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湘南ハーモニー 1

「いい旅になったな」 「はい……広樹兄さんのために集まれて良かったです。でも僕は知らず知らずのうちに、兄さんに負担をかけていたのかもしれません。今日、兄さんがまさか、あんなに泣いてしまうなんて……予期していませんでした。それが本音です」  飛行機の中で、瑞樹は困惑した様子で眉をひそめた。   「瑞樹、よく聞けよ。確かに広樹は背負うものが多かったかもしれないが、そこまで負担には思っていなかったはずだぞ」 「……そうでしょうか」 「あぁ、そうだ。だからこれからも甘えてやるといい」 「はい、分かりました」  瑞樹はいくらか安堵した様子で背もたれに深くもたれ、安堵の溜め息を漏らした。 俺は広樹と似た部分があるから分かるのさ。アイツは甘えてもらうのが好きな類いの人間なのさ。俺も相手に頼られ甘えてもらえることで、自分の存在意義を実感できるんだ。 「ちなみに瑞樹、俺も甘えてもらうの大好きだぜ」  期待を込めて笑いかけると、瑞樹の目元がまた赤く染まる。  おぉ~早速、意識してくれたのか。  そういう過敏な反応がいつも可愛いんだよな。 「えっと……ここではダメです。帰ったら」 「いいのか」 「も、もう、静かにシテ下さい」 「また?」 「あ……っ」  窓際で雲を眺めていた芽生は、いつの間にかぐっすり眠ってしまったようだ。  瑞樹が優しく芽生の胸元にブランケットを掛けたので、俺もと強請った。 「くすっ、はい、どうぞ。大きな子供のようですね」 「俺は大人だから、こうするためさ」  すぐにブランケットの中に君の手を招き入れて、指と指を絡め合う。 「なぁ、俺ともスキンシップしてくれよ」 「も、もう――」  散々兄弟仲を見せつけられたんだ。これくらいシテもいいよな?  函館から戻り、またいつもの日常が戻ってきた。  俺と芽生と瑞樹の生活が、順調にクルクルと回り出す。  俺たちの歯車は変わりなく、しっかりと噛み合っている。  お互いが協力しあって、歩み寄っているいるから狂わない。  やがて月日があっという間に過ぎ、夏休み前日になっていた。 「芽生、明日は終業式だろう。もう準備はいいのか」 「うん、パパがおむかえに来てくれるんだよね?」 「あぁ、俺が行くよ」 「よかった~、朝顔をもってかえるんだって。夏休みのシュクダイだからからさないようにしないといけないんだよ」  へぇ、懐かしいな。観察日記をつけるのは俺が子供の頃と同じだ。 「でもね……お兄ちゃん、あのね……」 「ん? どうしたのかな?」 「それがね……ボクの、ちょっと元気がないんだ」 「そうなの? じゃあ持ち帰ったらしっかり見てあげるね」 「よかった~」  瑞樹が芽生と一緒に終業式の持ち物チェックをしながら、優しく微笑みあっていた。  平和だな、幸せだな。  しみじみと思う、食後の団欒だ。 「瑞樹、菅野くんには話がついているのか」 「はい! 江ノ島行に行く話は、ちゃんとしてありますよ」 「じゃあ、洋くんたちに連絡は?」 「あ、まだです。日程を決めてからにしようと」 「そうだな。あそこは寺だし、お盆は外した方がいいだろう」 「そうですよね。海で泳ぐのなら……やっぱりお盆前がいいのでは?」 「だな」  夏にやりたいことを、それぞれあげてみた。  芽生は、海、プール、お祭り、花火と、とにかく夏らしさ全開だ。  俺はさらに旅行、ドライブ、買い物を付け加えた。 「瑞樹は?」 「え? 僕も言うんですか」 「当たり前だ」  話をふられると思っていなかったようで、瑞樹が困った顔になっていた。  相変わらず、謙虚だな。 「あの、皆で揃って……お出かけがしたいです」 「うん、しよう!」 「あぁ、しよう!」  もちろんだ。芽生と俺の声もバッチリ揃う!  君がいないと話にならないよ。  そんな訳で、沢山の期待と希望を背負って、いよいよ芽生の夏休みが始まる。 **** 「葉山~、明日からだな。待っているぞ」 「菅野、本当にいいのか。泊まりでなんて申し訳ないよ」 「いいって、いいって。俺の親ってお節介なんだよ。部屋は余っているんだし、子供も大人も海で遊ぶと疲れるぜ。だから実家に泊まっていけよ」  江ノ島に一泊したいと思ったがONシーズンでどこも満室だった。それを菅野に相談すると、なんと菅野のご実家に泊まる手配を整えてくれた。でも本当に大丈夫かな? 菅野は気にするなと言うが、宗吾さんとの関係をどう説明すべきか…… 「瑞樹ちゃんの心配は分かる。だが俺の家族はいちいち詮索しない」 「う……うん」 「芽生坊よりちょい下の甥っ子がいるんだ。一緒に遊んでやってくれよ」 「分かった」  続いて菅野と別れてから、僕は一本の電話をした。 「もしもし……」 「あ、瑞樹くん!」 「あの……予定通り、明後日伺ってもいい」 「もちろんだよ。兄さんたちも、丈も楽しみにしているよ」  電話の向こうは、月影寺の洋くん。深い縁あって知り合った僕の友人で、会うのは久しぶりだ。  彼は僕を救ってくれた恩人でもある。あの日、傷ついた僕に会うために駆けつけてくれ、僕のために心を砕いてくれた人だから、定期的に会って交流している。 「まずは、江ノ島を楽しんで」 「ありがとう」  縁があった人は大切にしたい。    今も繋がってくれていることに、感謝を忘れない。  それが僕の生き方だ。 あとがき(不要な方はスルー) **** 本編は今日は新しい段への導入で、正確には明日から夏休みspecialとなります。 リアルでは……夏はとっくに終わってしまいましたが、この夏は緊急事態宣言中で楽しめなかった方も多いはず。創作の中でバカンスを楽しんで弾けて下さい。『重なる月』の彼らともコラボしていきますので、少し余興的な話になるかと思います。肩の力を抜いて、ゆるりと楽しんでいただければ嬉しいです💕     

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