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はじめの一歩 5
記念撮影が終わると、芽生くんは担任の先生に連れられて教室へ移動した。
すぐに保護者も教室へ移動して下さいとアナウンスがあった。
さすがにこれ以上は出しゃばりすぎだ、僕は校庭で待っていようと荷物をまとめていると、宗吾さんが戻ってきた。
「ふぅ~ 集合写真なんて久しぶりで緊張したよ」
「お疲れ様です」
「おぉ瑞樹~、さっきは可愛く手を振ってくれてありがとうな。元気出たよ」
「手を振る?」
しかも……可愛く? 見に覚えがないので、キョトンとしているとお母さんに笑われた。
「瑞樹ごめんね。宗吾は昔から何でも自分に都合よく解釈しちゃうのよ」
「えぇ? さっき僕は必死によれたネクタイを直してもらおうとジェスチャーしたのに、まさか……それを?」
「ネクタイ? あぁ癖でつい弄ってしまうんだよ。芽生にちゃんとしろって怒られた」
「くすっ、もう」
僕の頑張り損だが、宗吾さんらしい呑気さと大らかさに笑いがこみ上げてくる。
「さぁ一緒に教室に行こう」
「あ……でも」
「いいからいいから。1クラスっていいな、余裕があって」
「でも、僕……保護者ではないのに」
「おいおい、この期に及んで何を言う? 気になるなら兄になってろ。ほら、あそこにも結構、歳の離れたお兄さんが来ているぞ」
確かに、大学生くらいのお兄さんとお父さんが並んでいた。
「でも、僕……宗吾さんの息子では」
「くくっ、瑞樹は真面目だな~ ほら行くぞ」
「そうよ、瑞樹。私もお教室を見たいわ。混雑していたら私たちは廊下から見ましょう」
「あ、それなら……」
宗吾さんに背中を押されて、お母さんに励まされて僕も教室へ移動した。
1年1組の教室からは、子供たちの賑やかな声が溢れていた。
中を覗くと、机には真新しいお道具箱と教科書、書類が置かれていた。机には『たきざわ めい』と書かれてい、芽生くんは指でその文字を嬉しそうになぞっていた。
子どもが全員着席したら担任の先生が入って来て、朝札から始まった。
「みなさん、改めておはようございます。私はこの1年1組の担任の西田鏡子《にしだきょうこ》です。『きょうこせんせい』と呼んで下さいね!」
にしだきょうこ
黒板に大きな文字で、書いてくれた。
感じのよい優しく明るそうな先生の様子に、緊張していた子供と保護者の顔も緩む。
「保護者の皆様、お子様のご入学おめでとうございます。この学校の校歌を先ほど一緒に歌いましたが、まだあどけなさの残る大切な子供たちは、今はまだ小さな種です。これから小さな芽を出す、希望に溢れています。私たち教職員は、その小さな芽を小学校という場所にしっかり根付かせてあげたいと思っています。一人一人の学び育つ力を大切にして、勉強だけでなく助け合いができる人に育つよう……毎日、潤いの雨を降らせることに努めます。どんな花が咲くのか、私たちはまだ誰も知りません。ですが……6年生になった時には、一人一人が個性豊かな花を咲かせ中学へバトンタッチできるよう、教職委員一同頑張ります。どうぞよろしくお願いします」
パチパチ……!
種から芽に、そして花を咲かせるという先生の花に例えた考えに、僕は深く同意して、思わず拍手してしまった。
わ……目立ってしまった?
