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スモールステップ 4
「鉛筆は……2Bだね」
「おにいちゃん、ボク、これがいい~!」
芽生くんに渡された鉛筆は大好きな戦隊キャラがプリントされた賑やかなものだった。
んん? 確か……きちんと確認しないと。
宗吾さんに渡された入学準備のお便りの文房具リストを確認すると、鉛筆は2Bで、キャラクター不可と書いてあった。
「芽生くん、あのね、小学校からのお便りで、鉛筆は柄が入っているのは駄目なんだって」
「えぇ……そうなの? 」
芽生くんが、しゅんとしてほっぺを膨らませてしまった。
わわ、どうしよう……芽生くんの気持ちも分かる。しかし幼稚園とちがって小学校はいろいろな規則があるのだ。
どうしようかな? あ、そうだ。ちゃんと駄目な理由とシンプルな色も綺麗だと伝えてみよう。
「そうだね。キャラクターの絵がかいてあると、どんな気持ちになる?」
「えっとね、戦いごっこを考える! テレビのこと思い出しワクワクするよー!」
やはり!
「うーん、それだと……先生の大切なお話をちゃんと聞けるかな?」
「んっとぉ、それは……きけないかも」
「だよね」
くすっ、素直で可愛いな。
「芽生くん、見てごらん。この鉛筆の水色、綺麗な色だね。お兄ちゃんは好きだな、こういう色合い」
「ほんと? 見せて!」
「芽生くんなら、なんて名前をつける?」
「えっとぉ……あ、この色のお花はある? おしえて、おしえて!」
「そうだね、ブルースターに近いかな」
「あ! ブルーって、青だよね」
「そうだよ。じゃあスターは?」
「お星さま!」
「あたり! 芽生くん、すごいね、英語もわかるの?」
「えへへ、幼稚園でならったよ。じゃあ、このブルースター色にする! キレイだもん」
よかった! 事前に読み込んでいなかったが、意外と持ち物に細かいルールがあるので、間違いないように揃えないと。
幸いなことに、この色の文房具は入学準備シリーズで一式出ていたので、その流れで、消しゴム、下敷き、定規。ハサミに筆箱まで揃えられた。
「じゃあ……次は上履きと上履き入れを買わないとね」
「うん。そうだ! ようちえんのうわばきね……さいごは小さかったんだ」
「え? そうだったの? じゃあちゃんと試し履きしよう」
僕の足のサイズは、もうずっと26 cmで変わらないから、また忘れていた。この時期の子供の成長速度って、すごいな。
ということは下着とかもワンサイズ上かも!3月は仕事の忙しさにかまけて、おろそかになっていたことを反省した。
世の中のママたちってすごいな。家事に子育てと大忙しなのに……その中で、細かい子供の変化に敏感で、遊び相手にも話し相手にもなり、子供の成長を360度ぐるっと見守っている。
そう言えば……僕もこんな風に小学校に上がる準備を母にしてもらった。
入学前の春休み、まだ幼い夏樹を父に預けて、ふたりで函館の大きなデパートまで買い物に行った。
……
「瑞樹、ママとふたりきりでお出かけ久しぶりね」
「うん! あ、あのね……」
「なあに?」
久しぶりにお母さんを独占出来ることが嬉しかった。
「……みーくん? そうだ、今日はみーくんって、また呼んでもいい?」
「な、なんで……」
母はいつも僕の心に敏感で、内気で恥ずかしがり屋の僕が言い出せないことをすぐに察知してくれた。僕がおねだりしたかった内容を、言わなくても察してくれる人で、僕はその度に『ママは魔法使いかもしれない』と思ったものだ。
「んふふ、ママがそう呼びたくなったの、赤ちゃんの時みたいに」
「もう僕は赤ちゃんじゃないのに……いいの?」
「いいえ、瑞樹はまだまだ小さいわ。まだ6年しか生きていないのよ。あんまり急がなくていいのよ」
「……うん」
「よし、じゃあ、みーくん、お買い物が終わったら、デパートの屋上で乗り物に乗って、それからお子様ランチを食べようね」
「わぁ……いいの?」
「もちろんよ。みーくん、行こう。ママとおててつなごう!」
「ママ……」(……だいすき)
……
懐かしく楽しい思い出を、また一つ思い出せた。芽生くんとショッピングって、楽しいな。あの日の母もこんな浮き足だった気分だったのかな?
