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北国のぬくもり 9

 ウエディング装花を納品するレストランは、函館市内に最近出来たガーデン付きのイタリアンだ。 「故郷もどんどん変わっていくな……僕の知らないうちに」  寂しいのと嬉しいのが入り混ざる。  これって郷愁の想いなのかな。  兄さんが受けたオーダーメモを確認する。  納品時刻10時  ウェディング開式12時  新郎新婦の希望、すずらんと白薔薇がメインで後はお任せ。  よし、間違いないよな。  ここからは、スッと仕事モードになった。  時計は八時半前だ。量は多くない。落ち着いて集中すれば間に合う。店の開店準備と並行するので慌ただしいが、頑張ろう! 「瑞樹、おはよう」 「お母さん! おはよう」 「悪いわね。まだ腰が痛くて」 「大丈夫だよ。お母さんはゆっくりしていて」  起きてきた母をダイニングの椅子に座らせた。 「お母さん、朝ご飯を食べる?」 「そうするわ。ごめんね」 「謝らないで……作ったのは兄さんだし、そうだ、紅茶でもいれようか」 「ありがとう」    すでに広樹兄さんが用意してくれていた朝食をそのまま出した。食パンにサラダ、オムレツまである。兄さんだって4時起きだったのに、こんなにちゃんとした朝食まで準備して……本当に家族思いの優しい人だ。  大好きな、お兄ちゃん。 「美味しいわ。瑞樹にお紅茶をいれてもらえるなんて、夢のようね」 「大袈裟だよ、お母さん。これからはもっと帰省するから……いつでもいれるよ」 「うんうん。次は腰を治しておくから、私ともデートしてね」 「うん、そうしたいな」  素直に答えられた。僕だって函館の母をもっともっと大切にしたい。まだまだこれからだ。今まで出来なかった分も含めて、大事にさせて欲しい。   「じゃあ仕事にかかるね」 「ここで見ているわ。頑張って!」  デニムの作業用エプロンを身につけ、仕入れてきた花に向き合っていく。  祝福の気持ちを込め、花の気持ちに向き合い、寄り添っていく。  それが僕の流儀だ。  どのくらい集中していただろう? ドンドンっと扉が叩かれる音がして緊張が走った。少し顔が青ざめたのを、母には見つかってしまった。 「瑞樹、大丈夫よ。もう何も起こらないから安心して。ここには私もいるし、扉を叩くのはきっと宗吾さんと芽生くんよ」 「あ……そうか」    お母さんの言葉に、心を取り戻せた。 「お兄ちゃん~」 「瑞樹!」  お母さんの言う通り、可愛い声と逞しい声が聞こえたので、安心した。  扉を開けると、まるで数ヶ月ぶりの再会のように、ふたりに抱きしめられた。 「会いたかったぞ~」 「お兄ちゃん、あいたかったよぉ~」 「ど、どうしたんですか。一体……」 「いろいろ大変だったんだ。君がいないとメチャクチャで」 「え?」  慌ててしゃがみ込んで芽生くんの様子を確認したが、ボタンを掛け違えている以外は問題なさそうでホッとした。 「急いで来たんだね」 「パパがはやくはやくっていうから、がんばったんだもん」 「くすっ、そうか、お疲れさま」  宗吾さんを見ると、困り顔をしていた。  随分と疲労困憊ですね。  先ほど爽やかに僕を送り出してくれた時から、随分くたびれたような? 「あの……何かハプニングがあったのですか」 「瑞樹! よくぞ聞いてくれた! それがさぁ~ 鼻血がマットレスまで染みて落とすのに一苦労したのさ」 「鼻血って……」 「大量だったんだよ」  ちょ! お母さんに聞こえてしまう。宗吾さんが過去に鼻血を出したのは……記憶を遡ると、確か練乳事件の時だったような? ま、まさか……あれを思い出して?   「そっ、宗吾さん、また変なこと考えたんじゃないですかー」 「へっ?」 「もう、とぼけないで下さいよ。まさか……練《れん》……(まずい!)」  そこまで話すと、宗吾さんが破顔した。 「み、瑞樹ぃ~ 俺をヘンタイ扱いしないでくれよ。鼻血を出したのは芽生だぞ」 「あ! へっ……? あぁぁ……(自滅)」  居間からお母さんの笑い声まで、聞こえてくる。 「瑞樹、変なコントしてないで、早く中に入ってもらいなさい」  ぜぜぜ、全部聞かれた! 「お母さん。滝沢です。お世話になります」 「おばあちゃん!」 「宗吾さん、芽生くんいらっしゃい。今回はわざわざありがとう。助かるわ。何しろ腰を痛めちゃって……」 「瑞樹、少し挨拶してくるから、君は作業を進めて」 「はい! そうさせてもらいます」  作業をしながら耳を澄ますと、会話に花が咲いていた。   「お母さん、ぎっくり腰予防になるコルセットを土産代わりに持って来ました。コレ、今、業界で話題になっていてオススメなんですよ」 「まぁ嬉しいわ。何よりのお土産ね」  宗吾さん、いつの間に。  お母さんを大切にしてくれて嬉しいです。  それから芽生くんが絵を渡した。   「おばあちゃん、入学おいわいありがとう。これはね、ボクがかいた絵だよ」 「まぁ、これって去年北海道に来たときの?」 「うん、きょねんりょこうしたときのこと、おもいだしてかいたんだ」 「可愛い絵ね。嬉しいわ」  和やかな会話に、胸の奥が擽ったくなる。大好きな家族と僕の実家に帰省したのだなと……そう素直に思えることに、じんわりとした。   きっと天国の両親も夏樹も、喜んでくれている。  この地上で、優しい時間を重ねる僕を見たら。  生け込みの花に集中していると、ほぼ完成したところで、声をかけられた。  二人ともエプロンをしていた。 「瑞樹、店番は任せておけ。アレンジメントは出来ないが、セットしてある花は売れるぞ」 「はい、任せてもいいですか。お母さんに分からないことは聞いて下さい」 「だが君ひとりで納品大丈夫か」 「車で現地に行くだけですから、問題ないです」 「じゃあ車に積み込むのは手伝うよ」 「お願いします」  時計の針は9時40分、なんとか間に合った。  品良くまとめた装飾花は、そう規模の大きなものではなかった。20名ほどの家族での結婚式らしいから…… 「お、間もなくだな。帝王切開の手術……」 「はい。僕が戻ってくる頃には、きっともう産まれていますね」 「あぁ、気をつけて行ってこい」 「行ってきます」  不思議な気分だった。  葉山生花店から、宗吾さんに送り出されるなんて。   「お兄ちゃん、今日は3にんでお花屋さんだね。ボクもお手伝いがんばるね」 「瑞樹の役に立てて嬉しいよ」  ふたつの明るい笑顔に、僕の気持ちもどんどん上昇していく。  さぁ、晴れの日を迎えよう。

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