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見守って 10
「お兄ちゃん~、パパ、遅いね」
「そうだね」
スマホを確認するが、飲み会が入ったという最初の連絡だけだった。
宗吾さんもお付き合いが大変だな、お疲れ様です。
「パパは今日は遅くなりそうだから、先に寝ようか」
「そっか~、あ、じゃあ今日はボクのベッドでねない?」
「くすっ、もちろん、いいよ」
可愛いお誘いだ。出逢った頃と比べたら一回り大きくなった芽生くんだが、まだ僕よりずっと小さい身体だ。
だからシングルベッドで添い寝も余裕だね。でも小学校の高学年になったら無理だろうな。小学校で見た5、6年生には大人並みの体格の子もいたし……そう思うと貴重な時間だと思った。
「じゃあ寝る支度をしようね」
「はーい」
パジャマに着替えて、歯磨きをして……芽生くんと一緒だと何でも小さなイベントみたいで楽しいよ! パジャマのボタンも出逢った頃は上手に出来なくていつも手伝っていたのに、手際が良くなったね。
「お兄ちゃん、青い車も、持っていこうよ」
「そうだね」
「今度はお兄ちゃんが走らせてみて」
子供部屋の床に車を置いて動かしてみると、懐かしい光景が蘇ってくる。
「出発するよ」
「わーい!」
芽生くんは床に寝そべり、車と同じ高さになってワクワクしている。それ、僕もよくやったな。
夏樹と一緒によく遊んだし、夏樹が風邪を引いた時は、僕はひとり子供部屋に籠もって青い車で遊んでいた。
『みーくんが大きくなったら、青い車にママを乗せてね。ママと一緒にドライブにしようね』
そんな優しい声が、天上から聞こえて来た。
『でも……僕が青い車を買っても、お母さんがこの世界にいないから無理だよ』
心の中で呟くと、返事が聞こえた。
『あら、みーくんってば……何のために人は夢を見ると思って? 会いたい人に会うためでしょう』
『あ……もしかして、夢でなら……会えるの?』
『そうよ。あなたが願えばね。待っているわ、一緒にドライブしましょう。パパも夏樹も……今のあなたに会ってみたいって話しているの』
青い車に触れながら、心の中で母と言葉を交わした。
「お兄ちゃん、ふぁぁ……そろそろ、ねむいよ」
「あ、ごめん。じゃあ寝ようか」
「うん! お兄ちゃんは、ここね」
芽生くんが先にお布団に潜り、空いた部分をポンポンと叩いてくれた。
「くすっ、じゃあお邪魔します」
「わーい、お兄ちゃんがボクのベッドでねむってくれるの、ひさしぶりだね」
「そうだね」
「おやすみなさい。お兄ちゃん」
「おやすみ、芽生くん」
「お兄ちゃん……あのね……おててつないで」
僕も夢を見よう。
青い車にエンジンのかかる音が聞こえてくる。
さぁ、出発だ!
****
さっきから、何度も腕時計を見てしまう。
「滝沢さん、次、歌って下さいよ」
「あ、あぁ……」
部署の新人の歓迎会だ。勝手に抜ける訳にはいかないよな~と思いつつ、流石にもうすぐ0時だ。家に帰りたい。
「滝沢さん、さっきからさり気なく時計ばかり見ていますね。何だがおとぎ話の主人公みたいですよ」
「ぶっ! それ、俺に言う?」
「ですよね~」
部署のメンバー男女混合6名で、一次会→二次会→カラオケと巡ってきた。
「悪い、ちょっとトイレ」
化粧室で顔を洗って、急いでスマホを取り出した。
お! 瑞樹から来ている。
『宗吾さん、お疲れさまです。明日も早いので、芽生くんと眠りますね。お先に失礼します。おやすみなさい』
うぉぉ……瑞樹らしい丁寧で律儀な言葉遣いに萌える。だがだが、もっと甘い言葉が欲しいと欲が出てしまう。
クンクンと自分のスーツを嗅ぐと、煙草と酒の匂いにまみれていた。
「臭っ!」
最近の俺は、芽生の日溜まりのような匂いと、瑞樹の清楚な花の匂いに慣れてしまったので、嫌悪感を抱いてしまう。
仕事の付き合いといっても0時の鐘が鳴ったら消えてしまおう! この前、瑞樹が芽生に読み聞かせていたおとぎ話を思いだして、そう決心した。
「俺、そろそろ帰りますが、いいですか」
「えぇー、滝沢さん、まだ駄目ですよぅ~」
グデグデに酔っ払った女の後輩に背後から抱きつかれ、ギョッとした。
「お、おいっ、離せよ」
「あ、すみません~」
