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見守って 22

 美智さんと話していると、白衣の女医さんと看護師さんが入ってきた。 「滝沢美智さん、時間ですよ。今から促進剤投与開始します」 「……はい、お願いします」 「あら、旦那さん……?」  うわっ、何て答えよう?  お母さんを縋るように見つめると『大丈夫よ』と、ウインクしてくれた。 「この子は弟ですよ。つまり私の3人目の息子ですのよ」 「まぁ♡ 滝沢さんの旦那さんに、こんなに可愛らしい弟さんがいらっしゃるのですね」  女医さんと看護師さんにジロジロと見つめられて、頬が赤くなる。   「えぇ、そうなんです」 「うふふ、そうなんですよ」  続くお母さんと美智さんの溌剌とした声に、耳まで赤くなってしまう。 「あなた、まだ学生さんさんでしょ。しっかりお姉さんをサポートしてあげてね」 「は……? は……い」  もはや抗うことはやめた。元々若く見られることはよくある。しかし最近はスーツを着ていても大学生に見られるのは何故なのか。  宗吾さんに聞くと、『瑞樹が、俺の精気を吸い取って若返っているからだ』なんてとんでもないことを豪語するから恥ずかしい。  なんとく場が和んだところで、点滴の針が美智さんの手に刺さった。 「では今から投与します。最初は少しずつ様子を見ながら、午後にかけて徐々に量を増やしていきます。リラックスしていて下さいね」  午前9時、いよいよ陣痛促進剤の投与が始まった。 個室なので、ここが陣痛室になるそうだ。  更にお腹にNSTと呼ばれる分娩監視装置を取り付けて、赤ちゃんの脈拍を管理していく。  ゴッ、ゴッ、ゴッという音が室内に広がった。  命の音に……僕の方まで緊張してきた。  1時間ほどは、何も変化がなく美智さんも余裕だったが、突然、美智さんが辛そうな声を漏らし出した。   「い……痛いかも」 「痛い。痛いわ……痛くなってきた」  僕は何を手伝えばいいのか分からないくて、オロオロしてしまう。 「お水、飲みますか」 「う……痛い痛い……」   数分おきに痛みがやってくるようで、必死に耐えて耐えての繰り返し。  看護師さんが定期的にやってきて子宮口の様子をチェックしてくれるが、まだまだとのこと。  こんなに痛がっているのに、まだまだ?   僕は出産に臨む美智さんを目の当たりにして、ただただ驚いていた。 「あの、まだ産まれないんですか」 「えぇ、子宮口もまだ4cm程度だからね」 「そういうものなんですね」 「っふふ。君も後学のために、しっかり覚えておこうね。9-10cmの全開になってようやく産まれてくるのよ」 「そうなんですね。あの、僕は何をすれば」 「お姉さんを励ましてあげて。言葉ってね頑張っている相手を奮いたたせる力があるのよ」 「はい!」  とにかく憲吾さんが到着するまで、あと2時間。  僕はしっかり応援しよう。  なかなかハードになってきたので、お母さんには外で休憩してもらった。 「美智さん、タオルです」 「美智さん、水を」 「美智さん、頑張って」  僕に出来ることは大してない。  それでも、今、陣痛で苦しむ美智さんを直接応援出来るのは僕だけだ。 「瑞樹くん……私の赤ちゃん……死なない?」  美智さんが涙目で聞いてくる。   「死にません! 絶対に……そうだ。今朝、夢を見たんです」 「痛い……」 「すみません、余計なことを」 「いいの、気が紛れるから話して」 「はい。あの亡くなった母がこう言っていました」 ……   「みーくん、元気にしてる? もうすぐお空からあなたの近くに行く、女の子がいるのよ」  星からの声がする。 「母さん……もしかして……それって」 「そうよ。憲吾さんのところに、もう旅立ったわ」 「よかった。待っているんだ、僕も宗吾さんも芽生くんも楽しみに」 「大丈夫、大丈夫よ、信じて、見守ってあげて」 ……  母の声を美智さんに伝えると、僕の手を握ってくれた。 「あ、あの……」 「瑞樹くん、あなたも私も……こうやって産まれてきたのね。お母さん……瑞樹くんの亡くなったお母さんに見せてあげようね。あなたはね……私の弟よ。瑞樹くんがいたから、憲吾さんとやり直せたの。この子を授かったの……だから、みんなで仲良くやっていこう。私はあなたのお姉ちゃんよ。お姉ちゃん欲しかったでしょ?」 「うっ……」  陣痛の最中に、そんなに優しい声をかけてくれるなんて。 「あああ。痛い痛い、死んじゃいそうに痛い!」  更に強まる促進剤の痛みに転げ回る美智さん。  美智さんも、僕にさらけ出してくれる。  他人行儀ではなく、僕を身内として迎えてくれている。  だから、僕も必死に美智さんの腰をさすり、手を握った。 「お姉さん……お姉さん、頑張って! もうすぐ憲吾さんが来ます」 「憲吾さん……、ううう、お姉ちゃん、頑張るね」 「うん! お姉さん。ファイトだよ!」  僕と美智さんの距離も、ぐっと近づいた。  縁あって……姉と弟になった。  僕も美智さんも汗びっしょりで、陣痛の波を何度も何度も一緒に乗り越えた。  昼食もなんとか、陣痛の合間に食べさせた。  まだ子宮口がたいして開いていないため、午後は促進剤を強めるので、しっかり食べておくように言われたから。  そして13時! 待ちにまった憲吾さんの到着だ!   「美智! 美智……待たせたな!」  空港からずっと走って来たのだろう。  スーツはネクタイがひんまがり、汗だくで髪を振り乱した憲吾さんが、美智さんをガバッと抱きしめた。    

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