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ゆめの国 11

 宗吾さんに腕を引っ張られ、窓際に連れてこられた。  窓からは明るい日差しが降り注いでいた。 ここで何をするつもりなのか。 「あ、あの宗吾さん……夕方つけるって、何をですか」  慌てて辺りをキョロキョロ見渡すが、皆、ぬいぐるみ選びに夢中で僕たちのことは気にしていない。 「ほら、これだよ」  宗吾さんがポケットから取り出したのは、携帯用の指輪ケースだった。  指輪は、お互いに会社につけていけないので、普段は宗吾さんに預けている。休日、差し支えない場所では、二人で指輪をつけて一体感を楽しんでいた。公園や旅行先では迷い無く僕もつけていた。  突然の宗吾さんの行動に頭がついていけず、ポカンとしてしまった。   「え? こ、これ……いつの間に持ってきたんですか。だって……今日は病院の後……家に帰るだけだったんじゃ」 「いや、そのまま家族で出掛けるつもりだったよ。指輪をして公園でゆっくりしようと思って、持って来たのさ」  参った……宗吾さんの行動力にはいつも驚く。同時に気持ちが華やぐよ。  僕だけでは味わえない高い場所に連れて行ってもらえるんだ。 「ほら、手を出して」  宗吾さんが日常のワンシーンのように手慣れた手つきで、指輪を左手薬指につけてくれたので、じわっと感動してしまった。 もう、もう堪えきれない――嬉しくて、うれしくて。  ほろりと涙が零れれば、すぐに温かい指先で拭ってくれる人がいる。   「お、おい泣くな。ここは『ゆめの国』だぞ。さぁ俺達の子を一緒に選ぼう。俺は瑞樹に似た清楚な顔立ちのクマがいいな」  さっきから夢のような嬉しいことばかりだ。僕は女性になりたいわけではない。でも、何だろう? この気持ちは。  あなたと、もっともっとひとつになりたくて……こんな風に欲張ってはいけないのに、もっと欲しくなる。 「ぼ、僕は……宗吾さんに似た凜々しい子がいいです。あっ……」 「いいんだよ。俺たちの子さ!」  二人で棚の上から下までぎっしりディスプレイされたポッフィーの顔を確認した。 「あ、この子、目元がキリッとしていて宗吾さんっぽいかも。くすっ」 「そうかぁ~、瑞樹みたいな優しい顔立ちの子が欲しいよ」 「も、もう――」  話していて汗が出るほど照れ臭いのに、信じられないほど嬉しい。 「この子はどうだ?」 「優しい顔立ちですが、宗吾さんに似た部分もないとイヤです」 「難しいな。じゃあ、この子はどうだ?」    僕、今、すごい我が儘を言っている。   「うーん、芽生くんはどう思う?」  芽生くんも、ずっと僕たちの様子をニコニコと聞いてくれていた。   「えっとね、パパとお兄ちゃんの子ならボクの弟だよね? じゃあこの子はどうかな?」   芽生くんが既に目星をつけていたのか、しゃがみ込んで一番下の段のポッフィーを取り出した。 「あ! すごい」 「おっ、いいな」   ポッフィーは凜々しい目元なのに、全体的に可愛い雰囲気でとても可愛い子だった! 「さっきから気になって……この子、パパとお兄ちゃんのどっちにもにてるよ」 「本当だ」  芽生くんが渡してくれたので、僕が抱っこして、宗吾さんが覗き込んだ。  ふと美智さんが赤ちゃんを抱っこしている光景と重なった。 「赤ちゃんみたいな大きさですね」 「彩芽ちゃんもこの位だったな」 「可愛いですね」 「そうだな。どっちにも似ているな」 「この子がいいです」 「よし。じゃあレジに行こう」 「はい」  レジで宗吾さんが「すぐに持ちたいのでタグを切ってください」と頼んでくれたので、 芽生くんと僕はぬいぐるみをギュッと抱っこして、外に飛び出した。 「よーし。今度こそ写真撮るか」 「うん!」 「はい!」 「ははっ、二人とも元気いっぱいだな」  今日は急だったのでスマホしか持っていないが、三人の写真が欲しいな。 「すみません~ 俺たちの写真を撮ってもらえますか」  以心伝心。宗吾さんが『ゆめの国』の『ゆめを守るスタッフ』に声をかけてくれた。 「いいですよ! ベストショットが取れるので、ここに並んでください」  広い海を背景に僕たちは並んだ。 「は、はい!」 「えーっと、息子さんはお二人の真ん中に。お父さんは、もっと寄ってください」  芽生くんを中心に僕らは並び、さらに宗吾さんがグイッと僕の方に寄ってくれた。 「こうですか」 「はーい! あ、パパさん、もっと笑ってくださぁい!」  ん? さっきは『お父さん』で今度は『パパさん』? 他人事のように聞いていると、宗吾さんに笑われた。   「おい、『パパ』はみずきのことだよ」 「え?」 「じゃあ家族写真撮りますよ~ はーい、にっこりしてください」  パパ……? ここで、そんな風に呼んでもらえて嬉しい。  ここは『ゆめの国』 まだ外の世界では根強い、差別も偏見もない『ゆめの国』にいるのだ。 もっともっと心から笑ってみよう。  笑えばしあわせが近づいてくる。  ぬいぐるみを抱いた僕たちは、一枚の写真に収まった。 「ちゃんと撮れているか、ご確認ください。あ、メイくん、みずきパパさん、お誕生日おめでとうございます! 今日は新しい家族をお迎えになったのですね。これからは家族5人で仲良く過ごしてくださいね」  家族!五人? そうか、このぬいぐるみたちも家族と言ってくれるのか。  スタッフさんは生きていれば母と同い年くらいだろうか。 もう少しお若いのかな?いずれにせよ、今の僕の姿を明るく前向きに認めてくれて『家族』と言ってもらえて、嬉しかった。 「宗吾さん、嬉しいですね」 「あぁ、スタッフさんの気の利いた言葉に俺も感動したよ。君のお母さんにこの世で会ったような気分だったよ」 「僕もそんな不思議な感じがしました。僕の母も明るく前向きな人だったので」  もう会えない人だけれども、母からもらった愛をふと感じた。  母の記憶、ちゃんと僕の心に残っている。  それに気付くことが、最近とても多い。  毎日の中で、出逢う小さな幸せに感謝したい。  今日、スタッフさんからもらった素敵な言葉は、僕の宝物になる。  僕らを家族として見てくれる人がいる。  それが嬉しかった!  それだけでもありがたく、とても幸せなことだね。 

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