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見守って 29

「芽生あったぞ! アルバムとDVDがあったが、どっちから見る?」 「わぁ~じゃあアルバムから見たいな」    お風呂上がりに、三人でソファに座ってアルバムを開いた。  芽生くんは、僕のお膝にちょこんと座っている。  可愛いなぁ。  僕もお風呂上がりのポカポカな芽生くんが愛おしくて、まるでぬいぐるみのようにギュッと抱きしめてしまった 「えへへ、お兄ちゃん! 赤ちゃんのボクを見て」 「うん、見せてらうね」  この先の頁には、玲子さんと宗吾さんと芽生くんの幸せな日々が綴じ込められている。それは覚悟の上だ。それでも僕は、芽生くんの赤ちゃんの頃の写真をしっかり見たかった。  写真立てに入ってる写真は見たことがあったが、改めてこんなにじっくり見るのは初めてだ。  玲子さんの妊婦時代から、アルバムは始まった。  臨月なのだろうか、ついこの前会った美智さんのお腹のようにはちきれそうだ。そして次のページには、産まれたばかりの芽生くんがいた。  まだ産院の白いタオルの産着姿で、水色のバスタオルをお布団に被って眠っている。顔の横にはプレートがあって『5月5日 男の子 芽生《めい》』と書かれていた。 「わぁぁ! この赤ちゃんが、ボクなの?」 「そうだよ。まん丸な頭が可愛かったぞ」 「あたまが?」 「くすっ、いいカタチだね」  その後は玲子さんの胸元に愛おしそうに抱かれる様子や、沐浴シーン、おむつを替えているシーンなど、日常シーンで溢れていた。  宗吾さんがいつの間に僕の腰に手を回し、抱きしめてくれていた。 「瑞樹……ありがとう」  色々な想いの籠もった、意味のある『ありがとう』だと思った。  避けては通れない道だ。僕が芽生くんを育てていく一員になったのだからしっかり受け止めたい過去だ。 「あ、ママだ……元気かな?」  心が緩んだ芽生くんの言葉に、胸の奥が切なくなった。 「……芽生、電話するか」 「……ううん、いいよ」 「瑞樹、いいか」 「もちろんです」  芽生くんのこの世に産んでくれた人だ。 「芽生が、かけてみろ」 「いいの?」 「もちろんだ」 「パパぁ……ありがとう」  宗吾さんは芽生くんに電話のかけ方を教えて、ひとりでかけさせた。しかもハンズフリーにして、相手の声も聞こえるように設定したようだ。  あ……そうか。僕に心配りをしてくれているのだ。  こんな時、宗吾さんの行動が、僕はとても好きだ。  僕をひとりぼっちにさせない、僕を置いて行かないから。  ……   「ママぁ? メイだよ」 「わ! メイなの。ひとりで電話できるようになったのね。元気にしている?」 「うん! ママは?」 「元気よ」 「よかった」 「どうしたの、急に?」    そこで芽生くんは一度受話器を外し、宗吾さんに聞いた。 「パパ、あーちゃんのこと、はなしていい?」 (もちろんだ)  芽生くんが嬉しそうに笑う。 「あのね、ユイちゃんは元気?」 「うん、よく眠る娘よ」 「そうなんだね。よかった。あのね、今日、けんごおじさんのところにも、赤ちゃんがうまれたんだよ」 「え、憲吾さんのところに? 驚いたわ」 「ボクにいとこができたんだ。あーちゃん、すごくかわいいんだよ。ママに教えたくて」 「そっか……芽生の従姉妹か。よかったわね。大切にね」 「うん!」  玲子さんの声は少しだけ沈んでいるように感じた。 玲子さんが産んだ女の子は、芽生くんにとって半分血が繋がった存在だが、微妙な間柄だ。 「ママ……あのね、今日はね、これを言いたくてお電話したくなったんだ」 「なあに?」 「あのね……ボクを……うんでくれてありがとう!  「え……いやだ、メイ……ぃ、泣かせないでよ、メイ、まだ小さいのにそんなこというなんて……もう」  今度は玲子さんの涙腺が崩壊だ。  玲子さんにとって初めての子供。逢えるのが待ち遠しかった日々、大変だけれど充実した育児。僕の知らない思い出がいっぱいあるはずだ。  もっと抵抗があるかと思ったが、僕は静かにそれを受け止めていた。  芽生くんの放った言葉の魔法が効いたから。 『ボクを産んでくれてありがとう』    それは僕の言葉でもあるから…… 『芽生くんを産んでくれてありがとうございます』  思わず言葉が漏れてしまった。 「あ……瑞樹くん、そこにいるのね?」 「はい……すみません」 「なんで謝るの? 私こそ泣いてごめんなさい」 「いえ、うれしかったです。芽生くんをいっぱい愛してくれているのが伝わって」 「参ったわ。あなたは本当に優しいのね」  宗吾さんが一際強く僕を抱きしめてくれる。僕は泣かないように、堪えるので必死だ。 「私……やっぱり芽生を……この世に産めて良かったと思うし、瑞樹くんに託せて……育ててもらえて良かったと思っているの」 「うっ……、ありがとうございます。芽生くんと一緒にいられるのが、僕……うれしくて、うれしくて」 「お兄ちゃん、泣かないで。ボク、どこにもいかないから」  電話を終えたあと、僕は宗吾さんと芽生くんにギュウギュウと抱きしめられていた   「お兄ちゃん、だーいすき!」 「俺も愛している」 「ボ、ボクも、えっと、あ、あいしてるー!」 「え? おーい、芽生にはまだ早いぞ!」 「くすっ、くすくす……」  涙が笑いになって行けるも、宗吾さんと芽生くんのおかげだ。   「二人とも愛しています!」  僕の返事はひとつだ。  すっと変わらない言葉。 ****   「瑞樹は泣き虫になったな」 「う……すみません」 「いいんだよ。それが可愛い。それが嬉しい」  芽生くんが眠ったあと、宗吾さんにすっぽりと抱きしめてもらった。  まるで今度は僕が芽生くんになったみたいで、恥ずかしいけれども嬉しくて、宗吾さんの温もりを求めて、僕の方から身体を擦り寄せてしまった。 「赤ちゃん、可愛いですね。あーちゃん、なんだかとても親近感があって……たまりません」 「ありがとう。嬉しいよ」  いい夢を見よう。  宗吾さんの心音を子守歌に、温もりを毛布に……  あたたかい夢を。  

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