恥ずかしくて、一気に身体が熱くなった。
すると宗吾さんもお母さんも……まわりの保護者も皆、うなずいたり微笑んだりしながら、僕の拍手に加わってくれたので、胸を撫で下ろした。
先生も嬉しそうに僕を見つめ、一礼してくれた。
「ありがとうございます。保護者の皆様からのエールが心強いです。『はじめの一歩』の勇気が持てる人になって欲しいし、なりたいですね」
あ……ここでも『はじめの一歩』だ。
思い切って教室まで入ってみて良かった。先生の挨拶を直接聞けて良かった。
この先生なら、芽生くんを導いてくれるだろう。芽生くんは学童保育も利用するので、これからは家庭で僕たちと過ごす時間より、学校で過ごす時間の方が長くなる。
どうか、お願いします。と心の中で一礼した。
「では、今日はここまでです。お道具箱はいったんお持ち帰り下さい。中身に全部お名前を記入の上、同封のプリント通りに、用意された文房具をセットしてお持ち下さい」
子供たちの緊張の糸が切れてきた所で、初日はお開きになった。
「では、どうぞ……保護者の皆様、お子様の所へ行ってあげて下さい。今日は荷物が多いので手伝ってあげて下さい」
先生に促されて、ずっと手を出したくても我慢していた保護者が、それぞれ自分の子供の所に駆け寄った。子供たちも緊張が解けはしゃぎ出して、教室内がごった返した。今なら……僕が芽生くんに近づいても大丈夫かな。
「瑞樹も手伝ってくれ」
「あ、はい」
宗吾さんは本当に誘い方が上手だ。僕の小さな迷いを全部塗り替えてくれる。
「芽生くん、がんばったね」
「パパ、お兄ちゃん」
「荷物をまとめようか」
「ランドセルにきょうかしょ、全部入れてボクが持って帰る」
「え? 全部? 重たいよ」
すごい束の教科書を見て心配になった。
「大丈夫だよ。おにいちゃんはお道具箱を持ってね」
「う、うん」
「まぁ、慣れないとな。芽生頑張ってみろ」
「うん!」
重たそうなランドセルを芽生くんが背負った。
「そうだ、校庭で写真を撮って帰ろう」
「いいですね」
「宗吾、八重桜の下が綺麗だったわよ」
「了解」
「わーい! やったー」
「おい、芽生、走り回るな、危ないぞ」
校庭に出た開放感からか、芽生くんが緊張が一気に緩み、急にハイテンションになった。
記念撮影を撮ると、そのまま校庭を走り出した。
「あーやっと自由だぁ~」
「あらあら、行動が宗吾と同じだわ」
「やっぱり親子なんですね」
「そうだわ! 大変! このままだと転ぶわ」
「え?」
慌てて芽生くんを探すと、校庭の真ん中でバランスを崩し切れずに転んだ所だった。
「やっぱり、宗吾も転んだのよ」
「ええぇ」
慌てて宗吾さんと芽生くんの元に駆け寄ると、膝を派手にすりむいていた。
「ううう、い……いたいよぉ……。ぐすっ、うう」
「あーあ、芽生。慣れないランドセルで走り回るからだろう」
「芽生くん、痛かったね」
膝の泥を、とりあえず校庭の蛇口で洗い流してあげた。せっかくの真っ白なソックスが泥だらけ……。
「保健室に行くか」
「うっ、ぐす、さいしょから、かっこわるいよぉ」
「なーに、気にするな。俺も同じことしたよ」
「え、パパと同じなのぉ?」
初日から保健室にお世話になるとは……しかも宗吾さんと同じなんて! 痛くて可哀想なのに微笑ましく感じてしまうのは、不謹慎かな。
「俺はもっと派手に転んで流血沙汰だった」
「えええ……そんなところまで似たくないよぉ~」
「くすっ、さぁ治療もしてもらったし帰りましょう」
子供には小さな怪我は絶えない。それは分かっているが、僕は傷に弱い。
「怪我しちゃって、心配です」
「だが、こういう小さな傷を作っては、直していくのも大事なのかもしれないぞ。痛みを知れば、これから気をつけられるし……傷が治っていく課程を体感するのも大事さ」
こういう考え方が出来るのが、宗吾さんらしい。
僕は迷わずについて行く。
きっと僕だけでは見えない世界に、連れて行ってもらえる!
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