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夢から覚めても 6

「ひどい土砂降りだったな。まずは二人とも風呂に入って来い。風邪をひくぞ。おっと、靴下は玄関で脱げ~」 「はい! じゃあ芽生くん、まずはお風呂に行こうか」 「うん!」    宗吾さんはランドセルをタオルで拭いて、びしょ濡れの運動靴には新聞紙を丸めて詰めてくれた。 脱衣場で急いで服を脱いだ。芽生くんのズボンは色が変わるほど濡れていた。傘があってよかったが、結構濡れてしまったな。 「そうか、こんな日はレインコートと長靴も必要だね」 「……うん。みんなもってるよ。あ、あのね……」  芽生くんがパンツ一丁になって、もじもじし出した。 「どうしたの?」 「あのね……ようちえんのときのレインコートね、ランドセルをせおうときつくて……長ぐつも……もう小さいみたいで、足がね、いたくなるの」  しまった! またやらかした!上履きや文房具、給食袋作りに気を取られていた。  レインコートも長靴も幼稚園の物がまだ着られそうだと、勝手に判断して、買い直していなかったのだ。 「ごめん……ごめんね」 「え? お兄ちゃん? あやまらないでいいんだよ。だって、4がつはきつくなかったもん」 「そっか、芽生くんどんどん成長しているんだね」 「うーん、でも……まだ赤ちゃんがいい……」   芽生くんがピタッと僕の足にくっついてきたので、キュンとした。 「おいで、今日は全部僕が洗ってあげる」 「うん」  さっきから、待ちくたびれた子供の寂しさをひしひしと感じていた。  僕、家族が亡くなってからも雨が降ると下駄箱に母の姿を探してしまった。夏樹が具合が悪くて来られなかった日もあったが、いつもは……お母さんは誰よりに早く黄色い長靴と傘を持って来てくれたんだ。それで下駄箱で僕を見つけると、うれしそうに手を振ってくれた。 「みーくん! 一緒に帰ろう」  そう呼んでくれた。母とふたりで歩く道は雨でも楽しかったな。 「芽生くん……大好きだよ」  それ以上の言葉は、今日は出てこなかった。  宗吾さんも僕も仕事があるので、あの日の母のように一番に迎えには行けない。仕方がないことだけれども、今日の芽生くんの様子を見ていたら切なくなるんだ。 寂しい気持ちに……僕は敏感だからね。 「芽生くん、とても寂しかったんだね」 「お兄ちゃん……?」  ぎゅっと湯船で抱っこしてあげると、芽生くんも身を預けてくれた。 「うん……あのね……みんな帰っちゃうと、さみしいね。ひとりってさみしんだね……しらなかったよ」  ぽつりぽつりと出てくる言葉。  湯船にぽとりぽとりと落ちるのは寂しかった『こころ』 「うん、うん、さみしいよね。分かるよ」 「えへ、ちょっとだけ……泣いちゃったんだ」 「そうだったんだね。今も、さみしい?」 「あれ? 今は、どうしてないてるのかな」 「ほっとしたんだね」 「うん、おうちっていいねぇ……あったかいよ」  芽生くんにとって僕の存在が救いになっていればいい。  僕は芽生くんの存在に助けられているよ。 「お兄ちゃん、また、今日みたいに少しだけはやくきてね」 「うん! もちろんだよ」 「あ、でも急すぎないでね。お兄ちゃんがころんだりしたらいやだからね」  あれ? 菅野に言われたことと同じだ。  なんだか可笑しくなって「くすっ」と笑ってしまった。  すると芽生くんも「えへへ」と笑ってくれた。  よかった。  生きていると、良い時も悪い時もあるんだ。  人間だから、いつも上機嫌ではいられないよね。  それでも、気持ちを早めに調えてフラットにしていきたい。  せっかくの人生、凹んでばかりでは時間が勿体ないと思えるようになったんだ。  心を調えて……大波を小波にしていこう。  波に逆らわず身を委ねて……乗り越えて。   ****  芽生のランドセルに、丸めた絵が突っ込んであった。 「あーあ、濡れちゃったな」   広げてみると綺麗な色使いで、小学1年生の絵とは思えない瑞々しいものだった。  虹がかかる傘か……タイムリーだったな。 「ん? 雨が染み込んだのか」  ポツポツと絵が滲んでいた。もしかして、これは涙の跡なのか。 「参ったな。やっぱり1年生の子に7時までの放課後スクールはキツいよな」  幼稚園の時は母さんに頼むことも多かったが、今はなるべく頼らないようにしている。心臓の負担もあるし、兄さんたちと同居することになったのだから遠慮している。だが、やはりこんな時は母に相談してみよう。  母は、子育ての達人だからな。  俺も瑞樹も新米パパだ。兄さんもな。  だから経験者の言葉には、しっかり耳を傾けたい。 「宗吾さんあがりました。宗吾さんは?」 「俺は傘ナシだったから、帰って来てすぐにシャワーを浴びたよ」 「え? そうだったんですか」  瑞樹が心配してくれる。もう、それだけで幸せになれる。 「降り始めだったからそうでもなかったよ。それより君たちのことが心配だった」 「菅野が傘を貸してくれたんです。僕にも」 「そうだったのか、アイツ……マジでいい奴だな。誰かいい子はいないのか」 「それが、いないみたいで……菅野は本当にいい人だから、僕もしっかりお礼をしたいです」 「そうだな。また我が家に呼ぶか」 「いいですね! 芽生くんのことも可愛がってくれて……本当にありがたい存在です」 「だな」  その後、芽生くんと一緒に、広樹兄さんからの小包を開けてみた。 「わぁ!」 「え? このカーネーション、虹色だ」  中には、一輪の虹色のカーネーションが入っていた。 「あ……手紙が添えられています」  ……    瑞樹  元気にやっているか。もうすぐ兄さんも父さんになるよ。  最近思うんだ。  早くに亡くなった父親に贈る言葉は何か……  それは『感謝』だと思う。  父がいなければ、今の俺はいないだろう。  そして瑞樹の亡くなった父親にも感謝だ。  もうすぐ父の日だろ。少し早いがお産が控えているのでバタバタしそうだから、瑞樹のお父さんにも花を贈るよ。  ……  広樹兄さん。  涙が溢れてくるよ、こんなサプライズ!  虹色のカーネーションは白色のカーネーションに虹色の水を吸わせて色付けしていくものだ。そして「感謝」という花言葉を持っている。 「これは……兄さんが咲かせた花です。父さんにと……」 「そうか……良かったな、瑞樹」    今日の僕たちは……虹色づくしだ。  心に虹が架かるよ。  感謝の虹が、綺麗に弧を描いている。

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