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はじめの一歩 1
いよいよ入学式の朝だ。
カーテンを開けると、春のうららかな日差しが射し込んで来た。
「宗吾さん、おはようございます」
「瑞樹、お・は・よ・う」
軽いモーニングキスをして、僕たちは微笑みあった。
「今日から、俺たち小学生パパだな」
「はい」
「小学校の6年間は子供が大きく成長する時期だ。俺たちも親として一緒にステップアップしていこうな」
「はい。そうですね」
ニコッと笑うと、後頭部に手を回され、今度は深い口づけを受けた。
「あ、あの……今日は」
これ以上は火照ってしまうので、駄目だ。
「悪い、元気をもらった。こう見えても、俺……緊張しているんだ。子供の手を少しずつ離していくんだと思うと少し寂しいな」
「僕も……同じです。でも宗吾さんと一緒に見守るので、頑張れそうです」
「そうだな。よーし、支度するか」
僕と宗吾さんは濃紺のスーツを着た。芽生くんは七五三で、大きめのスーツをお母さんに買ってもらっていたので、それを着ることになっていた。
「芽生くん、おはよう」
「お兄ちゃん、おはよう! 今日は入学式だね。今日からピカピカの1年生だよ~」
「くすっ、そうだよ。だから支度しようね」
「うん!」
芽生くんがぴょんっと元気よく布団から飛び降りて、洗面所に走って行く。
布団は抜け殻みたいでカーテンも閉め切ったままなので、苦笑してしまった。
「お兄ちゃん、ネクタイ、むずかしいよ~」
「あぁ、こっちにおいで」
入学式での男の子の服装は一般的には、七分丈ズボンにブレザーとネクタイが基本のようで、例に漏れず芽生くんもそのスタイルだ。
「へぇ、小さいのに本格的だ」
子供サイズなのに生地にストライプ柄が入っていてパイピングも施され、襟も二重で、ベストまで?
「とっても、おしゃれだね」
もしも女の子だったらカラフルな色やコサージュなどで華やかになるのだろうが、男の子ならではの繊細なおしゃれもいいねと感心してしまった。
「よし、出来たよ」
「お兄ちゃん、どうかな?」
「うん! すごく決まっているね。カッコイイよ」
「やったぁ! パパとボク、どっちがカッコイイ?」
えぇ? それを聞かれると困るよ。
よく子供に『パパとママどっちが好き?』と聞く親の話を耳にするが……この場合、カッコイイか。
そこにタイミング良く(?)パリッとスーツを着た宗吾さんの登場だ。
あ……いいな。濃紺のスーツがよく似合っている。宗吾さんって肩幅があるからスーツを男らしく着こなせるし、それに緊張感を持った凜々しい表情もいい。
「瑞樹? どうだ?」
「すごくカッコいいです!」
「やった! で、芽生と俺、どっちがカッコいいか」
えぇ……宗吾さんまでそれを聞くのですか。(この親子は~)
ふたりの期待に満ちたキラキラした瞳。もう! そんなところまで似なくてもいいのに。
「どっちも……ですよ」
「どっちかがいい」
「えぇ?」
も、もう……こうなったら、これしかない。
「あの、じゃあ……僕はどうですか?」
「可愛い! 瑞樹が一番だ」
「もちろん、おにいちゃんが一番だよぉ」
「じゃあ、僕が一番でいいですよね」
「うんうん!」
ほっ……話をそらせたかな?
どちらかなんて、絶対に決められないよ。
小さな紳士の芽生くんも、男らしい宗吾さんも僕の宝物だ。
僕を大切にしてくれる……大好きな人だから。
朝食を済ませ、いよいよ出発だ。
「もうこんな時間だ。瑞樹、入学式では俺がビデオを撮るから、瑞樹は写真な」
「はい!」
「芽生くん、黄色い帽子をして、うわばき袋を持ってね」
「はーい!」
実母が愛用していた白いフォルムの一眼レフを首から提げて、玄関の外に出た。
道すがら、初めての登校風景も写真を撮ろう。
マンションの玄関に出ると、桜の花びらが舞っていた。
「桜か、あぁ今年もちょっと早かったな」
「でも綺麗です、ほら……前にもこんなことが」
「あぁ、函館の春だな。まるでフラワーシャワーみたいだったな」
「はい! 祝福の花びらですよ。だからここで写真を撮りましょう」
「了解! 芽生、パパとツーショットからな」
「うん」
ファインダー越しに、よく似た顔が並んでいる。
黒い髪に黒い瞳、溌剌とした表情。
みんな僕の好きなモノ。
「では、撮りますよ!」
「ピース」
肩を組んでニカッと笑う様子に、僕の心もポカポカだ。
黄色い帽子も可愛いな。
芽生くん、もう立派な小学生だね。
あれ? 何かが足りないような……あっ!
「芽生くんっ、ランドセルは?」
「あ! 忘れたぁー!」
僕も宗吾さんも気付かないなんて、最初からボケてしまった。
「僕が取ってきます」
「お兄ちゃん、ボクが行くよ。忘れたのボクだもん!」
「いや、ここはパパが」
3人で同じ事を言っている。
「くすっ、じゃあみんなの責任で、みんなで忘れ物を取りに行きましょうか」
「はーい!」
最初からこれでは、今後も忘れ物が心配だよ。
でも……今日は僕が最終確認しておけば良かったな。
宗吾さんが少しだけ凹む僕の髪を、いつものようにクシャッとかき混ぜてくれた。
「瑞樹、これも後に楽しい思い出さ!」
「あ、そうですよね」
エレベーターで上に上がろうとすると、ちょうど黄色い帽子の男の子と両親が下りてきたので会釈した。
もしかして、同じ小学校かな。
芽生くんとその子もちらっと見つめ合った。
お友達になれるといいね。
ゆっくりゆっくり、進めていこうね。
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