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恋 ころりん 7

「なんだ、菅野くんか」 「宗吾さん! なんだ、じゃないですよ」 「どうりで弾力がなくて固いと思ったぜ」 「そ、宗吾さんってば!」  隣で葉山が燃えるように真っ赤になって、今度は怒っている。  まぁ、じゃれ合っているとも言うのだが、とにかく葉山がこんなにも感情を露わにできるようになって良かったと、しみじみと思うよ。  俺が出逢った頃の葉山とは、すっかり別人だな。  **** 「葉山、おはよう!」 「あ、あぁ……おはよう……」 「菅野だよ。俺の名前覚えたよな、流石に」 「う、うん」  朝、同じ電車を使っているようで、いつも改札付近で葉山と鉢合わせした。  相変わらず自分から歩み寄ることはせず、一歩引いたところから俺に接する彼にもどかしさを感じながらも、放って置けなかった。 「葉山さぁ、俺には遠慮しなくていい。俺はどこにもいかない」  何故そんなことを言ったのか。  消えそうに儚げな彼に必要なのは、揺るがないものではないかと思ったのだ。  その言葉に葉山は目を見開いて驚き、同時に見たこともない優しい笑みを浮かべてくれた。  おぉ! 少し笑った? 今、笑ったよな? 「ありがとう……か、菅野くん」 「おぉ、やっと呼んだな。俺たち同期で同じ部署で、一緒に仕事をすることも多い。  だから『菅野』って呼び捨てろ。よろしくな」 「う、うん」  ここまで来るのに、入社してから半年かかったぜ。  葉山はけっして付き合いが悪いわけではない。  だから今日の忘年会にだってちゃんと参加している。  葉山はどこだ? と探すと、他部署の酒癖の悪いおっさんの横か。  あれ? 顔色が悪いぞ。  さり気なく酒を持って近づくと、 「葉山くんは女の子みたいに可愛い顔をしているなぁ」 「……」 「ほっぺたなんて、すべすべだ」 「……っ」 「指なんて、こんなにほっそりして」  おっさんの手が葉山に触れた時、葉山の表情が見たこともない程強張った。  真っ青だ。  ちょ! それセクハラだ!  俺は慌ててグイっと割り入って、葉山の腕を掴んで席を立たせた。 「あ……菅野」 「ちょっと来いよ」 「あ……ごめんね。うっ……」 「大丈夫か」 「……酔ったみたいだ」  繊細な葉山には、あんなジョーク? 受け入れられないだろう。  葉山をトイレに連れて行き通路で待っていると、俺らの部署のリーダーが駆けつけてくれた。 「葉山くんは大丈夫か」 「リーダー、あれはよくないっすよ。男でもセクハラです」 「あぁ、その通りだ。席を替わろう。菅野は葉山ともう帰っていいぞ。彼、酔ったみたいだから送ってやれ、ほらタクシー代」 「ありがとうございます」  幸いリーダーは理解があるので、葉山の引っ込み思案な性格もしっかり把握しているようだ。だから俺とペアを組ましてくれることも多い。  葉山は儚げで控えめだが、花の世界ではひたむきで才能溢れる奴だった。 「菅野ごめん、もう大丈夫だ。席に戻らないと」 「いや、無理すんな。苦手なんだろ? ああいうの」 「……うん」 「もう帰っていいってさ、ほらリーダーがタクシー代をくれたから」 「え!」 「送るよ」 「大丈夫だ」  うーん、ここは無理強いできないよな。  強引にしたら、逃げてしまいそうな……危うい奴だから。 「タクシーに乗って帰れよ」 「菅野は?」 「俺は電車で帰るよ」  葉山がどこに住んでいるか知らない。  きっと言いたくないのだろうと察していた。 「ごめん……本当にごめん」 「謝るなって、人にはそれぞれ事情があるもんさ」 「……」 ****  そんな秘密主義だった葉山が、今は同性の恋人の家に俺を招いてくれるのだから、この進歩はすごいよな!  居間に通されて、葉山が着替えてくるのを待っていると、芽生坊がやってきた。 「かんのくーん。今日はとっておきのデザートがあるんだよ。いいときにきたねぇ」 「お? なんのデザートだ」 「パパぁ~みせてもいい?」 「いいぞぉー」  芽生坊が嬉しそうに見せてくれたのは、真っ赤に熟れた苺だった。 「へぇ、もうそんな季節か」 「そうだよ~ もう十二月だもん。おばあちゃんが買ってくれたんだよ」 「江ノ島に来た夏休みからあっという間だったな」 「あとで食べようね」  そのまま、ハヤシライスをご馳走になった。  宗吾さんの料理の腕は最高だ。  ラフな格好に着替えた葉山は、宗吾さんの向かいに座り、時折甘い視線で彼を見つめていた。  最初の頃、人と目を合わすのも怖がっていた葉山の熱視線。  これは甘いなぁと、宗吾さんを見ると、案の定デレデレ顔だった。 「ところで、俺に話があるって、何だ?」 「あっ! えっと……あー、あとで二人で」 「そうか。じゃあ、そろそろデザートを出すか」  食卓に並ぶツンと尖ったフレッシュな苺に、皆、目が輝く。 「そうだ! お兄ちゃん、あの白いどろっとしたのかけて」 「し……白いのって……れ、練乳かな?」 「そう、パパの大好物!」 「め、芽生くん……」  ん? どうして、そんなに葉山が慌てるんだ?  そしてどうして……そんなに宗吾さんがニヤニヤしている?  「かんのくん、これを苺にとろーんとかけると、とってもおいしいんだよ。やってみて」 「そうそう、つぶらな赤い粒がもっと美味しくなるんだよなぁ、芽生はよく知ってるな」 「知ってるよ。こういうのを甘酸っぱいっていうんだよ。酸っぱい苺だと、ビクンってなるよねぇ~」 「め、芽生くん……」  葉山が絶句している。  んん? なんだか、この二人の会話……微妙にズレていないか。  おいおい、大丈夫か隣の葉山の顔が苺みたいに真っ赤になっている。  ま、まさか……つぶらな赤い粒……って。 「まさか‼」  ハッと葉山を見ると、恥ずかしさに埋もれるような表情を浮かべていた。  「ぼ、僕は知らないから。何も聞かなかったことにしてくれ……忘れてくれ!」  おいおい、それでは認めているようなもんだぜ。  しかし、宗吾さんって、かなりの強者だ。  葉山にこんな顔をさせるなんて、これは是非とも伝授してもらおう。  俺の風太にも、沢山気持ち良くなってもらいたいからな。 「ふふふ、師匠、そろそろ別室へ。折り入って指南してもらいたいことがあります!」 「ふふふ、そうだと思ったぜ、まぁここは俺に任せておけ」 「ふ、二人とも、いいから早く消えて下さいよぉ~」  葉山が涙目で俺の背中を押していた。  くくっ、何だか可愛い奴。  笑った顔以外にも、いろんな顔を見せてくれるようになったな。  

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