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北国のぬくもり 22
「お兄ちゃん、これ、本当にボクの机においてもいいの? 」
「もちろんだよ。それは芽生くんが沢山お手伝いをしてくれたご褒美だよ」
「うれしい! うれしいよー」
芽生くんがはちきれそうな笑顔を浮かべてくれたので、僕も気持ち良くなった。
芽生くんの心と僕の心って、連動しているようだ。
「あのね、お兄ちゃん……」
もじもじと芽生くんが何か言いたそうだ。
「んっ、何かな?」
「あのね……いつもボクの話すこと、ぜんぶ聞いてくれてありがとう」
「え? もちろんだよ」
「えへへ」
僕にとっては芽生くんの話してくれる言葉は全部宝物なので意識していなかったのに、そんな風に言うなんて……何かあるのかな?
するとすぐ横で、宗吾さんが参ったなという顔をしていた。
「あの?」
「あー悪い。俺さ……離婚するまで、芽生の話をろくに聞いてなかったんだ」
「なるほど、だから」
「……『あっちに行ってろ。子供が聞く話じゃない』って、邪魔者扱いしちまってたなぁ。芽生は今よりもっと小さかったのに、そういうのちゃんと覚えているんだな」
宗吾さんは頭を掻きながら、溜め息をついた。
「ですが、それはもう過去のことですよ。今の宗吾さんはちゃんと芽生くんの言葉にしっかり耳を傾けています」
「そう言ってくれると救われるよ。君と出会って、君と芽生の会話に学んでいるのさ」
「そんな、僕はただ……」
ただ、今……この世で話せることが嬉しくて、嬉しくて。
対話できることが嬉しいからなんです。
その言葉は口には出さず、ニコッと宗吾さんに微笑みかけた。
「み、瑞樹、よせっ、そんな可愛い顔をして、誘っているのか」
「も、もう――くすっ、どうしていつもそうなるんですか」
そこで背中をツンツンと指で押された。
「パパとお兄ちゃん、レジの列、すすんでいるよ-」
「あ!」
「ごめんごめん」
****
「ヒロくん、また明日ね」
「あぁ、明日からは夕方になるがいいか」
「もちろんよ。瑞樹くんたち、もう帰ってしまうのね。少し寂しいね」
「また来てくれるさ」
「そうね!」
病院からの帰路、俺はワクワクしていた。
もうすぐリニューアルした葉山生花店と、ご対面だ。
一体、どんな風に変えてくれたのか、楽しみだな。
ところが、遠くに葉山生花店が見えて来たのに、灯りがついていない。
「あれ? もう店じまいか。それにしても人の気配もしないが、皆でどこかに行ったのか」
先ほどまでのワクワクした気分が、急激に萎んでいく。
俺だけ取り残されたような気分になってしまった。
……ひとりって寂しいもんだな。
瑞樹は、ずっと……こんな寂しい想いを重ねてきたか。
俺、頑張っても……お前の心の一番奥まで辿り着けなかったな。
そして潤、お前にも謝りたい。
父さんと過ごす時間がなかったお前の寂しさを、もっと理解してやるべきだった。
母さんも……ごめん。
父さんと死に別れて寂しかったよな。俺じゃ不足していたよな。
あれ? なんだか今日の俺、変だ。
胸の奥に押し込めていた感情が動き出している。
ざわざわ、ざわざわと。
でもさ……俺もずっと大変だったんだぜ。
父さんが俺に託した想いを引き継いでから、父さんの代わりにしっかりしないと。早く大黒柱にならないと……気ばかり焦っていた。
もしかしたら……肝心な部分の詰めが甘かったのでは?
恋をする暇も無いほど働いた。
母さんに楽をさせたくて、弟たちがいつでも頼れる兄でいたいと必死に努めた。
今、灯りの消えた葉山生花店を目の辺りにして、ようやく俺自身の心を見つめることが出来た。
俺も大変だった。
俺も寂しかった。
俺も……泣きたかった。
あ、ヤバイ! 変な感情が込み上げてくる。
今、ここで……泣きそうだ!
そこに優しいオルゴールのメロディが流れてくる。
どこか懐かしい、心に沁みる音楽だった。
不思議に思いながら店の扉を開くと、パッと電気がついた。
世界が一転した。明るくなった!
「兄さん、お帰りなさい! 兄さん、赤ちゃん誕生おめでとう!」
見渡せば、瑞樹、潤、母さんの顔、宗吾と芽生くんもいるじゃないか。
「ど、どうして?」
「驚かせたくて! 見て、兄さん!」
店は見違えるように明るくなっていた。
壁には瑞樹のお手製のスワッグやリースが飾られ、ボロボロだったブリキのバケツには綺麗にペンキが塗られ、棚の上に整然と並んでいた。
そしてチューリップや薔薇には可愛い花言葉カードが添えられている。
足下にはすずらんで飾られたウエルカムボードまで。
「すごい……すごいな」
「気に入ってもらえた? 兄さんとみっちゃん、優美ちゃんの部屋も、ほらっ」
瑞樹が見せてくれる世界は、明るくて可愛くて眩しかった。
「う……っ、うう」
「に、兄さん?」
「ああぁ……うううっ」
「どうしたの? みんな兄さんが大好きだから……兄さんに喜んで欲しくて、一つになって作りあげたんだよ」
その場で泣き崩れてしまった。
男泣きに泣いた。
ずっと我慢していたものが、決壊したのだ。
俺だけ頑張っていたのじゃない。
ちゃんと俺の思いが、ひとりひとりに届いていたんだ!
「……兄さん、あのね……兄さんがお父さんになる瞬間に立ち会いたくて、お祝いを直接言いたくて、笑顔が見たくて、駆けつけずにはいられなかったよ。な、潤もだろう」
「あぁ、そうだ。兄さん、俺……突っ張っていたが、いつも兄さんが見守ってくれていてうれしかった」
潤も? 潤がそんな台詞を言うなんて。
「そうだよ。兄さん、僕がどんなに広樹兄さんの存在に救われたか……兄さんがいてくれなかったら、大変なことになっていた。兄さん、大好き……いつもありがとう」
瑞樹……瑞樹、負担ではなかったか。俺の愛……
「広樹、お父さんが亡くなってから負担ばかりかけてごめんね。このお店はあなたのものよ。あなたたち夫婦の好きなようにして欲しいの。今までごめんね、そしてありがとう。お母さんね……広樹がいなかったらがんばれなかった。これからもあなたは大切な息子よ。広樹……」
トドメは、母の抱擁だった。
報われていく、今までの想いが!
満ち足りていく、心の空洞が!
「うう……っ、みんな、みんな……ありがとう!」
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