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ゆめの国 10
彩芽ちゃんへのぬいぐるみを選んだ後、芽生の様子がますます変になった。
瑞樹が気付いてくれ優しく促せば……どうやら自分もぬいぐるみが欲しかったらしい。
そうか……もう小学生だから、ぬいぐるみに興味なんてないと思ったが違うのだな。
大学時代、一人暮らしの同級生宅によく集まった。部屋にぬいぐるみを沢山置いている奴も、結構いたな。
……
『おい、どうしてこんなにぬいぐるみだらけなんだ?』
『だってさぁ……親は遠くにいるし、なんか不安な時、コイツに触れると癒やされるんだよ』
『そうそう。ぬいぐるみやペットに触り話しかけると、ひとりじゃないって気分になるんだよ』
『……へぇ、そんなもんか』
……
あの頃の……勝ち気な俺にはさっぱり分からなかった。人の心の機微に疎く、自分の信じた道だけを邁進していたからな。俺も兄さんも方向性は違うが、似たタイプだった。
しかし今なら分かる。
ぬいぐるみはリラックスする存在だ。心配事や不安の改善してくれ、不満の解消や恐怖心を取り払ってくれる。
値札を見ると、 ぬいぐるみは4,000円弱だった。俺からすれば普段の飲み会よりずっと安いので、芽生にも瑞樹にも買ってやろうと思った。
そこで瑞樹が「宗吾さん!」と最終判断を俺に委ねてくれた。
俺は君のそういう気配りが好きだ。ひとり……置いてけぼりにならない。
芽生と瑞樹の会話を聞いて、ここで簡単に俺が買ってしまうよりも、せっかく芽生が値段を気にし自分の状況を見つめているのだから、芽生のお年玉で買うのも悪くないと思った。
提案すると、芽生の瞳がキラキラと輝いた。だが太っ腹な芽生が「お兄ちゃんの分も買う」と言った時は焦ったぞ。
ちょっと待て! それは俺のポジションだぞ。瑞樹には俺が買ってやりたい。彼のことだから、きっと幼い頃……遠慮して買えなかった経験があるのだろう。
払拭してやりたいのは、君の寂しさだ。
「瑞樹には俺が買う!」
「えっ……宗吾さん、本当にいいのですか」
「当たり前だ。恋人に贈り物をして何が悪い」
耳元で囁くと、瑞樹は恥ずかしそうに俯いてしまった。耳朶を赤く染めて困った表情になる。そんな清純な君が好きだよ。
「これでいいか」
適当にうさぎのぬいぐるみを取ると、芽生に怒られた。
「パパ! 駄目だよ。うさぎさんの耳を引っ張ったら! それにお兄ちゃんが欲しいのは、うさぎさんじゃなくて、クマのポッフィーだよ」
「あ、そうだった。さっき……瑞樹はクマが欲しそうだったな」
「あ、あの……選んでも?」
瑞樹が遠慮がちに聞いてくる。
「顔なんてどれも大差ないんじゃないか」
「全部違います。僕の……家族になる子だから、相性のいい子を連れて帰りたいです」
「わかるよ~、お兄ちゃん! 芽生もそう思った。この子はボクの妹だよ」
「うん」
そうか、ぬいぐるみを迎えるって、兄弟や家族を迎えるのと同じ気持ちなのだな。二人の会話を聞いてハッとした。
ならば、俺も参加したい!
「瑞樹、待てよ。俺たちの子だ。一緒に選ぼう」
「えっ! そ、宗吾さん」
瑞樹は顔から火が出そうな程、照れていた。
ん? 『俺たちの子』に反応したのか、可愛いなぁ。
「大丈夫、誰も聞いてない。ほら周りを見てみろ。みーんな、自分たちの幸せで輝いている。皆が今を楽しもうと前向きになっている世界の色は虹色だな。いろんなカタチの幸せで満ちている」
瑞樹の瞳がうるうるとしてくる。な、泣くなよ。
「宗吾さん、僕も……ゆめを見ても?」
「当たり前だ。みーずき、君にはここで、もっと楽しんで欲しい。これさ、夕暮れ時になったらいいムードの場所でつけるつもりだったが」
瑞樹の腕を引っ張り店の窓際に連れてきて、彼の指に指輪をはめてやった。
「え? こ、これ……いつの間に持ってきたんですか。だって……今日は病院の後……家に帰るだけだったんじゃ」
「そのまま家族で出掛けるつもりだったよ。指輪をして公園でゆっくりしようと思っていたから、持って来てたのさ」
瑞樹の瞳から堪えきれない涙が溢れ出す。
「お、おい泣くな。ここは『ゆめの国』だぞ。さぁ俺達の子を一緒に選ぼう。俺は瑞樹に似た清楚な顔立ちのクマがいいな」
「ぼ、僕は宗吾さんに似た凜々しい子がいいです。あっ……」
「いいんだよ。俺達の子さ!」
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