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恋 ころりん 9
「菅野くん、ここなら二人きりだ。遠慮しないで聞いていいぞ」
通されたのは、宗吾さんの寝室だった。
無意識にベッドに腰掛けようとすると、慌てて制された。
「ちょっと待った! そこは駄目だ、神聖な場所だから」
「へ? あっ……あぁぁ……そうですよね」
「悪いな。確か座布団があったはずだ」
宗吾さんがベッドの下に手を突っ込んで、何かを探し出す。
「どこだ~?」
宗吾さんが動く度に何かグレーがかった白い物体が、部屋にふわふわと飛び出してきた。
一体、何だ?
そう思った瞬間、くしゃみの連続だ。
空気中を浮遊する物体を手で掴むと、なんと綿埃だった!
「ちょっ、ここ、ちゃんと掃除してるんですか‼」
「おっと悪い悪い。ここは俺の秘密基地だから、瑞樹には触れさせてないんだ」
「はぁ?」
「瑞樹の立ち入り禁止区域って奴さ」
悪びれずニヤッと笑うんだから、もう参ったな。
これは、何が出てくるのか楽しみだ。
「あったあった。座布団どうぞ」
「あ、どうも」(なんだ座布団か、もっとすごいものかと思った)
「コホン、えっとさ、菅野は女性とは経験はあるのか」
「……まぁ」
「そうか。じゃ教えやすいな。で、一応確認だが、あの可愛い小坊主を君が抱くんだよな?」
改めて言葉で表現され、流石の俺も赤面した。
いやいや、これでは瑞樹と同じだ。恥ずかしがっている場合ではないぞ!
「そうです。あの……おれ、男と男がどうやって気持ち良くなるのか分からなくって」
「ふふん、ちゃんと気持ち良くさせてやれるさ。キスの次は、ズバリここだ」
宗吾さんが自分の胸を自信満々にドンドン叩いたいので、吹いてしまった。
「えー、まさかの胸板?」
「馬鹿、その先端の乳首だよ。さっきの芽生の話を聞いて赤面した瑞樹を見ただろう?」
「あ……ち・く・びですか」
葉山の乳首! 綺麗な色だろうな。あいつ色白だからあそこも淡い色なのかな?
「おい、余計な想像はいいから、ちゃんと聞けよ」
「あ、すみません。でも男なのにいきなり胸を弄られて気持ち良くなるんですか」
「よく聞いてくれた。それにはアイテムが必要なのさ」
宗吾さんがジャーンと取り出したのは、先ほどまで食卓に載っていた練乳クリームだった。
赤いチューブに乳白色のクリームが入っている、携帯にも便利な代物だ。
「えっと……そ、それをつまり……あそこに直に塗っちゃうんですか」
「そうだ、そんでお前が食べろ!」
「は、はい!」
すごい指令を受けたような気がするぞ?
確かに風太の肌は餅みたいに白くてすべすべだ。
彼の乳首はどんな色だろう?
練乳がけの乳首かぁ……さぞかし美味そうだ。
想像だけで、涎が垂れそう。
思わずごっくんと唾を飲み込むと、宗吾さんにバンバンと背中を叩かれた。
「お前、いい顔してんな」
「へ? どんな顔です?」
「へ・ん・た・いの顔だ」
「えぇ! そんなの嫌ですよ」
「いや安心しろ。瑞樹も既に仲間に入っている。だからお前達も入れ」
「は……はぁ」(えー! 我が社のアイドル瑞樹ちゃんが変態印!?)
「男同士で恋路を進むって、その位思い切らないと駄目なんだ。それに小森くんには重大な欠点がある。それは……」
あんこを頬張る風太の満面の笑みが脳裏に浮かんだ。
「もしかして、アレですか」
「そう、あれだ! 足りないのは、ずばり『色気』だ」
「やっぱり……分かりました。次に会うときは練乳持参で行きます。風太は甘い物に目がないので、練乳も気に入るかもしれません」
「ふふふ、菅野くんは『男気』があってかっこいいな」
俺の練乳を握りしめて力こぶを作っている姿に『男気』と?
「いいか、コツを教えよう。まずは胸を弄り続けろ。そんで次第に下半身が疼いて気持ちよくなるのを覚えさせろ。相手は初めてだし、君も男は初めてだろう。その先はまた教えてやるから安心しろ。絶対に痛い思いだけはさせるな」
なんだか聞いている方がムズムズと恥ずかしくなる。
同時に……葉山が宗吾さんにどんなに大事にされているのか、よく伝わってきた。葉山はいつも身も心も宗吾さんにまるっと包まれて、愛されているんだな。入社してからずっと葉山を見守ってきたので、それに関しては本当に良かったと思う。
あれはいつだったか……
葉山が給湯室の壁にもたれて溜め息をついているのを、よく見かけるようになったのは。
……
「どうした?」
「いや、雲が……流れているなって」
「ホームシックか」
葉山の故郷がどこかも知らないのに、口から自然と出ていた。何処か寂しげな、置いてけぼりを喰らった子供のように心許ない表情をしていたから。
「……そんなんじゃないよ、さぁ仕事、仕事!」
葉山はわざと元気なふりをしているように見えた。
「何かあったのか」
「……いや、大丈夫だ。僕には何も出来ないから。ただこうやって流れていく雲を見ることしかね」
肩を揺らせば、ほろりと泣いてしまいそうな……寂しい目をしていた。
だが、こいつは深く立ち入ることを拒んでいるから、俺は見守るだけだ。
「なぁ、いつか葉山も雲に乗ってみろよ。お前だって……行きたい場所に自由に行っていいんだぞ」
「……そんなこと……」
あの時、お前は言葉を濁してしまったが、今は違うよな。
……
「ただいま~ みずきちゃん」
わざとおどけた風に、葉山と芽生坊の間に割り居ると、葉山がまた顔を赤くした。
「……ううう、宗吾さんと何を話していたか……察しがつきすぎる」
「あ、悪ぃ」
右手に握りしめていた練乳を芽生くんにパスした。
「お兄ちゃん、れんにゅうが熱々になってるよ」
「そ、そうだね」
「これじゃ、とろけちゃうね」
「と、とろける? う、うん」
はは、子供って無邪気だな。
話がズレながら噛み合うって最高じゃないか。
だって上手くいっているってことだろう?
お互いの関係が最高に合ってるのさ!
「よーし! 俺も頑張るぞ。芽生坊、応援してくれ」
「いいよ~ かんのくん、フレー、フレー! がんばれ、がんばれ、かんのくん。えっと何をがんばるんだっけ?」
葉山はオロオロして、宗吾さんは腕を組んで快活に笑っていた。
「め、芽生くん……それは……」
「はは、芽生の応援は最高だな」
とても楽しい夜だった。
幸せな家庭にお邪魔して、俺の心もポカポカになった。
俺もこんな風に、こもりんとの恋は和やかに過ごしたい。
知花ちゃんとの恋は、1回1回が瀬戸際だったから。
絶対に気持ち良くなってもらうぞ。
風太を痛がらせたり、怯えさせるのはNGだ。
早速スーパーに寄って練乳を二本購入し、ホクホクと帰宅した。
待っていろよ、風太。
とろとろに溶かしてやるからな。
俺が、この手であんこより甘~い世界につれていってやるよ。
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