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北国のぬくもり 8

四時起きの瑞樹を送り出してから、結局俺はまた眠ってしまった。  次に起きるともう八時半だった。 「うわっ、まずい、寝過ぎた!」  瑞樹がせっせと働いているのというのに……  芽生を見ると、シングルベッドに両手両足を大きく広げ、大の字ですやすやと眠っていた。そろそろ起こさないと、瑞樹と店番が出来ないぞ。   「芽生、そろそろ起きろ!」 「ん……お兄ちゃん、まだねむいよぅ」  芽生は隣に瑞樹がいると思って、枕をぎゅっと抱きしめてにっこり微笑んだ。   「おーい、もう瑞樹はいないぞ。先に仕入れに行った」  そこで芽生が慌てて飛び起きた。 「えー! ボクもいきたかったよぅ」 「瑞樹は四時起きだったぞ」 「えぇ! お兄ちゃん、すごいなぁ」  ん? 芽生の顔が汚れている。まさか……! 「芽生、お前、寝ている間に鼻血を出したのか」 「わ、お鼻の下が、ガビガビだよ」  興奮して眠ったからか、たまにやるんだよなぁ。明け方、瑞樹が出掛ける時は、大丈夫だったのに。それより布団を汚していないといいが。 「あー、パパ、どうしよう!」 「やっぱり汚しちゃったか」 「ご、ごめんなさい」  見事にシーツに小さな赤いシミが二つ並んでいる!  ぞ、ぞ、ぞ、これはまずいな。 「どうしよう~ これ、おばけの目みたいで、きもちわるいよ。ぐすっ」  芽生がぐずぐす泣き出す。  お化け嫌いだもんなぁ。こういう所は幼稚園の時と変わらないな。   「分かった! 分かったから、もう泣くな。シーツをもみ洗いしてやるから貸せ。瑞樹、ちょっと手伝ってくれないか」  おっと、瑞樹はいないんだった。こういう時瑞樹がいてくれたら、もっとスムーズだろうに。俺はどうもきめ細やかな性格ではないから、芽生を上手く慰めることも出来ない。   「パパぁ、おしっこ……」 「ちょっと待てって。シーツが先だろ」 「……でも、もれそう」 「じゃあトイレに行ってこい」 「ついて来て」 「ちょっと待て」 「ぐすっ、おうちのトイレとちがうんだもん。お兄ちゃん……どうしていないの?」  やれやれ、親子で瑞樹がいないとダメダメだな。  トイレの便座に深く座らせてやると、ホッとした様子だった。 「パパ、おっこちないように見ていてね」 「あぁ、分かったから早くしろ」    次にシーツを引っ剥がすとマットレスまで鼻血が染みてしまっていて、申し訳ない気持ちで一杯になった。事情を話せばいいのだろうが、ついいつもの癖で、シーツを風呂場でジャブジャブ洗ってしまった。  一方、トイレを済ました芽生は裸でうろうろしている。 「パパー おようふくはどこ??」 「待て待て、ちょっと待て! このマットレスのしみはどうすんだよぉ」 「わぁ~ どうしよう! これはあらえないね」 「うーむ」     まるで愛しい人と初夜を過ごしたかのような、マットレスの赤いシミに頭を抱えてしまった。   「瑞樹ぃ~ ヘルプ・ミー」  思わず天を仰いで叫ぶと、芽生に慰められた。 「パパ、今日はボクたちだけでがんばらなくちゃ! ボクがホテルのひとに鼻血のことはなすから、泣かないで」  健気な息子の言葉に猛反省だ!  芽生よ~ 初夜の出血なんて……阿呆なことを考えた、ヘンタイ父さんのことを許してくれ!   **** 「じゃあ行ってくるよ」 「うん、あ……クシュン!」 「瑞樹、寒いのか」 「ううん、今、呼ばれたような気がして」 「宗吾さんに?」 「気のせいだと思うけど、ふたりで大丈夫かな……心配だな」  瑞樹が真顔で心配している様子に、微笑ましい気持ちになった。 「瑞樹の方が、もう立派なお父さんだな」 「え?」 「芽生くんの、親になったんだな。お前はもう……」 「そうかな?」 「そう見えるよ、俺には」 「あ……ありがとう」  花のように微笑む瑞樹が、朝日に照らされて眩しく感じた。  最初からそうだった。  雨宿りしている樹の下で見つけた時から。  泣かないで、笑っていて欲しい。  そう願いたくなる眩しい存在だったんだぜ。 「兄さん、頑張って」 「あぁ、瑞樹もな、店のことを頼む」 「うん、任せて!」  明るく送り出してもらえて、本当に嬉しかった。  病院には瑞樹のアドバイス通り八時半には着けた。 「みっちゃん、おはよう!」 「え……ヒロくん、なんで?」 「早く逢いたくて来たんだよ」 「嬉しい!」  みっちゃんも満面の笑みだ。  みっちゃんは向日葵みたいな人だな。  いつも周りを明るく照らしてくれる。  そんなみっちゃんの笑顔を守るのが、俺の役目だ。 「緊張するね。痛いのかな。入院すらしたことないから、ドキドキしてるわ」 「そうだな。俺もだ」 「一緒だね」 「みっちゃんがお腹を痛めて産んでくれる子だ」  ふたりで、もうはち切れそうに膨らんだお腹を撫でた。 「ヒロくんの子供だよ」 「みっちゃんの子だよ」 「二人の子供だね」 「そうだ!」  家族が増えるっていいな。  ふと早くに亡くなった父さんのことを思い出した。 『広樹、悪いな……お前には申し訳ないことをした。もっとお前の父さんでいたかったよ。母さんをどうかよろしく頼む』  父さんは……病に冒され長い闘病生活だった。    別れるまでの時間は、充分にあった。    その分、別れる寂しさと後を任される覚悟が募った。 『花は人を癒やす……お前の心もきっと……』  あれから……父さんからの別れ際の言葉を胸に生きてきた。  母さんを支え、瑞樹を守り、弟と向き合い……  みっちゃんを手術室まで送り届けた。 「私ね、ヒロくんを早くお父さんにしてあげたかったから、楽しみだよ」 「……みっちゃん、本当にありがとう」 「頑張ってくるね」 「応援してるよ」  

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