上履き入れも、先ほどのシリーズがあったので、ふたりでそれを選び、そのまま上履きの試し履きをした。
「おにいちゃん、これぶかぶか~」
「じゃあ、こっちは」
「うーん、きついよ」
「なるほど、上履きのメーカーによって微妙にサイズが違うのか」
二人ですったもんだしていると、背後から声をかけられた。
「あら、瑞樹くんじゃない?」
「あ……コータくんママ!」
すぐに後から短髪好青年のコータくんがニカっと笑顔で顔を出す。
「メイー!」
「コータくん!」
熱い再会だね。毎日会っていたのに、卒園した途端、会えなくなって寂しかっただろうな。
「瑞樹くんも入学準備のお買い物?」
「はい、一式揃えている最中です」
「うちもよ、今、手芸ショップに行って来たの。布の柄選びで迷ったわ」
「布?」
布って……何か手作り品があるのかな? 焦って学校からのお便りを確認したが、見当たらない。
「あの……何か作らないといけないんですか」
「違うのよ。市販品でいいのに、うちの子がせがむので、上履き入れと体操着袋を作ってあげようと思って」
「あ……なるほど」
「瑞樹くん、既製品でいいのよ」
「あ……そうでしょうか」
「無理しないで、あれもこれもは無理よ」
そう言われても、心にひっかかる。
「そうだ、一つ聞いても? 小学校って登校班ですか」
「学校によって違うみたいね。うちは登校班でもう案内が来ているけれども、芽生くんの小学校は違うの?」
「そういうお便りは来ていないみたいで」
「じゃあ自主的にグループで行くのね」
「え? そういうものなんですか」
「同じマンションのロビーで待ち合わせていく人が多いみたい。同じ小学校だったら助けてあげるのにごめんね。役に立たなくて」
「いえ、頑張ってみます」
コータくんと別れてから、これは親子で前途多難だと思った。
「芽生くん、が、がんばろう」
「う、うん」
僕の焦りが伝わってしまったみたいで、芽生くんが不安そうな顔を浮かべた。それに何か言いたそうだ。
この表情……昔の僕とリンクする。こんな時、実母だったら気付けるのかな。いや、僕にも見えるはずだ、芽生くんの心が。芽生くんの小さなハートに心を寄り添わしていくと見えてきたよ。
「そうだ……芽生くん、僕たちも手芸ショップに行って見る?」
「え……いいの? お兄ちゃん、つくってくれるの? 幼稚園のときはママが作ってくれたんだよ。あ……、えっと……」
玲子さんが……そうだったんだね。そうだよね。
幼稚園に入園する時は、まだ……。
芽生くんに余計な気を遣わせてしまった。
「とにかく行って見よう。柄は自由だって書いてあるから、今度は好きな物を選べるよ」
「え! いいの? ほんと?」
芽生くんの顔色が、パーッと明るくなる。
あとは……問題は家にミシンがあるのかってことと、それから僕に縫い物が出来るのかということ。出来たら僕が作ってあげたいな。
芽生くんが生地をワクワク見ている間に、宗吾さんに電話してみた。
「おー、瑞樹、どうした? 今日は悪いな、買い物は順調か」
「それがですね……上履き入れと体操着袋って、どうやら手作りの方がいいみたいで」
「あ、そういうもんなのか。悪い。全然考えてなかった……ごめんな」
「いや、僕もです。で、思い切って作ってみようと思うのですが、家にミシンは、ないですよね?」
「あったけれども……玲子が持って行ってしまったし……でも母さんが持っているよ」
「あ、それならば話が早いです」
「俺から言おうか」
「いえ、僕、ちゃんと言えます」
「そっか、ありがとうな。俺も帰ったら手伝うよ」
「くすっ、頼りにしています。じゃあまた」
「あ……瑞樹」
「?」
切ろうとすると、宗吾さんが小声になる。
「瑞樹……君に早く会いたいよ」
「は、はい……」
「だから早く帰るよ」
「はい……! 美味しいもの用意しておきます」
最後はお互い、照れ臭く電話を切った。
仕事中なのに宗吾さんは直球だ。いつも、いつだって真っ直ぐで気持ちいいほどだ。
今日の僕って、お嫁さんみたいだな。
わわ! 一体何を考えて……でも、せっかくの平日休みだ。ゆっくり夕食でも作って、宗吾さんの帰りを待つのも悪くない。
エプロンとかしたら……よ、喜ぶかも?
「お兄ちゃん、さっきからニヤニヤして、どうしたの?」
「え?」
わっ、まさか全部、顔に出てた?
慌てて口元を押さえたが、時、既に遅し……
通りすがりの女性に、笑われてしまった。
「パパみたいにへン……に、なったら、いやだよ~」
あとがき(不要な方はスルー)
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小学校入学準備だけで、この話数と文字数💦呆れられそう!
細かく振り返ると、こんなに沢山……周りに準備を整えてもらって入学式を迎えたのだなと、しみじみしちゃいました。
宗吾さんの最近の役割は、瑞樹の色気復活担当みたいですね(笑)
宗吾さんが出てくると、急に瑞樹が可愛らしくなります。
瑞樹の実母の「みーくん」呼びは、BOOTHに置いてある『天上のランドスケープ』の母視点の書き下ろしと連動させています。
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