835 / 1741
湘南ハーモニー 5
鎌倉駅で乗り換えた江ノ電という電車は、とても新鮮だった。
「わぁ~ お兄ちゃん、この電車って、おじいちゃんみたいだね」
「おじいちゃん?」
僕は祖父の存在を知らないが、仏壇の写真、深緑色のベストを着て微笑んでいる宗吾さんのお父さんの姿が思い浮かんだ。
「そうか、電車の色と同じだもんね」
「そうなの!」
レトロな駅舎や車両、車窓から見える輝く海、青い空、白い雲が、旅行気分を盛り上げてくれる。
「お兄ちゃん、ボク、ワクワクしてきちゃった」
「うん、僕も同じだよ」
「江ノ島なんて久しぶりだな。学生時代によく来たんだぜ」
僕たちは電車にコトコト揺られながら、笑顔を届け合った。
江ノ島駅に着くと、菅野が出迎えてくれていた。
なんだか擽ったいな。宗吾さんと芽生くん、僕たちの親族以外の誰かを訪ねて遊びに来たのは、初めてだ。
菅野とは新入社員で同じ部署に配属になり、もう五年目だ。お互いに程よい距離感を保ち、それでいてとても頼りにし合っている。仕事面では切磋琢磨しあう間柄で、つまり僕にとって大切な存在だ。
学生時代は一馬以外の人には、なかなか心を許せなかった。だから僕が出逢った貴重な親友と呼べる人だ。
まずは今日泊まらせてもらう菅野の家に向かうことになった。
菅野は宗吾さんと積極的に話してくれるので、僕は芽生くんの手を繋いでゆっくり歩けた。時折、チラチラと振り返っては、観光ガイドのように説明してくれる。
「葉山、あそこが『片瀬東浜海水浴場』だぜ」
「駅からすぐなんだね」
「そ! 便利だぜ。遠浅だから芽生坊でも安心して遊べるし、海の家もあって面白いよ」
「うん! 楽しみだよ」
人で賑わう海岸……いつも人の輪を避けて生きてきた僕が、ここにいることが感慨深い。
やがて大きな橋が見えてくる。
「これが歩行者用の弁天橋だ。ここを渡ればいよいよ江ノ島だぜ」
すぐに飲食店や土産物店などが、両側にぎっしりと並ぶ通りが見えてきた。
「で、ここからが『弁財天仲見世通り』さ、『江島神社』まで続く参道になっているんだ」
そこは沢山の人で賑わう商店街で、呼び込みの声や観光客の笑い声が賑やかだった。明るい活気が溢れていた。
「お、お兄ちゃん」
芽生くんの声が上擦っている。
「おもちゃ……いっぱい。ほら、刀もうってる。すごい」
キラキラと目を輝かせて可愛いな。
芽生くんは夢一杯、おもちゃが大好きな子供だから溜まらないだろうな。
「おー、芽生坊はおもちゃ好きか」
「うん! 大好き」
「うちの土産物屋にもいっぱい扱っているから見て行けよ」
「わ、わぁ~」
ここなら、手軽な土産物から鎌倉や湘南の伝統工芸品まで、何でも揃いそうだ。
「ほら、あそこが俺の実家だぜ」
土産物屋の中の一軒。ひときわ大きな店構えの『かんの家』という看板が目に入る。芽生くんの好きそうなおもちゃの刀も並んでいるし、箱菓子から鎌倉彫まで品揃えも多彩だ。
あ……少し、緊張してきたな。挨拶、きちんと出来るかな。
「立派な店だな」
「ありがとう、さぁこっちこっち! まずはその大荷物を置くぞ。一体何が入ってんだ?」
「ははっ、八割が瑞樹のためのものさ。いろんなもの着せたくてな」
「わー、惚気ちゃって」
そ、宗吾さんってば!
