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湘南ハーモニー 37

 宗吾さんの歌声は元気溌剌で、一気に場の雰囲気を盛り上げてくれた。 『愛している』『君は僕のもの』いうフレーズを繰り返す度に甘く見つめられ、皆がいるのも忘れ、ボーッと聞き惚れてしまった。  宗吾さんは自分の心に素直だから、直球で僕に愛を伝えてくれる。  いつも僕を抱く時、沢山耳元で囁いてくれるんだ。  まるで歌を口ずさむように、愛の言葉で僕を優しく温かく包んでくれている。  まるで抱かれている時のように惜しみなく愛を注いでもらうのが、嬉しくて嬉しくて……溢れる想いを隠しきれないよ。  僕……今、とても幸せだ。 「宗吾、やるな。俺も負けてられないぞ」 「はは、流、サンキュ! さぁ次は瑞樹の番だ」  宗吾さんが僕の手首をグイッと掴んで、皆の前に立たせる。 「瑞樹、君は何を歌う?」 「僕は……」    この雰囲気を壊さないか心配だが、僕が宗吾さんに歌いたい曲を歌おう!  そう心に決めていた。 「僕は『風が吹いている』にします」 「お! いいな」 「で、では、歌わせていただきますね」    大広間を見渡すと皆に注目されていたので恥ずかしくなり俯いてしまうと、今度は芽生くんと目が合った。 「お兄ちゃん、がんばって~! ボク、お兄ちゃんのおうた、ききたいよ」 「芽生くん、がんばるよ」  この歌詞は、宗吾さんと芽生くんと出会って一緒に過ごしているうちに……変わることを恐れなくなった僕の気持ちにぴったりなんだ。  一馬との別れは、宗吾さんとの出会いに繋がっていた。  出会いと別れが、僕を成長させたのだ。  僕は、ずっとすぐ近くの幸せから目を背けて生きてきた。自分ひとりが幸せになるのが怖くて逃げていた。  そんな僕が……宗吾さんと過ごすうちに、幸せの芽に水をやり始めたんだ。  芽は芽吹く。  蕾は花咲く。  僕は宗吾さんの元で、次第に花開いていったんだ。  歩み寄るように恋をして、宗吾さんと愛し合い、芽生くんと3人で幸せを作っている最中だ。  そんな日々の感謝を込めて、心を込めて歌った。  さっきから……何度も何度も、宗吾さんと目が合う。  もう逸らさないよ。  彼の眼差しを浴びながら、僕は歌う。  今の僕はこんなにも変わった。  こんなにも自由に素直に生きている。  それを伝えたくて―― 「うぉー‼ 瑞樹、すごい良かったぞ! 瑞樹らしい爽やかな歌声に……その歌詞、最高だ! なんだか泣けてきたぜ」  歌い終わると宗吾さんに思いっきりハグされて、やはり照れ臭かった。  それにしても歌ってすごい。  こんなにも素直に心の声を外に出せるなんて、本当に気持ち良かった!  翠さんも仏のような穏やかな笑みを湛え、パチパチと拍手をしてくれた。 「二人とも、とても良かったよ。この後もどんどん歌いたい所だけれども、お腹が空いただろう。だから先に少し食事をしよう」 「わーい、ボク~ おなかペコペコ~♫」  芽生くんがお腹を擦って歌うように訴える様子が可愛くて、場がますます和んでいく。   「じゃあ、俺、そろそろ唐揚げを揚げてくるよ」 「あ、流、僕も手伝うよ」 「兄さんには無理だろ。火傷しそうだからじっとしてろ」 「う……酷いな」 「だから体力は温存しておけって! それよりあとで兄さんも歌ってくれよ」 「う……うん」  翠さんと流さんって仲良し兄弟って感じで、微笑ましいな。何故だか翠さんが年下に見えてくるよ。 「流さん、俺が手伝います」 「いやいやいや、洋くん、君も体力温存組だ。翠より危なっかしい」 「えぇ? 酷いな」 「はは、君は人見知りの丈の傍にいろ」 「あ……はい!」    作務衣姿の流さんが消えると、芽生くんが僕の袖を引っ張った。  「どうしたの?」 「お兄ちゃん、あのねあのね、流さんは『からあげマシーン』をもっているらしよ。見に行きたいな」 「でも、お邪魔じゃ……」  宗吾さんの考えを仰ぐと「瑞樹が一緒なら大丈夫だろう」と言ってもらえたので、翠さんに寺の厨房(庫裡)に案内してもらった。  何度か来たことはあるけれども、お寺の中って迷路みたいだな。 「わぁ~ とってもひろい。見て! ごちそうだらけだよぉ」 「本当だ!」  すでに料理の準備は大体出来ていたらしく、ずらりと料理が並んでいた。お寿司にオードブル盛り合わせ、魚のアクアパッツァ、和洋中なんでもあるよ!  オムライスは僕と芽生くんの大好物だ。朝から海で遊んで昼食を食べる時間がなく、おにぎり1個だけだったので、実はお腹がペコペコだ。  すぐに流さんが手際よく、オムライスを作ってくれた。 「なぁ1個でいいよな? 他にも食うモノいっぱいあるし」 「うん! お兄ちゃん一緒に食べよう」 「あ、でも……芽生くんが好きなだけ食べてからでいいよ。僕は残りをもらうから」   いつものように言うと、芽生くんがブンブンと首を横に振った。 「お兄ちゃん、ダメだよー こうしよう! ヨイショ、ヨイショ!」  芽生くんがスプーンでオムライスを半分こにしてくれた。    「こうしたらね、ふえるんだよ」 「あ……」 「お兄ちゃんと半分こ! ねっ、いっしょにたべよう!」  涙が出そうだよ。  芽生くんの言葉の一つ一つがキラキラで。  半分に減るんじゃない、幸せが増えるんだね。  失うばかりだった僕は、減るのが極端に怖かった。  でも違うんだね。  幼い芽生くんの素直な行動が、今日も僕を癒やしてくれる。 「へぇ芽生くんは、いい子だな。さぁ沢山食べろ」 「うん! いただきまーす!」 「いただきます」  言葉が揃えば、心も揃う。  幸せがふたつ……仲良く並んでいるね。  半分こって、幸せのパワーアップなんだね。 あとがき **** 瑞樹の歌った曲……創作HPにYouTube動画を引用掲載しています。 歌詞が瑞樹そのもので感動なので、よかったら♡ https://seahope0502.wixsite.com/website-1/post/瑞樹が歌いそうな曲

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