「ははは、だいぶ酔ってるみたいですね。彼女はオレが送りますから、先輩は帰って下さい」
「悪いな」
「あ……っ」
「ん?」
「……背広に……口紅が」
「ええ? あー、参ったな」
俺の薄いグレーのスーツに、キスマークがブチュッとついていた。
仕方が無いので背広を脱ぎ手に持って、夜道を歩いた。
やれやれ……サラリーマンも辛いもんだ。
いつも愛する人たちといたいが、ままならないものだな。
家に着いたのは、もう夜中の1時近かった。
「……ただいま」
返事がないのは分かっているが、寂しいもんだ。
とにかく、この酒と煙草臭いスーツは、さっさと脱いでシャワーを浴びよう! いらぬ心配と誤解を招きそうな口紅は必死に洗った。スーツって水洗いしていいんだっけ? とにかく早く愛しい瑞樹と芽生の顔を見たいが、ここはグッと我慢だ。超高速で身体と髪を洗い、上半身は裸のまま寝室に向かった。
「瑞樹……? 帰ったぞ」
眠っている瑞樹を抱きしめたい、そんな欲情を抱いていた。
「ん? いないのか」
ところがベッドは、もぬけの殻だった。
「今日は自分の部屋で寝ているのか。瑞樹……どこだぁ?」」(すまん。俺、酔ってるよなぁ)
瑞樹の部屋にもいなかった。じゃあ芽生の部屋か。
「いた!」
子供部屋で、瑞樹と芽生が仲良く手を繋いで眠っていた。
すやすやと安定した寝息が聞こえてくると、俺もホッとした。
くぅ……いいな! 仲良し兄弟って感じで、羨ましい。
俺も入れてくれ!
布団をはぐと、芽生と瑞樹は寒そうに更にギュッとくっついた。
瑞樹? 悲しい夢を見ているのか。
目尻にうっすら涙を浮かべていたので、ドキッとした。
でも、口元は幸せそうに微笑んでいる。
泣くほど……いい夢なんだな。
その表情を見たら、ここは俺が割り込んで起こす場面ではなく、朝まで瑞樹の楽しい夢が続くよう、騎士のように守るべきだと思った。(俺、最近『おとぎ話』がブームだぜ!)
よーし! 今日はここで、俺も眠る。
君らの足下で、騎士のようにお守りしまっせ!
「は……はくしょんっ!」
ヤバイ、パジャマの上を取ってこないと。暗闇で歩くと、足で何かをスコーンっと蹴飛ばしてしまった。壁にぶつかったものを拾って廊下に出て確認すると、冷や汗が流れた。
青い車? こんなの家にあったか。あ……もしかして瑞樹の?
やべっ、今の衝撃で車輪が外れたようだ。慌てて工具箱から小さなネジ回しを出して、洗面所にしゃがみ込んで必死に修理した。
一気に酔いが覚める。おもちゃの修理なら兄さんの方が得意だったが、俺もいつも見ていたので、なんとかなった! 兄さんに感謝だ。
そこで、ふと気が付いた。
青い車の腹に『みーくん』とマジックで書いてある。
お母さんの字か。
『みーくん』は、瑞樹の愛称なのか……すごく可愛いな。
小さな頃、君はそんな風に呼ばれていたんだな。
俺も亡くなった祖母に『そうちゃん』とか『そーくん』と呼ばれていたな。懐かしい思い出が蘇ってくるよ。
よーし、朝になったら瑞樹のこと、『みーくん』と呼んでみよう。どんな反応をしてくれるか、楽しみだ。
今すぐ呼んで抱きしめたいのは、我慢する。
俺は子供部屋の壁にもたれ、青い車を抱きしめたまま眠りにつく。
瑞樹は今頃きっと天国にドライブ中だ。
会いたい人に会って、ゆっくり話して来いよ。
俺は、君がゆっくりと夢を見られるよう、この静寂を守っているから。
いつも……君を見守っている。
あとがき(不要な方はスルーで)
****
んんん? 何故でしょう。
宗吾さんが登場すると、コメディになってしまいますね。
皆様の反応が……。
でもでも、私はこんな宗吾さんを推していきます。
さて……また宣伝失礼します。何度もすみません
瑞樹が今まさに見ている夢は、BOOTHに置いてある『青い車に乗って』で書いています。お母さんを助手席に乗せて天国までドライブし、お父さんと夏樹に会うという幸せな夢物語です。既にダウンロード下さった方は、ぜひまた一緒に読んでみて下さい♡ https://shiawaseyasan.booth.pm/
『天上のランドスケープ』のおまけのSSになります。
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