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見守って 3

「葉山~お疲れさん」 「菅野、今日は急ぐから先に帰るよ」 「おー! メイ坊の迎えか。気をつけろよ。俺はもう一件仕事だから、先に行くな」 「菅野も大変だな。頑張って!」 「みずきちゃんと一緒に帰れなくて、残念だぜ」 「くすっ」  僕が今日定時で上がったのには理由がある。それは初日から学童保育に預けている芽生くんを、早く迎えに行きたかったから。  始まったばかりの小学校生活、友達もまだ少ないから、きっと今頃疲れているだろう。  時計を確認すると、まだ5時だった。予定より30分程早く迎えに行けそうなので思わず笑みが零れた。 (待っていてね、芽生くん。お兄ちゃんがすぐに迎えに行くからね)    ところが会社の玄関を出ようとして、ぴたりと足が止まった。  ぞくりとした。  な……なんでアイツがいる?    先日、宗吾さんの会社で生け込みをしている時、突然話し掛けられた水野という男が正面玄関に立っている。  どうしよう……早く帰りたいのに出口を塞がれて……菅野は外出してしまったので頼れる人がいない。  いや、ここで逃げては駄目だ。 逃げれば、いつまでも追ってくる。  それを僕はよく知っている。  それにアイツはもう僕を見つけてしまったようで、意を決して社外へ飛び出すと、案の定すぐに呼び止められた。 「おーい葉山! 無視すんなよ」 「あ……あぁ、水野。どうしてここに?」 「名前覚えていてくれたんだな。お前に会いに来たんだ」 「……わざわざ何か用事?」 「相変わらずつれないなぁ。なぁ久しぶりの再会だ。酒を飲みに行かないか」 「え……ごめん、今日は急ぐんだ」 「なんでだよ? お前、まだ独身だろ? 俺の友達はさぁ、結婚した途端みんな奥さんの尻に敷かれてつれないんだよ。なぁせっかくだから同郷のよしみで遊ぼうぜ」  自分勝手な言い分で、悪いがまた嫌悪感が募ってしまった。 「すまない。僕は本当に用事があって……」 「なぁ、いいだろ」  鞄を持っている手をグイッと掴まれた。 「は、離してくれ」  いきなり身体に触れられるのは苦手なので、力を込めて抵抗したら鞄がドサッと足下に落ちてしまった。留め金が外れ……中から朝、無造作にしまった指輪がコロコロと転がってしまったので真っ青になった。 「あっ!」    車道に飛び出しそうになったので、僕も慌てて追いかけた。  絶対になくすわけにはいかない!  すると、通りがかりの男性が駆け寄ってギリギリの所で拾ってくれた。 「おっと、危なかったな」 「あ……ありがとうございます」 「はは、……葉山、元気だった?」 「え?」  いきなりまた名前を呼ばれて、驚いた。   「あ……森田?」 「そう! 嬉しいぜ。ちゃんと覚えていてくれたんだな。高校卒業以来かな」 「森田、遅かったな」 「あの、これは……どういう事?」  森田も、僕の高校の同級生だ。隣の席になったこともあったし、少し前にホテルで、僕が生けた桜を見ていたのを知っている。だからすぐに思い出せた。    水野のことだって、あれから落ち着いて記憶を辿れば思い出せたよ。サッカー部の主将だったよな? 「コイツは俺が呼び出したんだよ。プチ同窓会でもしようかって」 「あ……そうだったのか」 「水野は葉山の都合を聞かずに企画したのか」 「あ、まぁ~そういうことだ」 「お前なぁ」    温厚そうな同級生の顔に、安堵した。 「あ、葉山。これは大事な物だろ?」 「うん、拾ってくれてありがとう。助かったよ」  僕はそれを彼らの前で、左手薬指にはめた。 「……会社の規則で、仕事柄駄目なんだ」 「あ……もう結婚してたのか」 「まぁ……」    僕の手に戻ってきた指輪に、元気をもらった。詳しい事情を話せなくても、指輪の意味を隠したくない。 「なんだよ、葉山は、もう結婚してたのか」  水野が驚いた声を出した。   「うん」 「あー、そっか。だから急いでいたのかよ。じゃあもう行けよ。奥さんの逆鱗がどんなに怖いか、俺は嫌って言うほど見てきた」 「う……うん」 「まぁ、せいぜいストーカー野郎には気をつけろよ」  むっ、最後のひと言が余計だ。  ギュッと手を握って耐えると、森田が怒ってくれた。 「水野、今の言い方は何だよ? お前は最低だ! どうしてそんな言い方をするんだよ! 俺たちは同級生だろう? 葉山は大人しい男だったが、学生時代に俺たちに何かしたか。むしろ目立たないによう過ごさないといけなかった葉山の事情を考えたことあんのか!」    驚いた。僕が言いたかったことを……全部森田が言ってくれた。   「う……それは……」 「葉山、水野はちょっとゴシップ好きだが、根は悪いヤツじゃないんだ。許してくれ。今日だって俺に嬉しそうに同窓会をしようと誘って来た。本気で嫌な奴で、もしも変な下心あったら、俺まで誘うなんてしないだろう?」  森田は生徒会の会長で、正義感の強い男だった。 「ありがとう。水野もすぐに思い出せなくてごめん。サッカー部の主将、格好良かったね。いつも眩しかったよ。あの……今日は急ぐけど、ちゃんと事前に連絡してくれたら、対応できるから」 「お、おう。俺もなんか悪かったな。その……いろいろ仕出かした。WEB記事も……意図的に」 「あ……あれ、やっぱりそうだったのか」 「今更だが、ごめん」 「……もう、いいいよ」 「これ、修正できるかな……」    水野がスマホで画面を開くと、朝、ひやりとしたWEB記事が現れた。  あいつに見つかりませんようにと祈るしかないのか。   「あ? あれ? 葉山……これ見てくれ!」 「あ……」  いつの間にか、WEB記事の写真が差し替えられていて、僕の姿が消えていた。   「……良かった」 「何の話か分からんが、一件落着だな。きっと……葉山を守りたい人がいたんだな。葉山が幸せそうで、葉山を守ってくれる人がいて、嬉しいよ」 森田の言葉に救われた。 「俺たち故郷の友人も、お前のこと見守って行くよ!」 「今更だが、友達になろうぜ。高校時代はほとんど話せなくて残念だった」 「あ、ありがとう」

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