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湘南ハーモニー 38

「さぁ唐揚げがあがったぞ」 「おぉ! すごい量だな」 「男ばかり、八人もいるからな」 あ……芽生くんも一人前に扱ってくれて、流さんっていい人だな。 「よし、料理を全部運び込むぞ。誰か手伝ってくれるか」 「流、俺が手伝うよ」    宗吾さんが率先して配膳してくれ、あっという間に立派な宴会場が出来た。 「さぁ食べてくれ」 「いただきます」  食べきれない程のお料理に、皆、舌鼓を打つ。 「瑞樹くん、翠さんも流さんも君が来るのを待ち遠しく思っていたんだよ。もちろん俺もだけど」 「洋くん……少し雰囲気が変わったね」 「そうかな?」 「柔らかくなった。いいことがあったみたいだね」 「ありがとう」  食事が落ち着くと……順番に月影寺のメンバーがカラオケをした。  まずは家長の翠さんからだ。ほろ苦い恋の歌『レモン』で切なくなった後、『ワン・ラブ』という曲で、一途な恋の歌を歌い上げてくれた。  流石……日々、読経で鍛え抜いた声帯だ。  プロの歌手のような巧みな歌声に感嘆した。    翠さんと流さんには兄弟以上の愛が存在するのではと思うほど、翠さんは一途に流さんを見つめて歌い上げていたので、少し照れ臭くなってしまった。  月影寺は愛に満ちている。  流さんが翠さんの歌を受けたかのように『くれない』という曲、続いて『愛のめもりー』を歌えば、翠さんが何故か泣きそうな顔になったのを見逃さなかった。  流さんの歌声は渋く太く雄々しくて翠さんと正反対だが、二人の歌声がハーモニーしたら、美しいだろう。    一方洋くんが『あげは蝶』という曲を歌えば、会場が突如妖艶な雰囲気に包まれた。  ミラーボールが回る中、洋くんの歌声が官能的に響き渡ってドキドキした。  洋くんの美貌が輝きを増していた。本当に美しい人だ。  そして歌を歌うのが実は想像できなかった丈さんが『恋人たちのペイブメント』という曲を熱唱したのには驚いた。  とにかく、皆、ノリノリで……僕は夢中で拍手や手拍子をし続けていた。 「みんな上手だね~ ねぇねぇ、お兄ちゃん、ボクも歌いたいよ」 「そうだね。何がいいかな?」 「あのね、薙親分といっしょに『さくらんぼ』って曲を歌いたいな」 「え? オレ?」  芽生くんのご指名を受けて、部屋の片隅でスマホを弄っていた薙くんが、ギョッとした様子で顔を上げた。 「だめ? 幼稚園で踊ったんだ~ とってもかわいいんだよ」 「うわ……しょうがないな。付き合ってやるよ」 「やったー」  芽生くんが張り切って、赤い絨毯の上にマイクを持って立った。 「みなさーん、いまから、ふたりでおうたをうたいます」 「おー! 待っていたぞ」 「芽生くん、頑張って!」  皆の歓声の中、可愛く軽快なメロデイが流れ出した。  一気に会場はノリノリになっていく。  一番ノリノリなのは芽生くんだ。  リズムに合わせて手を大きくあげて頭上で叩き、腰を揺らしている。  最初は恥ずかしそうだった薙くんも、そこは中学生! だんだん年相応のノリになっていくのも微笑ましい。  今は何も考えないでいい。  今をただ素直に楽しめばいい。  人生にはこんな余興の時間も必要だね。  人が人らしく……生きていくコミュニケーションの一つなのだ。  それまで仕事の付き合いだとしか思っていなかったカラオケという娯楽が、僕の中で変化した。 ****    小森家 「お兄ちゃん、どうしたの? どうして大好きな灯台最中を食べないで見つめているのよ」 「それは……その、食べたら消えてしまうからだよ」 「そんなの当たり前じゃない。じゃ、私が食べていい?」 「だだだだ、ダメー!」 「ママ~お兄ちゃんがまた変だよー!」    僕は最中を抱えて自室に飛び込んだ。  三歳下の妹、光《ひかる》に最中を危うく取られそうになって焦った。   いそいそと布団を敷いて、枕の横に最中を置くと、じわじわと幸せになった。  