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恋 ころりん 8

「流さーん! どこですかぁ~」  庫裡から人の気配がしたので、ガタゴトと木戸を開けて、飛び込んだ。  案の定、濃紺の作務衣姿の流さんがいた! 「お、小森いいところに来たな。ちょっと味見してくれ」  いきなり目の前にスプーンを差し出されたので、驚いた。  小豆色? 「わぁぁ」 「ほれ、食え!」 「ワン!」    その物体は僕の大好きなあんこだったので、パクッと食らいついた。 「わぁ~ とてもおいしいですぅ」  素朴な甘さが身に染みます。手作りあんこも最高ですよ!   「ふふん、檀家さんから大量の小豆をもらったから、作ってみたのさ。あんこ作りにはまりそうだ」 「最高です」 「だろだろ、もっと食え。ボール一杯あるぞ」  ボール一杯のあんこ! お腹があんこだけで満ちていくなんて最高ですよ。  幸せが満ちあふれて、犬みたいにゴロゴロと床に転がってしまいました。 「お前なぁ~ 二十歳にもなって子供っぽいぞ。そんなんで大丈夫なのか。そう言えばチューの次の報告がないが」 「あっ!」  そうだ、どうして、ここに来たのか思い出しましたよ。  駄目ですね。こんな調子では菅野くんに呆れられてしまいます! 「それです! 僕が聞きたかったことは」 「ん? 何でも聞いて見ろよ」 「僕、チューの先に進みたいんです!」 「おぉ、そうかそうか、やっとその気になったのか」 「あのぉ~ チューの次は何をするんですか」 「おぉ、今教えてやるから待て」  流さんがガスの火を止めて、僕の前に立った。  ワクワク! 「ズバリ、チューの次はここだ!」  胸元を指さされて、キョトンとしてしまった。 「あの~? ここに何が」 「何がって、大切なものがついているだろう」 「あっ!」 「そこを、舐めてもらえば幸せになるんだぜ」 「わぁ~! 楽しそうですねぇ」 「楽しそう?」  流さんが怪訝そうな顔をしたので、言い直した。 「おいしそうの間違いでした」 「おっ? なんだ、ちゃんと知ってるんじゃないか」 「その位、僕にも分かりますよ」 「よしよし、もう役所には届けなくていいから俺に報告しろよ。そうしたらチューの次の次を教えてやる」 「はぁい!」 「これ、もってけ。お土産だ」 「わぁい!」  あんこを包んでもらい、庫裡を出ると、住職が心配そうに立っていた。 「小森くん! 大丈夫だった?」 「大丈夫ですよ。ご迷惑はかけません。この、あんこをもらったんですよ」 「あぁ、そうだったのか」 「えへ 僕、庭掃きをしてきますね」 「あ、小森くん、胸元にあんこがついているよ」 「あ、住職は触れちゃ駄目ですって」 「ん?」 「あのあの、チューの次はココですよね?」 「なっ!」  住職は真っ赤になっていた。  えへへ、やっぱり正解のようです。  住職って意外と初心なんだな。  薙くんのお父さんなのに。   **** 「流? 小森くんに何を教えたんだ?」 「翠、あいつさぁ、もう何でも知ってるんだな。菅野くんに教え込まれたようだ」 「そうだったのか。なんだか少し寂しいね。小森くんは……15歳から見守っている子だから、我が子をお嫁に出すような気分だよ」  翠が寂しそうに呟くのが、いじらしい。 「翠には俺がいる」 「ん……そうだね」 「寂しいのか」 「少し」 「今宵は離れに行こう。暖めてやるよ」 「……うん」  その晩、俺は床に『こしあん』を準備しておいた。  しかし小森の奴、いきなり高度な技に臨むとは。  俺も負けるものか!  翠の……蓮のような淡いピンク色の乳首に、あんこを塗りたくって舐めるという変態じみたことを思いついていた。 **** 「お兄ちゃん、大丈夫? ボク……ヘンなこといったかなぁ? ボクもヘンたいさんなの?」 「ううん、違うよ。芽生くんはいい子だよ。苺、食べようか」 「よかった。お兄ちゃんも元気だして。あーん」 「……えっと、あーん」    芽生くんが僕に苺を食べさせてくれたので、恥ずかしかったけれども口を開けた。  芽生くんって将来、きっとモテるだろうな。優しくって暖かくって思いやりがあって……本当にいい子だから。  もし彼女が出来たりしたら、僕どんな気分になるのかな? つい、そんな先のことを考えてしまうよ。  それにしても……寝室に入ったきり二人が出てこないけれども、大丈夫かな? 宗吾さんってちゃんとしていればカッコイイのに、たまに変態じみてしまうから心配だ。まぁそういう宗吾さんに付き合ってしまうのが、今の僕だけれども。  思えば、生パンツの覗き見に執拗な練乳責めとか、数々の痴態があるよな。  あぁ、ちょっと待って……僕ってこんな卑猥なことを考える人間だった?  警戒心一杯で生きてきたあの頃からは考えられないよ。  でもね、菅野が幸せそうなのが嬉しいから、ちゃんと応援したいんだ。  菅野との付き合いは長い。思えば、入社試験に日に、駅でぶつかったのが初めだった。あの時ハサミを届けてもらえなかったら、僕はパニックになって試験に落ちていたかもしれない。  そうしたら今はない。  あれも運命の出会い、そして僕たちは運命共同体だったようだ。  菅野も辛い恋を乗り越えた人で、次に恋した相手が僕と同じで、同性だったなんて。  さっきの質問、僕だって出来れば答えたかったけれども、僕は受け入れる方だからリアル過ぎて、恥ずかしくて、ごめん。   「お兄ちゃん~、パパたちなんの話しているの?」 「うーん、何だろうね?」 「あ、わかった」 「な、何かな?」  今度は何を言い出すのかドキドキだ。   「きっと、サンタさんにお手紙かいているんだよ。ボクもそろそろ書かないと」  なんて可愛い台詞なんだ。  芽生くんの思考回路が飛び飛びで、可愛くて溜まらない。 「そうだね、そろそろだね」 「お兄ちゃんも書こうよ! あのね、大人の人でも良い子のところにはきっと来てくれるよ。だからお兄ちゃんなら大丈夫だよ」 「本当?」 「お兄ちゃん、だーいすきだもん! いいこと、いっぱいあるといいね」  ギュッと抱きついてくれる温もりに包まれて、幸せを感じていた。  大切な子供がいる。  大切な友がいる。  大切な恋人がいる。  誰かを大切にしたい気持ちと、誰かの大切になるって……こんな風に繋がっているんだね。              

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