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その後の三人『さらに……初々しい日々』9
「芽生、そろそろお昼にしましょうか。今日はお弁当の具材があるので簡単よ」
「わーい! おばあちゃん、あのね……ボクもパパたちみたいに、おべんと箱にいれてほしいな」
「いいわよ!」
くすつ、なんでも大人の真似をしたがる時期なのね。
あら、でもお弁当箱あったかしら?
憲吾と宗吾が中学、高校と使用したアルミの物は、今日二人に使ってしまったわ。そもそもあれは芽生には大きすぎるわね。
「そうねぇ……あ、そうだわ! ちょっとおばあちゃんと二階に行きましょう」
「うん!」
二階に上がって左手が宗吾の子供部屋、右手が憲吾の部屋だった。
「ここって、パパのおへや?」
「そうよ。ここに確か」
「なにがあるのかなぁ? ワクワクするよ」
「芽生、お手伝いしてくれるかしら? この箱を出したいの」
「いいよぅ! ヨイショ、ヨイショ」
「よっこらしょ」
芽生と顔を見合わせて、微笑み合った。
「おばあちゃん、おおきなかぶみたいだね」
「ふふ、そうね、そうね」
押し入れの下にしまった段ボールを、芽生と力を合わせて引きずり出した。
「ねぇねぇ何が入っているの?」
「宗吾の幼稚園の時の思い出よ」
「おもいで?」
ガムテープを剥がすと、中には幼稚園の制服や帽子、通園バッグ、そしてスモックも。
「びっくりしたー! こんなにちいさいのパパがきていたの?」
「ふふっ、宗吾は幼稚園の時は芽生くらいだったのよ」
「そっか~おとなもこどもだったんだね」
「そうよ……誰もが子供時代を経て大人になったのよ。だから誰もが子供の心を知っているし、まだ心の中に持っているのよ」
「そうなんだね。あ……おべんとうばこ、みーつけた!」
お目当てはそれ! やっぱり取ってあった!
楕円形の小さなアルミのお弁当箱には、『たきざわそうご』と刻印があった。そうだわ、お父さんの友人で、葛飾でお弁当箱を作っている職人さんから直接買ったのよね。懐かしい。
「おなまえもほってあってすごいなぁ」
「芽生、今日はこれにいれてあげるわね。それとこれ……芽生が使う? もっと早く思い出せばよかったわ」
「わーうれしい! しょうがっこうはきゅうしょくだけど、これ、おうちで使うね。あと、ピクニックにいくとき使うよ」
「そうしてくれると嬉しいわ」
玲子さんがいた時はお嫁さんの決めたことを尊重していたけれども、今ならいいのかしらね。
「おばあちゃん、ボク、つめるのやってみたい」
「じゃあ任せるわ」
「おばあちゃんもお弁当箱にいれようよ」
「まぁ、うふふ。そうね」
子供の世界って、いいわね。
私だけでは浮かばない発想ばかりポンポン飛び出してくるのね。
「からあげさーん、にくじゃがくーん♪」
「まぁなんのお歌?」
「おべんとの歌だよ。ボクがつくったよ」
「ふふ」
「それでは、たまごやきさーんもどうぞ♬」
芽生がたどたどしく、お弁当に詰めるのを見守った。
「あれ、すきまがあいちゃった」
「そうねぇ、じゃあおまけでたまごやきをもう一ついれていいわよ」
「やったー! おかわりできる! あ……」
芽生が突然心配そうな声を出したので、今度は何かしらと腰をかがめて聞いてあげた。
「どうしたの?」
「おばあちゃんはお兄ちゃんのお弁当に、たまごやきさん、何個いれた?」
「一切れよ? なんで」
「んー、お兄ちゃんたまごやきスキだから、おかわりがあったらよかったかなって。ボクだけごめんね」
優しい子ね、芽生は。
そうなのね、瑞樹くん何が好みか分からなくて、卵焼きは一切れしか入れなかったけれども、もっと入れてあげたらよかったわね。
「おばあちゃん、たまごやき、つくるのむずかしいの?」
「そんなことないわ」
「じゃあ、おみやげにつくってくれないかなぁ」
「そんなの容易いご用よ!」
「やったー。お兄ちゃん、きっとよろこぶよ」
芽生は途端にご機嫌になる。
まだ小さい芽生が、いつも瑞樹くんを喜ばせようとしているのが微笑ましいわ。
「ねぇ、芽生……どうしていつも瑞樹くんのことばかり、考えられるの」
「んっとね。それは、おにいちゃんとってもやさしいから、だいすきなんだ」
優しいと大好きは仲良しね。
子供の素直な心は、陽だまりのようで心地良いわ。
私は夕食の支度をする時に、もう一度卵焼きを焼いた。
厚焼き卵のレシピはこうよ。
卵4個に、お砂糖とみりんを大さじ1ずつ。あとお醤油を小さじ1、塩もひとつまみね。
これが私のお気に入りの味よ。
甘みをつけて香ばしく焼き上げた定番レシピ。
****
ピンポーン
インターホンが鳴ると、芽生が目を輝かせた。
「おばあちゃん! きっとお兄ちゃんだよ」
「そうね」
二人で玄関を開けると、瑞樹くんが立っていた。
「お帰りなさい、瑞樹」
「あ……あの、ただいま」
蚊の鳴くような恥ずかしそうな声で、頬を染めていた。
「あの、これ……職場で残った花材で作ったフリージアのブーケです」
それは卵焼きのような鮮やかな黄色だった。
「まぁ素敵。お入りなさい。お茶を飲んでいって」
「すみ……、あ、あの、ありがとうございます」
そうよ、それでいいの。
もっともっと遠慮無くよ。
それにしても少しだけ元気がないような?
どうしたのかしら?
「瑞樹くん、お弁当、お口にあったかしら?」
「はい、とても……どれも美味しかったのですが、その……」
やはり何かありそうね。
「お口にあったのなら、嬉しいわ。もしも、また作って欲しいものがあったら言ってね」
「あっ……卵焼きを……また作って欲しいです」
そのまま瑞樹くんは、ほろりと涙を流してしまったの。
「お、お兄ちゃん、どうしたの?」
「ご、ごめん。あ。あれ?涙が……」
瑞樹くんが慌てて目を擦る。
「だれかにいじめられたの?」
「ううん……違うよ。でもちょっと事情があって、お母さんの焼いてくれた卵焼き食べれなくて……残念だったなぁと思ったら……急に」
「まぁ……もう馬鹿ね、瑞樹、泣くことないわ……またいくらでも作ってあげるわ!」
もうもうもう、なんて可愛い純粋な子なの。
宗吾が溺愛するのが、分かるわ。
私だって、あなたにメロメロだもの!
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