そこに菅野くんからの電話をもらって、もっと幸せになった。 「寂しくないか」  あの時は最中に夢中で、寂しくないって答えてしまったけれども、本当は少し寂しいです。僕はいつも……最中と饅頭……つまり、あんこがあれば、幸せだったのに、どうしたのかな?  そっと自分の唇を指で押さえてみた。  ここに優しく触れてもらった。  そして別れ際にはここにも。  頬を手の平で撫でてみた。  あんこより甘いキス。  お餅みたいにつつかれたキス。  あの時はそう思ったのに、今は少し寂しい。  どうしてなのかな? あんなに大好きだった最中と眠っているのに満たされない想いが生まれている。こんな気持ちになったことないよ。  あ……そうか……きっと菅野くんのせいだ  恋するって、僕にはずっと無縁だったのに。  無意識に、僕も恋してみたいと想っていたのだなぁ。  仏門に仕え、あんこで満たされたようで満たされ切れなかった想い。  ううう……なんだか悶々とします。  そうだ、こんな時は写経をしたらいいって、住職が言っていた。  背筋を伸ばし、筆を執る。  でも書き連ねる文字は『菅野良介』×100‼  うわーん、今日出逢ったばかりなのに、もう会いたくて会いたくて溜まらない。  菅野くんにはあの世に送り出してあげた彼女が過去にいたから余裕かもしれないけれども、お付き合い自体初めての僕は興奮して落ち着かないですよ。  なかなか寝付けずに布団の中で寝返りを打つと、またスマホが鳴った。   菅野良介―― 「かかかか、かんのくん! どうしたんですか」 「いや……あのさ、なんか興奮して寝付けなくて」 「菅野くんも? 僕もです」 「ふっ、あのさ……こんな風に劇的に出逢って付き合い出すのって、生まれて初めてなんだ」 「初めて? 菅野くんにも『初めて』ってあるんですか」 「当たり前だろ。男の子と付き合うのは初めてだ。だから全部初めてだよ。風太……君《きみ》が最初の男だ」  ずきゅーん!  菅野くんって男前だ。 「僕だけかと思っていました。こんなふわふわした感じ……」 「俺もだよ。風太と風船につかまって旅をしているみたいだ」 「菅野くん……」  一方通行ではないのですね! この想い。 「ん?」 「明日の朝、僕から電話してもいいですか」 「俺からしようと思っていた」 「おはようを言いたいんです。最中より先に」 「ふっ、光栄だよ。じゃ、それを楽しみに寝るよ。俺……明日仕事だから」 「僕も朝早いので……あの、何時に起こしていいですか」  起こす! って、なんだか照れますね。 「実家から東京まで出社だから五時に。早い?」 「いえ、僕も支度している時間です」 「寺は早いもんな」 「はい!」 「おやすみ」 「おやすみなさい」  家族以外に『おやすみなさい』を言うのは、初めてだ。  あんこより気になる菅野くん。  もう一度唇を指でなぞり、彼の顔を思いだして目を閉じた。  明日が待ち遠しくて、僕は一気に深い眠りについた。   あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** 実は……月影寺men'sの歌についてもっと詳しく書こうと思ったのですが、それはまたいつか『重なる月』サイドで…… 歌った曲については創作ブログで紹介しています。 メドレーでどうぞ! https://seahope0502.wixsite.com/website-1/post/月影寺men-sが歌いそうな曲メドレー そろそろ夏のスペシャルも終わりが近づいています(あと数話) 長々とクロスオーバーにお付き合い下さいまして、ありがとうございます。 『重なる月』未読の方には申し訳なかったです。12月からは『幸せな存在』オリジナルの季節にあった話にしたいと思っています♡ 需要あれば……本日後半に登場した菅野くんとこもりんCPの続きも盛り込みたいです。

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