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見守って 30

「芽生くん、下まで送ろうか」 「だいじょうぶだよ~」  翌朝、芽生くんはすっきりした笑顔でランドセルを背負い、元気に『いってきます!』と言ってくれたので、胸を撫で下ろした。  そのまま、宗吾さんと一緒にベランダで洗濯者を干した。  干しながら……芽生くんが上級生と同級生と一緒にマンションを出発していくのを見守るのが、僕らの日課になっていた。 「あ、芽生くんです」  芽生くんは決まって振り返り、僕たちを見上げて小さな手を振ってくれる。  可愛いなぁ……毎日一生懸命だね。  宗吾さんもその様子を見て、嬉しそうだった。 「芽生、すっかり元気になったな」 「はい、良かったですね」 「君は?」 「僕も元気です。あの……沢山泣いてしまいましたが、元気です」  素直に今の気持ちを伝えると、宗吾さんに突然グイッと手を引かれ、腰を落とした姿勢にされた。怪訝に思い小声で聞いてしまう。 「あの……どうして、しゃがむんですか」 「こうするためだよ」 「え……」 「静かに」  そのまま顎を掴まれ、チュチュッと啄むようなキスをされたので驚いた。  隣に聞こえてたら大変なので、僕は声を我慢して熱いキスを受け入れ続けた。  春風が心地良い。  朝日に照れされながらキスをするのは、久しぶりだ。外でこんな風にキスをすることは滅多にないので、新鮮な気持ちになる。出逢って間もない頃、公園で傘に隠れてしたことを思いだした。 「おいで」 「あ……あの」 そのまま部屋に連れて行かれ、ソファでもキスを続けた。  キス、キス、キス。  どうして宗吾さんとのキスって、こんなに気持ちいいのだろう? 蕩けそうになってしまうよ。僕を愛してくれる宗吾さんの熱い気持ちで、一杯になっていく。 「はぁ……も、もう駄目です。これ以上は……会社に行けなくなります」 「沢山泣いた分、補給したのさ。風船が萎まないように空気を入れ直すのと一緒だ」 「も、もう、僕は風船では」 「はは、可愛い顔だ」  と、膨らませた頬を指で突っつかれ、おまけのキスをもらう。 ****  5月28日に彩芽ちゃんが誕生し、すぐの日曜日、僕たちは朝から病院にお見舞いにやってきた。  僕は花菖蒲のスタンドブーケを抱えていた。今回は菖蒲の周りを優しいピンクのカーネーションでふわりと包み込んでみた。  カーネーション全般の花言葉は『無垢で深い愛』で、ピンク色は『女性の愛』『熱愛』『美しい仕草』『感謝』『温かい心』など、女性を褒める花言葉が沢山あるので、出産祝いにぴったりだ。  ピンクのカーネーションは優しい美智さんを思い出し、作りながら僕も穏やかな気持ちになれた。美智さんは……憲吾さんを支え、芽生くんを可愛がって、僕と宗吾さんの関係を受け入れてくれた寛容な人だから。   「お兄ちゃんのお花すっごくキレイ!」 「そうかな? どうもありがとう」 「ボクのあこがれだよ!」  芽生くんが僕の手を自然に握ってくれて、ブンブン振ってくれた。  憧れ……そんな存在になれたの? この僕が……。 「気に入ってもらえるといいな」 「ぜったい、だいじょうぶ!」  宗吾さんが僕たちの会話を目を細めて見守ってくれている。 「瑞樹、今日から母子同室らしいよ」 「え? じゃあ赤ちゃんに触れられるのですか」 「あぁ、楽しみだな」  花を渡したら疲れが出ないようにすぐに帰るつもりだったが、赤ちゃんに触れられるなんて、嬉しい!  病院に着くと、憲吾さんが出迎えてくれた。    「朝早くから悪いな」 「いや、美智が早く会いたがっていたよ」 「憲吾さん、改めておめでとうございます」 「ありがとう。相変わらず……キレイだな」 「え……?」  一瞬何を言われたか分からずポカンとしていると、宗吾さんに笑われた。 「おいおい……瑞樹、そこで固まるな。花のことだ」 「あ、あぁ……花のことですよね。あ、ありがとうございます」  恥ずかしいな……もうっ、僕、宗吾さんの影響受けすぎだ。 