菅野は宗吾さんの豪快で大胆調子に怯むこと無く、笑ってくれる。
そして、宗吾さん……僕を和ませてくれているのですね。
店はお客さんの対応で忙しそうだった。
あっ、あの人が菅野のご両親かな。人当たりの良い優しそうな笑顔だ。
「いいか、瑞樹。うちの姉ちゃんはちょっと変わってる。だが悪気はないんだ。最初に謝っておく」
菅野が何故か申し訳なさそうに手を擦り合わせた。
「ん? 大丈夫だよ」
「うーん、まぁとにかく会ってくれい!」
菅野の後をついて店の脇道を抜け、勝手口に辿り着いた。
「姉貴、葉山たちが着いたよ」
「ちょっと、お待ちー!」
威勢のよい声が響いたので、宗吾さんと顔を見合わせてしまった。
やがてドタバタと現れたのは、豪快な雰囲気の女性だった。
「あら? 瑞樹ちゃんはどこぉ?」
「だから、ここだって」
菅野が僕を指さすが、お姉さんは首を傾げる。
「だって、この子は男性よ」
「はー? 俺がいつ葉山が女性だなんて言ったんだよ!」
「だって、妙に張り切って準備して『みずきちゃん』って連呼してたじゃない。てっきりいよいよ彼女を連れてくるのかとこっそり期待してたのに」
「ハァ‼?」
ちょっと待って待って、僕は照れ臭いやら、恥ずかしいやらで顔が真っ赤になってしまった。まさか女性と誤解されていたなんて!
「す、すみません。葉山瑞樹は僕です」
「そうなのね、そっかぁ~あなたが『みずきちゃん』だったのね。うん! 名前に負けず可愛いわ! でも勝手に誤解してごめんね。えーっといつもうちの良介がお世話になってます!」
お姉さんはさっぱりした性格のようで、ホッとした。それにしても菅野は隣で顔を赤くしたり青くしたり大変そうだ。
「あの、瑞樹の連れの滝沢宗吾とその息子の芽生です。今日はご厄介になります」
「おねえさん、こんにちは! えっと……今日はよろしくおねがいします」
芽生くんもきちんとお辞儀をして挨拶できた。
「まぁ……そうだったのね。ハイ! 私は菅野咲よ。芽生くん、さきねーちゃんでいいからね」
「さきねーちゃん?」
芽生くんが人懐っこくそう呼ぶと、咲さんは破顔した。
その明るい笑顔は、菅野と同質のものだった。
「うちにも息子がいるのよ。芽生くんは何歳?」
「えっと六さいです」
「うちは、五さい。ゆうとって言うの。ねぇ一緒に海にいってもいい?」
「やったぁ~!」
いつの間にか咲さんのエプロンを掴む男の子がいた。
人見知りしているのかな? もぞもぞとして頬を染めている。
「芽生坊、うちのゆうとと遊んでくれるか」
「もちろんだよ! うれしいなー」
「よろしくね。ゆうとくん」
芽生くんが手を差し出すと、ゆうとくんも手をそっと出した。
「えへへ、友達になろう!」
芽生くんって、宗吾さんにこういうところがとても似ている。
明るく強く、楽しい場所へと引き上げてくれる。
僕もここまで来るのに、何度も何度も根気よく引き上げてもらった。
「うん! ありがと……ともだち、うれしい」
ここにまた一つの友情が芽生えた。
愛情、友情……情は育てていくものだ。
一つ一つの出逢いを大切にしていきたいね。
僕も芽生くんから学ぶことが、沢山あるよ。
「咲さん、僕……良介くんに、新入社員の頃から本当に大切にしてもらっています。僕の大切な親友です。どうぞよろしくお願いします」
いつもだったら、こんな風に自分から言えないのに、芽生くんの行動に勇気をもらえた。
「良介にこんなに可愛い親友がいたなんて。我が家はあなたたちを大歓迎よ。ゆっくりしていってね!
ほら、繋がっていく。
想いが届くことの喜びを知るよ。
ともだちにシェアしよう!