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見守って 15
「さぁさぁ、お寿司が来たわよ」
「わぁい! おばーちゃん、ボクのこれ?」
「そうみたいね。ふふっ、憲吾ってば、大盤振る舞いねぇ」
芽生くんのは豪華なお子様ランチ風で、電車のカタチのトレーに乗っていた。
「芽生、少し子供っぽかったか」
憲吾さんが心配そうに聞けば、芽生くんが笑顔で答える。
「ううん! すごくうれしい! ケンゴおじさん、ありがとう!」
「芽生はいい子だな。ほら醤油だ、わさびは入っていないな。よし……」
憲吾さんが芽生くんの横に座って、あれこれお世話している。
僕と宗吾さんは、その光景を温かく見守った。
「瑞樹……俺と兄さんは5歳も年の差があったからさ、幼い頃は俺の相手なんてろくにしてくれなかったのに……意外だよ」
もしかして憲吾さん……昔、宗吾さんにしたかったことを、今しているのかもしれない。そして宗吾さんも芽生くんを通して、それを受け取っているのかもしれない。
過去の人生は、やり直しは出来ないが……僕たちは生きている。
だから出来ることがある。
目の前に出来ることがあるのなら、やってみたい。
憲吾さんもきっと同じ気持ちなのだろう。
グッと柔軟になった憲吾さんの様子を見つめ、嬉しくなった。
「芽生くん、私のお腹を触ってみる?」
「いいの?」
「もちろんよ。この子が生まれたら、妹みたいに可愛がってね」
「え……いいの? うん! ボク、かわいがるよ! 大事にする」
芽生くんの言葉に、僕は再び懐かしい光景を思い出していた。
臨月のお母さんの……まん丸なお腹をそっと撫でた日のことを。
……
『瑞樹、ママのお腹を触ってみて』
『え……いいの?』
『当たり前じゃない! 瑞樹もここに入っていたのよ』
『えぇ? こんな小さな所に?』
『瑞樹も小さかったのよ。あなたも赤ちゃんだったの』
お母さんのお腹は、思っていたよりも硬くて張りがあった。
『ね、耳をあててみて』
『うん』
耳を澄ますと、お母さんの温もりと赤ちゃんの存在を感じた。
僕もこんな風に……お母さんのお腹の中にいたの?
お母さんは、僕が生まれてくるのを、楽しみにしてくれていたの?
『赤ちゃんがもうすぐ生まれるの、楽しみね。ママは赤ちゃんと入院しなくてはいけないのよ。4回眠ったら……赤ちゃんと一緒に帰ってくるからね』
『ママ……お願いだから、ちゃんと帰ってきてね』
『もちろんよ。大好きなみーくんに弟をプレゼントするのよ』
『ありがとう、ママ。約束してね』
僕は子供の頃から、何故か心配性だった。
早くに訪れる永遠の別れなんて……あの頃はまだ知らなかったはずなのに。
……
「瑞樹くんと宗吾さんも、よかったら触れてみて」
「いいのですか」
「もちろんよ。私……また妊娠出来て……臨月を迎えられて本当に嬉しいの。だからあなたたちにも覚えておいて欲しくて」
「じゃあ……」
臨月のお腹に触れるのは、あの時以来だ。
どうか安産でありますように。
スクスクと成長して欲しい。
「瑞樹くん、どうした? 箸が進んでいないな」
「あ、いえ、今からいただきます」
「……やっぱり函館のイカのような鮮度はないな」
「そんなことないです。十分美味しいですよ」
小学校で憲吾さんに好きなネタを聞かれたので、イカと答えたんだ。
「なぁ、函館に行ったら、また君の実家に寄ってもいいか」
「え……いいのですか。もちろんです!」
「君のお兄さんはなかなか楽しい人だな。いいお兄さんを持っているな」
「ありがとうございます。はい……広樹兄さんは自慢の兄です」
大らかで暖かい広樹兄さんは、幼い僕の……寂しく飢えた心を何度も温めて支えてくれた。
そう答えると、憲吾さんは少し戸惑った表情を浮かべた。
「あの……?」
「……うーむ。瑞樹くんにとって、私もいつかそんな人間になりたいものだ」
「憲吾さん……あの、もうそうなっています!」
「そ、そうか。やはり君は可愛いなぁ」
憲吾さんに戸惑いがちに頭を撫でられて、くすぐったくなった。
あれ? これって……僕も芽生くんと同じ扱いなのかな?
そう思うと可笑しくもなった。
「ストップー! 兄さんと瑞樹はイチャイチャしすぎだ」
「まぁ宗吾ってば。また焼きもち? あなたは愉快な子よね」
「う……母さん、酷いな」
「ふふ、兄弟仲良く、もう『三兄弟』なんだから、いいじゃない!」
「まぁそうだが」
「くすっ、くすっ」
美智さんとお母さんが、声を揃えて笑っていた。
とても和やかで明るい食卓だ。
「瑞樹……あなたのお陰で二人の兄弟関係がガラリと変わったわ。あなたの存在がキーポイントなのね。今日、よーく分かったわ。これからも宗吾と憲吾の潤滑剤でいてね」
僕の存在意義を見い出してくれるお母さんが、大好きだ!
****
美智さんを実家に預けて、兄さんが出張に行ってから5日経った。
出産予定日まで、まだ5日ある。
美智さんにまだ兆しはないから、この分なら兄さんが戻ってきてからの出産になりそうだな。
兄さん、良かったな!
そんなことを考えながら夕食の支度をしていると、芽生と瑞樹が息を弾ませて帰ってきた。
「宗吾さん、ただいま!」
「パパ、ただいま」
いつもの光景、いつもの日常が愛おしい。
すぐに着替えた瑞樹が、キッチンにやってくる。
「宗吾さん、今日もありがとうございます。あっ、今日はカレーですか。美味しそうですね」
「あぁ、腹が減っただろう」
「はい、もうペコペコですよ」
「それは大変だ。少し味見するか」
「あ、いいんですか」
「もちろん!」
瑞樹の表情が可愛かったので、腰をグイッと抱き寄せてキスをした。
「えっ、だ……駄目ですよ。ここは見えます」
「芽生は今の時間はテレビを観ているだろう。それに、ここはソファから死角になることに気付いたんだ」
「も、もう……変な研究熱心ですね」
「瑞樹、お帰り、会いたかったよ」
「ぼ……僕もです」
甘いキスを重ね合うと、少しだけ空腹が収まった。
俺は瑞樹とのキスは欠かさない。
おはようも、お帰りも、お休みも……毎日だ。
「瑞樹、やっぱりカレーにはビールが合うよな~」
「そうですね。でも今日は……」
そこに電話だ!
二人で顔を見合わせた。
もしかして――!?
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