「あー、コホン、その……両方だ」 「へ?」 「美智がよくそう言っているから、納得したまでだ。さぁ病室に行こう」  憲吾さんはポーカーフェイスのままなので、僕はドギマギしたままだ。宗吾さんも憲吾さんも似たり寄ったりだったりして? まさかな。 「へぇ、兄さんも姉さんもやるなぁ~、俺ももっと言葉で伝えないとな、見習わないとな!」  宗吾さんは腕組みして、ふんふんと感心していた。  なんだか怖いのですけれども……宗吾さん。  宗吾さんの愛は言葉に出さなくても充分……身体で触れあって届いています。  って、余計なこと考えるな。ここは神聖な病院だ! 美智さんの個室には、手をしっかり消毒してマスクをして入った。   「いらっしゃい! 宗吾さん、瑞樹くん、芽生くん」  美智さんの明るい声が、彼女の機嫌の良さを物語っていた。 「美智さん、ご出産おめでとうございます。これを、美智さんに作ってきました」 「わぁぁ、瑞樹くんお手製のスタンドブーケ! 嬉しいわ。それにしても花を持っている瑞樹くんは、花に負けないほど綺麗ねぇ。憲吾さんもそう思うでしょう?」 「あぁその通りだ」  これか……! さっきから手放しで褒められてこそばゆいな。  滝沢家は褒め上手? 「窓辺に飾りますね。あ……これ」  窓辺には、既にハーバリウムが飾ってあった。中には小さな菖蒲の造花が入っていて、朝日を浴びて美しく輝いていた。 「君のお兄さんの作品だよ。私が頼んで作ってもらった」 「あ……ありがとうございます」  こんなところで広樹兄さんの作品に会えるなんて、嬉しい! 「憲吾さん、娘にお花の名前つけて良かったわね」 「あぁ、彩芽も喜んでいるな」 「うん、あ、笑った?」  美智さんの腕に中には、白い産着の彩芽ちゃんがいた。 「おばさん、あのね、近くで見てもいい?」 「もちろんよ。芽生くん、あなたの従姉妹よ。触ってみて」 「あーちゃん!」  芽生くんが彩芽ちゃんの手にそっと触れる。彩芽ちゃんは反射的に手を開いて、芽生くんの指をキュッと握った。 「わ、あくしゅしてくれたよ! パパ、おにいちゃん、見た?」 「写真を撮ってもいいですか」 「もちろんよ」  カシャッ、カシャッ。  美智さんと彩芽ちゃん、そして芽生くんの三人を。 それから憲吾さんと宗吾さんも入った写真も……最後はセルフタイマーで僕も入った。  しあわせな写真。  きっとアルバムに貼ってもらえる優しい光景だった。 「瑞樹くん、彩芽を抱っこしてもらえる?」 「え? いいのですか」 「もちろんよ」  大沼でセイの赤ちゃんを抱っこしたので、コツは掴めるけど、大丈夫かな? 「わ……軽い、やわらかい」  わっ……夏樹とはちょっと違うかも。遠い昔の記憶が混ざっていく。  女の子って柔らかいんだな。あ!懐かしい……赤ちゃんの匂いがする。日だまりとミルクの匂いがするよ。故郷を思い出す匂いだ。 「よろしくね、彩芽ちゃん」 「よろしくな! 彩芽ちゃん」 「あーちゃん、よろしくね」    赤ちゃんを抱っこする僕に芽生くんがくっつき、更に宗吾さんが寄り添ってくれた。夢みたいな時間だった。   「なんだか絵になるわ。素敵ね」 「いい光景だな」 「瑞樹くん、彩芽のこと沢山可愛がってね」 「ありがとうございます。抱っこさせて下さって、すごく感激しました」 「これからよ。これからずっと一緒に成長を見守ってね。あのね、私たち……このままお母さんと一緒に暮らすことになったのよ」 「そうなんですね! じゃあ近くなりますね」 「そうよ。だからいつでも会いに来て」 「嬉しいです」  いつでも会いに来て……それは、僕にとって最高に嬉しい言葉だった。 「それでな、出産にあたり宗吾たちには大変世話になったから、これを……お礼だ」  憲吾さんが、僕たちに白い封筒をスッと差し出した。  一体、何が入っているのかな?   子供みたいワクワクする!    

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