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はじめの一歩 6

 芽生くんは自分で涙を拭いて、そのままランドセルを背負って歩き出した。 「……」 「芽生くん、重たくない? 手伝おうか」 「大丈夫! だってこれ、ボクの荷物だもん」  宗吾さんと顔を見合わせてしまった。 「あれは相当無理してんな」 「どうしましょう?」 「まぁ……少し様子をみようか」 「……はい」  宗吾さんの考えに同調した。 「こんなところも、宗吾そっくりなのねぇ。驚いた。今日は私はこれで失礼するわ」 「母さん、ありがとうな。来てくれて」 「孫の小学校の入学式に参列できるなんて嬉しかったわ。誘ってくれてありがとう。さぁ、今日はもう家族でゆっくり過ごしなさい」  お母さんの心遣いはいつも粋だ。さりげなく身を引いたり助言してくれたり、やはり年の功ならではの塩梅だ。 「芽生、またね! 今日は頑張ったわね」 「おばあちゃん、ありがとう」 「芽生、あのね……」    お母さんと芽生くんが小声で何か話すと、芽生くんはパッと明るい表情になったので、『魔法の言葉をもらったのかな? 』と微笑ましい気持ちになった。  お母さんと別れて、またテクテクと歩き出す。  しかし、芽生くんの足取りが段々重たくなってきた。 「うーん、ここは家まで頑張らせるべきだよなぁ」 「……」    宗吾さんは、どこで声をかけたらいいのか迷っているようだ。  ちらほらと周囲を歩いていた同じ小学校の生徒さんの姿が見えなくなった。そろそろだ……このタイミングでいいかな?  僕は芽生くんとそっと手を繋いで、話しかけてみた。  優しく、心を沿わせて。   「芽生くん、がんばっているね。今日はここまででいいんだよ? あまり最初からがんばり過ぎると疲れちゃうよ。それに午後、お兄ちゃんと遊ぶ力も残しておいて欲しいな」 「あ……っ」  芽生くんの表情が、ぐにゃりと突然歪んだ。 「お、お兄ちゃん、あ、あのね、おひざがね、じ……ジンジンいたくって……ランドセルがおもたくて……タイヘンなの。でもね……メイ、もう小学生だから、がんばらないとって」    あぁ……久しぶりにボクではなくてメイになっている。これはよほど頑張ったのだろう。 「宗吾さん、もういいのでは?」 「もちろんだ。メーイ、がんばったな! えらかったぞ。もう誰もいないし、家までパパタクシーでワープするか」 「え? いいの?」 「当たり前だ。ほれ、乗れ」  宗吾さんがひらりと上着を脱いで僕に渡し、歩道にしゃがみこんだ。    逞しく広い背中が「おいで! おいで!」と、誘っている。 「さぁ芽生くん、ランドセルを持ってあげるから、乗るといいよ」 「うん!」  目尻に涙を浮かべた芽生くんが、泣き笑いしていた。 「パパタクシー、だーいすき!」  細い腕を宗吾さんの首に回してギュッとくっつく様子に、僕の心もポカポカだ。  うんうん、ゆっくりでいいよ。そんなに急いで成長しなくてもいいよ。 「ははっ、まだまだ軽いな。可愛いお客さんだ」 「パパ、びゅーんって走って」 「おいおい、パパは転びたくないぞ」 「あ、そうか。背中におもたいにもつがあるときは、ころびやすいから、きをつけなさいだった」 「そうだ。一つ覚えたな」 「うん! パパ、ありがとう」  あれ? ランドセルってこんなに重たかったのか。  久しぶりに持って驚いた。  芽生くん、明日から毎日こんなに重たいものを背負って通うのか。  きっとこの物質的な重さには、毎日毎日繰り返すことで慣れていくのだろう。  そして……人は成長するにつれ、見えないもの責任や想いを背負っていく。    そのためのはじめの一歩なのかな。 「瑞樹、子供の重みを全身で感じられるっていいな」 「はい、宗吾さんも幸せそうです」 「あとで瑞樹もおんぶしてやるよ」 「え! いいですよ」 「なんだ、『抱っこ』がいいのか。甘えん坊だな」  え? もう、もう、もう!! 「ち、ちがいます!」 「えへへ、パパがお兄ちゃんをおひめさまだっこするの、すきー」 「わわ、あれはもう忘れて!」  この家に最初に来たときのことだ。あぁぁ、お風呂でもあったか。  なんだかヘンな汗がだらだら……腕が重たくなってきた。 「みーずき、ランドセル、そうやって持つから重たいんだよ。肩にかけてみろよ」 「え?」 「片方だけでもかけてみろ」 「あ……本当だ」 「だろう、瑞樹も全部ひとりで抱えるなよ。辛いときは頼れ。半分預けるだけでもずいぶん楽になる」 「はい」  今日の宗吾さんは冴え冴えしている(さっき少しヘンだったけど) 「宗吾さん、もうすぐマンションですよ。ゴールですね」 「あそこはゴールだが、スタートでもあるよな」 「確かに……!」  ゴールを迎えると同時に、次のステージのスタートが始まる。つまりスタートするとは、何かがゴールを迎えたということなんだ。    「今日の宗吾さんは、深いですね」 「あーコホン、一応今日は父親モードだ」 「カッコいいですよ」 「サンキュ!」  その通りだ、毎日がはじめの一歩なんだ。   「パパとお兄ちゃんのお話は、アチチだねぇ」  宗吾さんの背中にコアラみたいにくっついた芽生くんが、砂糖菓子のように甘い笑顔を向けてくれた。 「ボク、パパとお兄ちゃんがなかよしだとうれしくなるよ。今度は、ずーっと、ずっとなかよしでいてほしいなぁ」  玲子さんとの離婚は芽生くんにとってやはりショックだったのだ。一番身近な存在が仲違いするのを目の当たりにしたのは、幼い心にも響いたのだろう。 「芽生くん、ずっと傍にいるよ」 「うん! お兄ちゃん、帰ったら遊んでね」 「もちろんだよ!」  これからも僕は芽生くんと一緒に、『はじめの一歩』を繰り返していこう。  毎日がスタートだと意識して、この幸せを大切にしていこう。                 「はじめの一歩」 了

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