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ゆめの国 4

 芽生くんを追いかけて走ると、眼前に大きな海が広がった。 『海』という名前のテーマパークだけあって、 雄大な景色だ。  芽生くんも、そこで足を止めてくれた。 「お兄ちゃん、海って広いね、大きいね~」  いつか聞いた歌のような台詞が微笑ましかった。  子供の言葉は素直でいい。着飾った言葉より、ストンと胸に落ちてくるよ。 「うん。僕もそう思うよ」 「さてと何に乗るか……やっぱり一番混みそうな『ツリー・オブ・ストーリー』が最初かな。よしっ、景気づけに行くぞ!」  宗吾さんが指さす方向にはとても高い建物が建っていた。あそこから落ちるの? ハラハラドキドキだ。   「はーい。パパ隊長についていきます~!」  ふふ、芽生くんってば張り切って。それに宗吾さんもすっかりお祭り気分ですね。でもよかった! 実はまた入学式の時のように、はしゃぎすぎて転んだら大変だと思っていたから。  三人で運河を渡る橋を渡ると、僕らの影も仲良く楽しそうについてきた。   「お兄ちゃん、影がおもしろいねぇ~ ボクたちには『どうぶつのまほう』がかかっているんだね」 「うん、そうだね!」  もううさ耳のカチューシャをつけていることは、さして気にならない。  気になるとしたら、時折感じる宗吾さんからの熱視線だ。  真夏の太陽のようにギラギラしているような? いやいや、それはナイ。ここは『ゆめの国』だから、健全にいかないと。 「ククッ、瑞樹の百面相は面白いな」 「え?」 「おーい、またエロいこと考えていたのか」 「ち、違いますってば!」  橋から見える景色も絶景だった。 「パパ~、あれはなんていう乗り物なの? 面白いお船だね」 「あぁゴンドラさ。あそこのエリアはイタリアのベネチアを模しているんだな。まるで現地にタイムスリップしたようだ」 「行ったことあるんですか」 「前に出張でな」 「流石です」 「そういえば、瑞樹って外国に行ったことあるのか」 「恥ずかしながら……一度もないです。行ってみたいとは思っています。特にヨーロッパの花を生で見たいです」  今までは、そんな余裕はなかった。しかしこの先の未来で……チャンスがあれば行ってみたいな。 「俺たちの新婚旅行で行こうか」 「え?」  宗吾さんが大空に思いっきり手を伸ばす。そして青空を横切る飛行機雲を指先でなぞった。 「行き先は……そうだな、三人が楽しめるイタリアなんてどうだ?」 「え……なんでイタリア?」 「まず何より食事が美味しい! イカ墨のパスタなんて最高だぞ。芽生も喜ぶだろう? それから花の都フィレンツェと水の都ベネチアを巡ろう。フィレンツェは花の女神が語源の美しい町並みで屋根のない美術館と言われているんだよ。君に似合いそうだ。特に5月は美しい花が咲き誇るし……、水の都は、俺の大好きな場所だ」  宗吾さんが熱く語り出した!  芽生くんと僕は顔を見合わせて微笑んだ。  本当にいつか叶うといいね!  僕も……賛成です。  明るい夢を飛行機雲に託してみよう。 「というわけで、またまた予定変更だ。先にあのゴンドラに乗るぞ」 「あ、はい!」    宗吾さんらしさに振り回されていくのが、心地良い。僕は優柔不断ですぐに決断できないことが多いけれども、彼はその都度臨機応援に対応できるんだ。今の話の流から、僕も芽生くんもあのゴンドラに乗ってみたいという気持ちが高まっていたのが伝わったのかな。  宗吾さんと一緒にいると、ひとりで行動するよりも倍の経験や情報を得られる。 「瑞樹、芽生、それでいいか」 「もちろんです!」 「よかった。嫌だったら黙ってないで、ちゃんと言えよ」 「とんでもないです。むしろ嬉しいです」  そう答えると宗吾さんが破顔した。  明るくって、おおらかで、気持ちの晴れやかな人、それが僕の大好きな宗吾さんだ。 「パパー おっけーだよぉ」  芽生くんが手を頭上にあげて、両手でにっこりと『丸』を描いてくれた。 「芽生ー、可愛いなぁ」 「わぁ、くるしいよ。お兄ちゃん助けて」  宗吾さんに大袈裟にハグされて、芽生くんがもがく。   「くすくすっ」    ゴンドラに乗るために列に並んでいる間、僕は芽生くんとおしゃべりを続けた。 「お兄ちゃん、外国ってどんなところだろうね? ワクワクするねぇ」 「僕も行ったことないので、わからないんだ」 「三人でいっしょに行こうね。いつもパパがいろんな国にいっているのいいなって思っていたんだ」 「そうだね。皆で行ったら楽しいだろうね」  いつかの夢がまた増えたよ。  夢って……持てば持つほど膨らんで、風船のように上昇していくんだね。 「お兄ちゃんといると、ワクワクがいっぱいになるよ」 「芽生くん、それは僕の台詞だよ」  僕たちはお互いのモフモフのカチューシャを触り合ったり、仲良くポップコーンを食べたりして、待ち時間を過ごした。 「瑞樹、そろそろだぞ」 「あ、すみません。宗吾さんは何をしていたんですか」 「ん、下調べさ」 「すみません。任せっきりで」 「いや。俺はこういうのが大好きなんだ。君の喜ぶ顔を見たくてな。瑞樹には、夜になればご褒美タイムがあるぞ」 「え? だだだ……ダメです。ここは『ゆめの国』なんですからぁ」  夜のご褒美タイムに過剰反応しすぎだ。僕! 「ん? なんのことだ。俺は運転があるからダメだが、このテーマパークでは、ビールやワインが飲めるらしいんだ。瑞樹だけでも飲めよ」 「へ?」  ああっ、また勘違い! 「ん? もしかしてチュウを期待した?」  耳元で囁かれ真っ赤になる。  そこでちょうどゴンドラ乗り場に到着した。 「さぁ順場にお乗り下さい。そちらのご家族は奥の席をゆったりどうぞ」 「はい」 「あれ? お兄さん、顔が赤いけど大丈夫ですか」 「だだ、大丈夫です!」 「くくっ、可愛いな。瑞樹」  隣で宗吾さんが肩を揺らしていた。  も、もう! 本当に……憎めない人。  感情を揺さぶられる人。  切なく悲しいだけの人生は終わり、今は明るく高揚することが多い毎日だ。  ドキドキする度に思うよ。  僕は今を生きている。楽しんでいると。  

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