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湘南ハーモニー 9

「あの二人、どこに行ったのかな?」    足下が重たくて……靴を脱いで砂から伝わる熱を直に感じたくなった。  熱くてヒリヒリしてくれば……波打ち際に寄って、海水に足を浸した。  もっと身軽になりたい。  日焼け防止の長袖もサングラスもキャップも、何もかも脱ぎ捨てたい。  そんな気持ちが、どんどん溢れてくるよ。  暫くそんなことを繰り返していると、波打ち際で砂遊びをしている子供たちを見つけた。麦わら帽子を被っているので顔がよく見えないが、素直な黒髪にふっくらとしたほっぺたが可愛かった。    なるほど……お城を作っているのか。  思わず足を止めて、目を細めた。  砂の城なら、僕もニューヨークで過ごした幼少期によく作ったよ。  懐かしいな。  夏になると両親と通ったLong Beach。  有料ビーチだから、管理と清掃が徹底し安全も確保されていたので、国籍が違うことを理由に周囲から浮いていた僕たち家族も伸び伸びと過ごせたんだ。名前通りの長く真っ白な砂浜が綺麗だった。  洋兄さんともっと早く出逢っていたら、一緒に行きたかったな。    一緒に、砂の城を作って遊びたかったな。  過ぎ去った思い出にいつも重ねてしまうのは、フェリーで会った洋兄さんの悲しみに沈んだ顔だ。駄目だな、もう洋兄さんは幸せに暮らしているのに、僕がいつまでも引き摺っているなんて。 「あーん、またくずれちゃった」 「おかしいなぁ、コツがいるのかな?」  砂の城の指南役の若い青年が二人の子供の父親なのかな?  彼は困り顔だった。 乾いた砂では、上手く、くっ付かないよ。  あぁ、土台はもっとしっかりしないと!  底面をしっかりさせないと、崩れてしまうよ。  手伝ってあげたいが、いきなり声をかけたら不審者だよなと迷っていると、突然突風が吹いて、男の子の帽子がビューッと空高く舞い上がった。  僕も咄嗟に手を伸ばしたが、届かなかった。 「あぁ! ボクのぼうし~」 「あ、芽生坊、駄目だ。勝手に入るな!」    あっという間に帽子は風に攫われ、そのまま波間にポチャンと落っこちた。  そこに次の波がやってきて、可愛い帽子を呑み込みそうになった。 「Go‼」  僕の身体はひらりと向きを変えて、海に飛び込んでいた。  あ、しまった! 服!  そう思うよりも身体が動いていた。  泳ぎたい!  波打ち際で日焼け止めを塗りたくった身体で、取り繕った笑みを浮かべるよりも、心の底から笑って泳ぎたかったんだ。魚のように自由に!  服のまま海に飛び込んだので腰まで水浸しで、ポタポタと乾いた砂に黒いしみを作ってしまったが、無事に波に攫われる前に帽子を拾うことが出来た。。 「Here. I've picked it up.(ほら、ひろったよ)」 「お、お兄さん……がいじんさん? ありがとう」 「あぁ、ごめん! クセで。日本人だよ」  サングラスを外してニコッと笑いかけると、黒目がちの男の子が目を見開いた。 「わぁ……ようくんだったの?」 「え? 洋……って、今言った?」  なんでここで僕の顔を見て洋兄さんの名前が? 「芽生くん、大丈夫?」 「芽生、大丈夫か」  そこに更に慌てた声が、遠くから聞えてきた。   「あぁ、葉山、戻ったのか。この人が芽生坊の帽子を拾ってくれたんだ。海に入って……」 「ありがとうございます。洋服が濡れてしまって、本当に申し訳ありません」  あ……この人達って、あの人達だ。  僕が顔をあげると、バッチリ目があって、また「洋くん……?」と息を呑まれた。 「あの……さっきから、洋って」 「あぁぁ、すみません。僕の友人に似ていて……つい」 「もしかして、それって……『張矢 洋』のことですか」 「どうして洋くんのことを?」  そこからは驚きの連続だった。  彼らがまさか洋兄さんの友人だったなんて。じゃあもしかして僕が感じた、二人の甘く親密仲ってやはり? 「驚いたな。洋兄さんの友人だなんて」 「あの……?」 「あぁ。僕は洋兄さんの従兄弟です。母が双子だったから顔が似ているでしょう?」  二人はポカンと顔を見合わせていた。 「やっと納得出来ましたね。あの……宗吾さん、彼の服、どうしましょう?」 「そうだな。瑞樹の服ならサイズ的にいいんじゃないか。本当に息子のためにありがとうございます」  どうやら僕が可愛いと見つめていた男の子は、彼らの息子のようだ。 「大丈夫ですよ。洋兄さんに連絡してみます」 「あの……僕らも明日、洋くんのところに泊まるんです」 「え? そうなんですか」  警戒心の強い洋兄さんに、こんなに心許せる友達がいるなんて知らなかったな。ふっと……訳も分からない寂しい気持ちが込み上げてきて、突然、ふらりとした。  そこから暗転。 「大丈夫? 涼くん! しっかりして!」  ん……何で……僕の名前を? ****  宗吾さんと冷たいペットボトルを抱えて、シェードに戻ると誰もいなかった。 「あれ? どこに行ったんでしょう?」 「あぁ、あそこだ。波打ち際で、楽しそうに砂遊びしているよ」 「本当ですね」  その次の瞬間、突風が吹いて砂が舞い上がった。 「瑞樹、危ない!」  身体を突き刺すような細かい痛みに身体を震わせると、シェードの中で宗吾さんが僕を庇うように抱きしめてくれた。 「あ……ありがとうございます」 「大丈夫か」 「はい、なんとか。目に砂が……イタタ」 「どれ?」  宗吾さんが僕の顎を掴んで、じっと見つめてくるので、照れ臭くなり……目を閉じてしまった。 「おいおい……それじゃ見えないし。こうして欲しいみたいだぞ」  チュッと軽いリップ音を立てられ、驚きで目を見開いてしまった。 「だ、駄目ですって……」  慌ててシェードから飛び出すと、芽生くんの被っていた帽子がひらりと舞ったのが見えた。 「あっ」  あっという間に波に持って行かれそうになる。  その時、ジャブジャブとすごい勢いで波を分け入り、帽子を拾い上げてくれた青年がいた。サングラスをしていたが、そのシルエットには見覚えがあった。  あ……あの人って!  

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