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北国のぬくもり 23

「ごめん、俺、格好悪くて……ごめんな」  広樹兄さんが、泣いた。  リフォームした店内を驚かせようと、電気を消して待っていた。ところが薄暗い部屋に入ってきた兄さんの顔がいつもと全然違い、強張っていたので心配になってしまった。  芽生くんの鳴らしたオルゴールの曲が、涙の呼び水になったのか。  このメロディはドイツの民謡で、まるで広樹兄さんのような歌詞がついているのを、僕は知っていた。 『一羽の小鳥がやってきて 私の足元にとまった。くちばしにはあの娘からの挨拶が書かれた手紙があったよ。鳥さん、また飛んでいって、今度は(あの娘の)挨拶と口づけを持って帰ってきてね。僕はここに居なくちゃいけないから。一緒についていけないんだ』 出典:シュンゲラ編:小鳥ならば『Kommt ein Vogel geflogen』 「いつだって僕の故郷……北の大地を守ってくれたのは、広樹兄さんだよ」 兄さんが僕を引き取ると言い出してくれなかったら。実の兄弟のようにその日から親しみを込めて『瑞樹』と呼んでくれなかったら。気が狂いそうな程の怖い夢を見て……泣き叫ぶ僕と添い寝してくれなかったら……  兄さんがいなかったら、今の僕はいない。  母さんに肩を抱かれる兄さんに歩み寄り、僕も抱きしめた。 「兄さん、兄さん、今までありがとう。これからは僕らも頼って欲しい。皆、兄さんのことが、大好きなんだ」  僕は言葉を惜しまない。 今、言えるタイミングなら……全部伝えたい! 「そうだぜ、兄貴。オレも少しは役立つはずだ。ペンキ塗りは軽井沢で鍛えられたんだ。どうだ?」  広樹兄さんが、ようやく顔を上げてくれた。  目を真っ赤にし目元を腫らしていたが、ずっとやりたいことも我慢して、僕たちを守り育ててくれた広樹兄さんという男性の泣き顔は、最高に格好良かった。 「兄さんって泣き顔も、すごくカッコイイ……」  思わず感嘆の溜め息を漏らすと、兄さんがいつものように笑ってくれた。 「ありがとうな。泣いちまって照れ臭かったが、瑞樹がそう言ってくれて嬉しいぜ」 「兄さん!」  褒められたのが嬉しくて、僕は小さな子供のように、兄さんに抱きついて甘えたくなった。 「お兄ちゃん! 大好き!」  芽生くんに僕が言われて嬉しい言葉を、僕は僕の兄に伝える。 「ははっ、久しぶりに出たな、瑞樹の『お兄ちゃん』呼び」 「うん!」   兄さんはもう泣き止んでいた。 「それにしても、すごいな。見違えるように綺麗になった。うちの店じゃないみたいだ!」  キョロキョロ不思議そうに見渡す兄さんに、母さんが告げる。 「広樹、これからはあなたが店主よ。広樹……みっちゃんと二人のお店にして、自由に好きなことをしなさい」  今度は母さんが目元に涙を浮かべている。  そうだ……ここは、お母さんとお父さんの思い出のお店でもあった。   「瑞樹、潤、宗吾さん、芽生くん、ありがとう。あのね……この壁を残してくれて嬉しかったわ」 「あ……」 「お店にした時、最初は壁紙を貼っていたんだけど……カビてきちゃって、リフォームしたのよ。お父さんと二人で力を合わせてしたの。まだ発病前だったからお父さん、とっても元気でね、本当に頼りになる人だったの。今日のあなたたちの後ろ姿を見ていたら、お父さんを思い出しちゃった」  そうだったのか。壁紙を貼らなくて良かった。古き良きものを活かすリフォームにして良かった。 「瑞樹、そろそろ飛行機の時間だぞ」 「あ、本当だ。兄さん、そろそろ行くね」 「あぁ、瑞樹、宗吾、芽生くん、本当にありがとう」 「兄さん、みっちゃんが退院したら、ケーキを買ってお祝いしてあげて」  僕はご祝儀袋を手渡した。出産は物入りだって知っている。自由に使えるお金が必要だってことも。学生時代……僕が兄さんにお小遣いをもらっていたから、くすぐったい気持ちだ。 「いいのか。助かるよ、ありがとうな。こんなに愛らしい可愛い子供部屋もありがとうな。あ、そうだ、芽生くん」  広樹兄さんが、本屋の包みを芽生くんに渡してくれた。 「これは手伝ってくれたご褒美だよ」 「え? なんだろう? あけてもいい?」 「もちろんさ」 「わぁ!」  それは、小学生向けの『花図鑑』だった。 「もう小学生だから、もっと情報があってもいいよな? またうちの花屋の助っ人にきてくれるか」 「うん! うん!」 「本当に、めんこいな~」  広樹兄さんがジャンプして喜ぶ芽生くんを、大きく抱き上げてくれた。 「まだ軽いから、持ち上げられるな」 「わぁ~ おじさん、高い!」  芽生くんも満面の笑みだ。 「優美とはいとこみたいなもんだ。仲良くしてな」 「もちろんだよ~! かわいいもん!」  潤はもう一泊出来るそうなので、僕たちだけ先に帰ることになった。 「兄さん、また来るからね!」 「あぁ、いつでも気軽に帰って来い。俺はなかなかそっちに行けないから、ここで待っているよ」 「そうするよ。僕の故郷は……兄さんが守ってくれる。だから僕は安心して飛び立てるんだ」  まるでオルゴールの曲の歌詞みたいだ。  芽生くんが鳴らしてくれた音色が、脳内でリフレインしている。  心地良く、暖かく。  北国にいる家族のぬくもりを、存分に享受できた。  これが僕の『帰郷』だ。  こんな日を目指して生きてきた。  だから嬉しくて、嬉しくて、少しだけ視界が霞んでしまった。                    『北国のぬくもり』 了 あとがき(不要な方はスルーで) さて、今日で『北国のぬくもり』も23話でお終いです。いかがでしたか。あのおぞましい帰郷を、ハートフルに塗り替えられましたね、瑞樹……! 広樹も泣けてよかったです。 函館の母、広樹……潤、全員揃って、家族の想いを深め合えましたね。 昨日のあとがきにも書きましたが、オルゴールの音色は 私の創作ホームページ内のブログに動画で掲載しています。 https://seahope0502.wixsite.com/website-1/post/オルゴールの音色 とても可愛いミュージックビデオを見つけたのでぜひ。 次は少し季節を飛ばして夏休みの話にしようかなと思っています。リアル季節は秋ですが。

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