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スモールステップ 3

「滝沢さん、おはようございます」 「林さん、おはようございます」 「ははん、なんだか元気そうです」 「ははっ、まぁな、昨夜たっぷりエネルギーチャージ出来たんだ」  給湯室でコーヒーを飲んでいると、カメラマンの林さんに話し掛けられた。  冷やかされるのも、無理はない。  昨夜のベッドでの瑞樹は最高に可愛かった。 『そうくん、そうくん……』と鼻にかかった甘い声で何度も呼ばれた。  あれは俺を駄目にする。制御不能になってしまう。    さらに出掛けに芽生と瑞樹からのダブルキスをもらった。  今の俺は、仕事も家庭も、充実している。父親として恋人としてパートナーとして、あらゆる方向から、俺の存在を認められている。  幸せだな。  こんな風にしみじみと今の自分を幸せだと思えるのは、やはり瑞樹と出会えたからだ。  今日も惚気てしまうが、本当に最高の恋人だ!  心の中で鼓舞すると、林さんに笑われた。 「ハイハイ、お熱いことで」 「え? 俺、何も言ってないぞ?」  口には出さず、密かに心の中で思い出しただけなのに、林さんに脳内を透視されたような気分で恥ずかしい。 「ははは、滝沢さんの全身から、オーラが出てましたよ」 「そ、そうか。気をつける」 「俺にはいいじゃないですか。俺だって辰起のこと、惚気ますし」 「辰起くんは元気か。彼さ、またモデルに戻ってもいいんじゃないか。先日彼の若い頃の写真を仕事で偶然見たが……今の方がぐっといい表情をしているから」 「おー、サンキュ。俺もそう思っていたんだ。嬉しいことを言ってくれた滝沢さんに、これをプレゼントするよ」 「お? 瑞樹じゃないか」  手渡された写真の端に、桜の装飾を真剣にする瑞樹の姿が写っていた。  綺麗な横顔だ。そして長い手足が際立って、いつも思うがスタイルいいよな。瑞樹の長い指の、綺麗なカタチの爪も愛おしい。 「滝沢さん、そんな目で見ないでくださいよ~」 「わ、悪い。どんな目つきだった?」 「えっちな目」 「み、瑞樹には黙っておいてくれよ」 「りょーかい。それあげますよ。仕事風景は貴重では」 「サンキュ!」  瑞樹メインで撮ったものではないが、ばっちり写っている。職場で堂々と君を眺められて、幸せを感じた。  俺も毎日、頑張ろう!  瑞樹と芽生の笑顔を守りたい。  ****  芽生くんが公園の前を通りかかる。行きに寄り道した場所だ。  そこでぴたりと立ち止まってしまった。  んん? どうしたのかな?   話し掛けた方がいいのか、それとも?  僕も立ち止まって様子を窺った。  公園では、芽生くんと同じくらいの女の子と男の子が仲良く遊んでいた。近くには、ママもいる。  あ、もしかして同じ小学校に入る子かな?  そう思うと、僕もドキドキしてきた。話し掛けてみようか……ママさんの知り合いがいれば、いろいろ教えてもらえるかも。あぁ、しかしいきなりは難しいよ。なにかきっかけがあればいいのに。  すると芽生くんが再びスタスタと歩き出したので、急いで後を付いた。  いよいよ信号だ。  ちゃんと立ち止まって、じっと信号を見つめている。 何かあればすぐに助けられる距離にいるのに、僕は変な汗をかいていた。  夏樹……どうか守って欲しい。  僕の、僕がようやく辿り着いた大切な家族を。  そんなことを願ってしまう程、僕は緊張していた。   「みぎ、ひだり……みぎ……もういちど、ぐるっとみて……あぁもういちど……?」  芽生くんも緊張しているようでキョロキョロしすぎて、信号が点滅し出してしまった。 「あ、チカチカだ! ど、どうしよう」  芽生くんの足が一歩前に……!  呼び止めようと叫ぶ前に、芽生くんが、僕を振り返ってくれた。 「お、お兄ちゃん。どうしよう?」  そこから僕の元に戻ってギュッと手を繋いでくれた。 「偉かったね。走り出したらどうしようと心配したよ。僕に聞いてくれてありがとう」 「うん……うん」 「芽生くん、いつもチカチカになったら、渡る?」 「ううん……あ、そうだお兄ちゃんは『次の信号にしよう』って」 「そうだよ、思い出したね」 「信号、むずかしい……」 「大丈夫、慣れていこう。じゃあもう一度やってみようか」 「うん!」  僕はそっと背中を押してあげた。  あ……今、自分から手を離して、背中を押せた。    これもスモールステップなのかな。 また信号が青になる。    今度はもっとリズミカルに確認して、芽生くんは手をさっと上にあげて信号を渡れた。  そのまま、少しギクシャクした足取りで、マンションに向かった。そして無事に到着すると、くるりと振り返って満面の笑みを浮かべてくれた。 「芽生くん、やったね!」 「お兄ちゃん!」  芽生くんが、両手を広げて僕の胸に飛び込んでくれた。まだまだ甘えん坊だね…それでいいよ。 「お兄ちゃん! できたよ! できた! ひとりで帰ってきたよ!」  頭を擦りつけるように、嬉しさを表現してくれるので、僕はくすぐったく温かい気持ちになった。  こうやって一つ一つ、少しずつ乗り越えていこう!  手が離れていくのは寂しいが、嬉しいことだと感じられるのは、スモールステップのお陰だ。  まだまだこんな風に甘えてくれるのも、嬉しいよ。 「芽生くん、このままお買い物に行こうか」 「うん!」  出掛けに小学校の持ち物一覧の紙を持ってきた。宗吾さんから足りないものに印をつけてあるので、今日買って欲しいと頼まれていたから。 「お兄ちゃんといっしょ、うれしい」 「ほんと?」 「カッコイイし、かわいいもん」 「か、かわいいかな?」 「うん、パパがいつも言っているよ」 「くすっ、芽生くんはパパの子だな」 「え、パパだけじゃなくて、お兄ちゃんの子だよ」 「あ、ありがとう!」    僕も父親気分で、小学校の入学準備を手伝っていいのだね。  ありがとう! 本当にありがとう。  芽生くんの言葉はいつも僕の居場所を示してくれる。  大好きだよ。

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