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湘南ハーモニー 3

「お兄ちゃん、お帰りなさい! あのね、あのね」  仕事から帰宅すると、芽生くんが飛んで来て、僕の手を引っ張った。  くすっ、また朝顔の話かな?   終業式に持ち帰った朝顔……最初は元気がなかったが、芽生くんがしっかりお世話をしたお陰で、すっかり元気になっていた。  だからベランダに移動させていた。  毎朝、観察日記をつけているので、夏休みモードの芽生くんは寝ても覚めても朝顔のことで一杯のようで、それはそれで可愛い。  僕の方は明日から三日間休みを取るために残業続きで忙しかったので、芽生くんとのたあいもない会話に癒やされたかった。 「見てみて~ どのつぼみも、こんなにふっくらしてきたよ」  芽生くんが指さした蕾を見つめて、僕もほっこりとした。    「きっと明日には咲くよ」 「楽しみだな~ 何色だろう?」 「そうだね、たぶん……」  蕾の色からして……あ、まだ教えない方がいいのかな? 「あのねあのね、今日おばあちゃんと公園に行ったら、ひさしぶりにコータくんに会って遊んだんだよ」 「わぁ、よかったね」   コータくんは芽生くんの幼稚園時代の親友だ。小学校が別々になってしまったので寂しそうだったので一緒に遊べたようで良かった。 「コータくんの朝顔は青だったって。それであかりちゃんにも会ったんだけど、ピンクだって」 「そうなんだね……あの、色は男の子と女の子で決まっているの?」 「ううん、先生はいろんな色があるっていってたよ。男の子でもピンクかもだって。でもピンクでも可愛いよね。あーちゃんとゆみちゃんみたいだし、でも、やっぱりボクは青がいいな」  うーん、どう答えていいのか分からないな。 「そうだね。明日のお楽しみにしようね」 「そうだ、旅行のあいだは朝顔、どうするの? 枯れちゃわないかな?」 「そうだね。また魔法をかけようか」 「やった~ ようせいさんの登場だ」 「くすっ、僕と一緒に水やりマシーンを作ろうか」    2~3日の不在なら、これで凌げるはずだ。 「宗吾さん、使っていないバケツと布はありますか」 「はいはい、妖精さん♡」 「ん? その呼び方はちょっと」  先日とうとう宗吾さんがPCで妖精の衣装を検索している場面と出くわしてしまったのだ。必死に謝っていたが、あれは絶対に買うと思う。でも宗吾さんが喜んでくれるなら、それもいいのかも。いや……あんな薄い布の衣装を着たら身体のラインが透けてしまうよ。それって……宗吾さんを煽ってしまうよなぁ。そうなると宗吾さんはとても激しくなるから、僕は寝かしてもらえないかも。うーん…… 「お兄ちゃん……お口が笑っているよ? なんだか、パパみたい」 「わ! こ、これは……」 「えへへ、おばあちゃんが言っていたよ。『にたものふうふ』だって」  ドキッ! そっ、それって、夫婦が互いに性格や好みが似てくることを言うのだよな? も、もう、お母さんまで!  途端に顔が真っ赤になる。  僕も宗吾さんみたいになってしまうのかな? 少し……とっても、い、いやだー! 「瑞樹、百面相をして、どーした?」 「も、もう――」 「ほら、バケツと布きれ。何を作るんだ?」 「あ……自動給水器ですよ」 「へえ、こんなので代用できるのか」 「えぇ」    バケツとボロ布を使う簡単な方法で、不在でも水やりが出来るんだ。 「芽生くん、この布を、こんな風にくるくると捩ってくれる?」 「うん! お手伝いする!」  朝顔の鉢の隣に満杯の水の入ったバケツを置く。鉢がバケツより高くなるように設置するのがコツだ。そしてボロ布で作ったロープ状のものをバケツに垂らし、もう一方を鉢の土に埋めるんだ。 「さぁこれでOKだよ。土が乾くとね、バケツから鉢へ水が自然に伝わるんだよ」 「わぁ、すごい! やっぱりお兄ちゃんはヨウセイさんだね。だーいすき」  芽生くんに飛びつかれて、ほんわかした心地になった。 「……あのね……コータくんのお家は旅行中、おばーちゃんにたのむって。でもボクは……おばあちゃんには、ちょっと大変かなって思っていたんだ。また病気になったらいやだもん。だからよかったぁ」 「芽生くん……」  小さな気遣いに、感動してしまった。  3日間以上、家を空ける時は正直厳しいが、今回は2泊3日なので、これで対処できるはずだ。  そうだね、何でも簡単に頼むのではなく、自分に出来る方法を模索するのも時には大切だね。僕も勉強になるよ。  でも……朝顔の色、大丈夫かな?  その晩、宗吾さんにその不安を話すと、宗吾さんが背中をポンポンと叩いて抱きしめてくれた。 「瑞樹は優しくて可愛いな。そんな心配は不要だぜ」  ちゅ、ちゅっとキスをされて、ポカポカ気分になった。 「希望の色じゃなくても、芽生が一生懸命手入れして咲かせた朝顔だ。きっと気にいるよ。どんなことにも、きっと意味があるのさ」 「そうですよね」 「それより、さっき何でにやけていた? 妖精って言葉に過敏に反応するのはなぜだ?」 「あ……んっ。そんなとこに触ったら駄目……気持ちよくなってしまいます」 「気持ちよくしているんだよ。お疲れだからマッサージさ」 「あ……うっ」  翌朝、朝顔が一斉に開花していた。  とても綺麗な色だった。  これなら、きっと芽生くんも気に入ってくれるだろう。  そして今日から、いよいよ江ノ島・鎌倉旅行のスタートだ。  「瑞樹、いよいよだな」 「はい! あの……よろしくお願いします」 「昨夜も可愛かったよ」 朝日を浴びながらのモーニングキス。  子供部屋から、可愛い声も聞える。 「お兄ちゃん、朝顔を見に行こう!」 「おいで、とても綺麗な色だよ」  半袖のパジャマ姿の芽生くんが駆けてくる。  芽生くんの朝顔には、純白の朝顔が咲いていた。 「わぁ……びっくりした。朝顔に白もあるんだ。めずらしいね」 「雪みたいに綺麗だね」 「うん! お兄ちゃんが好きな雪の色だね」  白い朝顔の花言葉は――  固い絆  あふれる喜び  まるで僕たちみたいだね。  少し珍しいけれども、固い絆で結ばれて  その結び目からは愛が溢れているよ。

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