありがとう」
芽生がピョンピョン跳び跳ねて、全身で喜びを表現していた。
兄さんの方が、頬を赤らめる程に。
「あの、僕からもお土産があって」
「ありがとう。中身は何だ?」
瑞樹からお土産を受け取った兄は、几帳面な性格なので中身を確認した。
「栗蒸し羊羹とノンカフェインのコーヒーなんです」
「何! 栗蒸し羊羹だって?」
兄の顔色が、甘く綻ぶ。
堅物のくせに、俺より甘党なんだよな。
「確か……憲吾さん、お好きでしたよね?」
「大好物だ。それにノンカフェインのコーヒーだなんて、美智が喜ぶよ。コーヒーを飲みたがっていたからな」
「良かったです。函館はいかがでしたか」
「実は函館で、君のご実家の花屋にも立ち寄ってみた」
「えぇ!」
これには瑞樹も目を丸くしていた。
「母から住所を聞いた立ち寄ってみた。駅に近かったしな。私は名乗らず花を買ったのだが、何故かバレた。おかしいな……私はそんなに宗吾と似ているか」
「やっぱり兄弟ですから似ていますよ。そうか……寄って下さったのですか」
「まぁな、美智に土産を買ったんだ」
兄が嬉しそうに見せてくれたのは『すずらんのハーバリウム』だった。
「北海道らしいだろう?」
「あ、あの、これ……広樹兄さんの新商品なんです!」
「素敵だな。君自身も、君の周りも、みんな素敵だ。コホン、それが……函館の感想だ」
『すてき』
俺の好きな言葉だ。
瑞樹は素敵な男だ。
瑞樹がいるだけで、その場が潤い……瑞樹を想うだけで幸せになれるから。
瑞樹の楚々として控えめで優しい性格……人に対する寄り添う心。
思いやりがある君だから、瑞樹の周りにいる人の心も和み、優しくなれる。
兄は今まで出張中は仕事中だと、観光などの寄り道も一切せず、お土産も買わない人だったのに、ここまで変えるなんて……全く凄いよ、君は――
俺の家の潤滑剤だ。
瑞樹と触れると、みな心に優しい栄養を分けてもらえるようだ。
「兄さん、ありがとう」
だから俺も素直に礼を言おう。
ありったけの感謝の気持ちをこめて、シンプルに。
あとがき(不要な方はスルーです)
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久しぶりの憲吾さん登場です!
完結後の小話が楽しくなって、なんだかんだと1週間以上も書いてしまいました。まだ家に辿り着かないので、もう少しだけお付き合いくださいね。
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