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湘南ハーモニー 4
「よし、出発しよう」
「はい!」
江ノ島へは、電車で行くことにした。
車でドライブもいいが、江ノ電やモノレールに乗せてやりたいというのが理由だった。
小学生の夏休み、沢山の思い出を作って欲しいよ。
「瑞樹、君は江ノ島に行ったことがあるのか」
「いいえ。恥ずかしながら、ありません」
「おっ、やったな! 初めてか」
宗吾さんが小さくガッツポーズする。
「くすっ、はい、初めてです」
「ううう、嬉しいよ」
宗吾さんは本当に明るい人だな。僕の初めてがそんなに嬉しいなんて。
僕こそ、宗吾さんと迎える初めてが愛おしくて愛しくて。
「しかし、なんでこんな大荷物なんですか」
「瑞樹に着せたいものを、色々詰め込んできたのさ」
「え?」
着せたいものって何だろう?
嫌な予感しかしないですよ。
****
江ノ島。
菅野良介の実家。
「良介ー、早く起きな!」
「いてて! 姉貴って、今、何キロ? ほっ、骨が折れる」
「何、ヤワなこと言ってんの!」
毎朝の恒例行事のように姉貴に乱暴に扱われ、目を覚ます。
あーあ、葉山がこんな姉貴を見たら怖がらないか不安だな。
「姉貴、今日泊まりに来るのはさ、俺の大事な大事な同僚なんだ。とっても可愛いヤツなんだ。それから同僚の大切な親子も一緒だから、くれぐれもお淑やかに頼む」
土下座する勢いだ!
「ふぅん。あんたがそんなに頼むなんてよっぽど大切な子なのね。大丈夫、取って食いやしないわよ」
「食うって!?」
もう駄目だ……不安しかない。
あー 軽率だったかな? 我が家に泊まってもらうの。
せっかくの芽生坊の夏休みだ。泊まりがけで江ノ島を存分に楽しんでもらいたいんだよ~! 何か粗相があっても許せよ。まぁ葉山なら優しく許してくれるかな?
「いいかぁ~ ありのままを受け止めてくれよ」
「分かった分かった。ほら迎えに行くんでしょ。可愛い子を連れといで」
ドンっと強く背中を叩かれて、弾みでお茶を吹いたじゃないか。
やれやれ、姉貴は豪快で大胆だが変な偏見はない。葉山と宗吾さんの間に察するのものがあっても、決して冷やかしたりしない。それだけは分かる。だから安心して来いよ。
江ノ電、江ノ島駅。
改札で今か今かと待っていると、馴染みの顔が見えてきた。
「おーい! こっち、こっち」
「菅野!」
我が社のアイドルと言われるだけある葉山の可愛いスマイルに、俺の頬もにふにゃっと緩む。
「宗吾さん、芽生坊もようこそ!」
「やぁ、世話になるよ。しかし本当に泊まらせてもらっていいのか」
「えぇ、もちろん! 実家は土産物屋ですが、以前は民宿もしていたんですよ。姉一家が同居するようになってやめたんですが、部屋が一部屋余っているんで」
「そういう理由か。そうだ、菅野くんにちょっと聞くが」
宗吾さんは葉山とは真逆の性格で、好奇心旺盛で豪快、大らかな性格なのだ。俺との相性も悪くない。っていうか宗吾さんの考えが手に取るように分かるんだよなぁ。
「ちなみに、風呂は別です」
「お! ははつ、君の実家ではしないよ」
するって……? ついモクモクとモザイク柄の場面を想像して、顔が赤くなった。
そうだよなぁ。葉山と宗吾さんって恋人同士だから、男女が寝るように身体を重ねるのは当然だよな。ピュアで甘いマスクの葉山をチラッとみて、妙に納得してしまった。
「おい。変な想像するなよ」
「いや……その、えっと……心置きなく家族風呂を楽しんで下さい」
「菅野くんは、顔に出やすいな」
ボソッと言われて更に赤面だ。
葉山、すまんー!
「くすっ、菅野、大丈夫? あれ?顔が赤いね。もう、日焼けした?」
「あぁ、昨日から帰省していて、もう一泳ぎしたからな」
「いいね。早く僕も泳ぎたいよ。あぁ、空が青いね、海が近いからかな?」
葉山が手を空にあげて、大きく伸びをする。
その横で芽生坊も真似をする。
「お兄ちゃん、海の音がするね」
「うん! 菅野、海はどっち? 江ノ電の中からもキラキラ輝く海が見えて、待ち遠しいよ」
「了解! 早く泳ぎたいよな。今日は絶好の海日和だ。だが、まずはその大荷物を置かないとな」
俺は荷物を持つのを手伝い、橋を渡った。
橋の向こうの江ノ島入り口に、実家の土産物屋がある。
「菅野、僕ね……友達の家にこんな風に泊まるのって、久しぶりなんだ。だから少し緊張している」
「いつ以来?」
「……小学2年生の時以来かな」
「へぇ……」
聞いてもいないのに葉山が饒舌になる。
「家が牧場の友達がいて、そこの家に泊まったんだよ。楽しかったな。朝早くに乳搾りさせてもらったり、そこの家のお姉さんに可愛がられて……」
「葉山、もしかして姉貴が欲しかった?」
葉山には優しいお姉さんか~ うん、似合うな。
「欲しかったかも」
「うちにも一応いるんだけど、期待すんなよ」
「あ、そうだったね。菅野のお姉さんに会えるの楽しみだよ」
「あ、あぁ」
きっと、ここまで来るのに色々あったはずだ。葉山は家族を夏前に亡くしたので、夏を純粋に楽しめなかった時期が長かったのだろう。だから今回はさ、芽生坊はもちろん葉山にも、楽しい夏の思い出を作って欲しいよ。
「弟がいて……夏生まれだったんだ。だから夏が大好きだったんだ」
「そうだったのか。また好きになるか」
「うん……また好きになりたい。宗吾さんと芽生くんと過ごしているからかな。僕ね……もう目を背けないことにしたんだ。幸せなもの、美しいもの、巡りいく季節から」
「だから今回は積極的に来てくれたんだな。入社した年の夏から誘っていたのにさ」
葉山が申し訳なさそうな顔をした。
「悪かった」
「謝るなよ、今来てくれたじゃないか」
「うん……これからはいろんな所に行ってみたい。だから一緒に出掛けたりもしよう」
「おいおい、宗吾さんと芽生くんと行けよ」
「行くよ。でも……僕、親友とどこかに遊びにいくのも……してみたい」
はぁ、切ない、切ない、切ないけれど嬉しい。
最高に嬉しい!
葉山が俺のこと親友と呼んでくれる度に、嬉しくなる。
この歳になって出逢えた親友は一生ものさ。
「俺も嬉しい!」
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